困った。




 悟浄はイライラとハイライトを噛んだ。









 手には慣れない荷物がある。カサカサと音をたて、重くはないが目について。自分の神経を刺激する。


 これをどうにかしないと宿には戻れない。
が。
もっとも手っ取り早い方法である――――



『捨てる』



 のはさすがにダメな気がする。



 苛立ちながらもそう考えてしまう辺り、自分は「ツメが甘い」らしい。と某生臭坊主の格言が思い出される。
そう指摘されたのは、自身でなく同居人だったけれど。しっかり殺せという意味での指摘だったのだから、まったくマトモな坊主の言ではない。

 ツメが甘いのは分かるけれど・・・でも。捨てるのは・・・なんだかダメというよりツライのだ。だってコイツに罪はない。


 ため息つきたい気分で、悟浄は自分の手にあるソレを見下ろした。



 ―――― 赤いカーネーションの花束。


 沙悟浄が現在 処置に困りに困っている荷物であった。











やさしい記憶












 なぜ彼がそんなものを入手したのか。それはとても簡単な話だった。
西への旅の途中、一行は平凡なとある街に立ち寄った。宿を確保した後は勝手気ままな連中のこと、当然自由行動となる。

 悟浄も もちろん、まだ昼すぎだというのに宿の粗末な部屋にこもるつもりはない。散歩がてらいい酒場でもないかなと ふらふら歩いていたのだが。

 そんな裏通りでオキマリの、からまれる少女とならず者という図をみかけてしまった。
 となればオキマリに正義のお兄さんに変身しちゃうわけで。



 暴漢を倒して少女を救い出し、花売りだという まだ幼いといってもいい少女からお礼として売り物の中でも上等の花束を差し出され・・・・・・・・



 ―――― 今に至る。







(あん時すぐに断っときゃよかったんだよなぁ・・・大体、お礼に花ってのもどーよ!!?。カワイイよ!! 純粋で !!)

 そう。純朴そうな少女が 自分にできるせめてものお礼にと、喜んでくれるだろうと選んで渡してくれた花だったから。
 そのかわいらしさにキューンとなって、断ることなど考えもつかなかったのだ。


 十本ほどのカーネーション。
まとめて、半透明のセロファンで包み、同色のリボンまでついている。
花もリボンも、真っ赤だ。


 一番簡単なのは・・・
時折すれ違う通行人にあげればいい。

 そう。これだ。
見ず知らずの男から突然安物でもない花束をもらうのは気味が悪いだろうが、渡してしまえば後は知ったことじゃないのだ。



「・・・・・・・・」
 けど。
捨てるのも、渡すのもできないので悟浄は困っているのである。



 あげようと渡した花束が・・・つき返されるのがイヤなのだ。





 きっと永遠に忘れられない・・あのヒトの顔が浮かぶから。





 自分の前で床に叩きつけられた花。今持っているものほど上等ではなかったけれど、当時の自分には とてもキレイですごいものに見えた。
 赤い色をあの人が嫌っていたことは当時でも知っていたはずなのに・・・なぜわざわざ赤い花を渡してしまったんだろう。


 さし出した手を強い力ではねのけられるのも。
花びらが床に落ちて、それが細い足に なんのためらいもなく踏まれたことも。
 その花びらが自分の髪のように赤かったことも。



 よく覚えている。




 だから花を誰かにあげるのは怖い。

 記憶の再生は頭の中だけでたくさんだ。













 どうにも悶々としつつ歩を進めていたところ。

「あらら〜・・・」
 悟浄はまたも、よく目にする光景にぶちあたってしまった。

 街につくと必ずと言っていいほど起こる、これまた『オキマリ』の状況。
男にからまれる三蔵、だ。

 彼の強さも気質も知っているから、ヘタに手は出さずに傍観することにする。
さほど悪質な輩ではなかったらしく、2・3のやりとりの後、三蔵は銃は出さずに口だけで撃退したようだ。
 男はひとり。かなり残念そうに三蔵を目で追っている。

 今回はナンパだったみたいだな、と悟浄はその様子から察した。
容貌が容貌だから酒場などでは女の代わりに酌をしろと からまれる。容貌が容貌だから ねたまれて争いの種にもなる。容貌が容貌だから マジでふらふら〜と吸い寄せられるようにナンパされることもある。同性愛者の多い通りでもないのに声をかけられるというのも相当だ。

 なんにせよ、とびぬけた美貌というのは良し悪しなんだろう。三蔵本人は まったく有難がっていない様子だが。




 ――――でも。

 キレイだ、けどな。




 男をさっさと置いてスタスタと歩き出した三蔵の姿は、そうとしか表現できなかった。
 色気もクソもない法衣なのに。
色からもっとも離れた、僧という存在なのに。



 男に声をかけられて迷惑がっていた所を見た直後だというのに、悟浄は自分の心にほんの少しの羨望がまじっていることに気づいた。


 ほんの少しのうらやみと、ほんの少しのねたみ。


 それは、赤い髪と目をした自分とあの花の記憶と連鎖して、小さく痛みをもたらした。







 歩いてきた三蔵がこちらに気づく。

「よぉ」
 先に声をかけた。ナンパの後で機嫌が悪いかと思ったが、上機嫌な所など見たこともなかった。

 案の定、三蔵はいつも通り機嫌悪そうに旅の連れを一瞥する。その目が右腕に止まった。

「あ、コレ、コドモにもらったんだ」
 八戒もそうだが、悟浄も先回りして会話を進めるクセがあった。三蔵の言葉が少ないのを補おうとするうち自然と身についたものだが、悟浄の場合、他人との会話の沈黙を苦手とするからでもあった。

 悟浄は右手の花束をちょいと上げてみせる。

 三蔵は興味なさそうに相槌すら うたなかった。
が、
「暑いだろうが。すぐ処置しろ」
 雲のない青々とした空を一瞬仰ぎ、いつもの抑揚のない声で言う。


 処置・・・?。


「捨てんの・・・?」
 意味はよくとれなかったが三蔵がこの花を捨てろと命令してきたように感じた。思わず、動揺する。

 そんな悟浄に、逆に三蔵は少し目を見張った。
「捨てんのか?」
 逆に聞き返される。

「あ・・・いや・・」
「水につけねぇと、すぐいたむぞ、切り花は」

「・・・・・・・・・」
 やっと言葉の意味を把握して、悟浄はホッとした。
どうしてこんなに安堵するのか、自分でも不思議だった。

 でも、

 ――――三蔵は捨てることなんか考えてない。

 それが嬉しい自分は、やっぱり臆病だ。



「もらってくれる?」
 言葉と一緒に、右手をさしだした。
指先が冷えて震えている気がする。できるだけ軽い声を出したつもりだが、ぎこちなさが隠せない。



 あの日から、誰かに花をさしだしたのは初めてだ。

 赤いけど。真っ赤な色をしているけど。
三蔵は、赤が嫌いじゃないだろうか。



「・・・・・・・・」
 三蔵は差し出された花よりも、その相手の顔に視線を当てていた。
ふざけているどころか、むしろ緊張した様子の悟浄に いぶかしさを感じているのだ。

 マズったかも・・・それに気づいて悟浄は今さらながら青くなった。
よくよく考えてみれば三蔵は花がいたむから処置をしろと言ったものの、花をもらって喜ぶ人種では まったくない気がする。しかも自分に。







 が。

 三蔵は少しなにか考えたような顔をした後、
メンドウそうに手をだし、花を受け取った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 右手が軽くなったことに驚く。
目の前の相手に、赤い花は移っていた。





 しょうがねぇな、と悟空によくするような目をして。
「戻るぞ」
 三蔵は宿の方向に歩き出した。


 まだ驚きに支配されていて、後を追えずボーっとしてしまう。
ただ花を渡して相手が受け取った。それだけのことなのに、心臓は今になってドクドクと速いペースで鳴っていた。落ち着かない。

 先ほどナンパした男を放っていった時と同じく、三蔵は悟浄を振り返ることなくスタスタと歩いていく。


「待てって!」
 あわてて、追いかけようと声をあげる。








 もちろん待っててくれるようなヤツじゃないのは知っていたけど。




















 ―――――――― 赤い花。

 今よりだいぶ小さい自分の手が、おどおどとそれを差し出す。
受け取って欲しかった。自分を見て欲しかった。認めて欲しかった。心に自分を入れて欲しかった。


 床に叩きつけられる。踏みちらかされる。

 細い腕。細い足。
甲高い怒鳴り声。



 忘れたいはずなのに、記憶はしつこく、それを許さない。




 きっと忘れることはないんだろう。







 でも。





 赤い花。


 日に焼けた自分の手。対照的に白い手。

 おそるおそる差し出したそれを、しっかりと受け取った手。

 太陽みたいな金色の髪。
太陽みたいな、人間。










 カナシイ記憶が色を変えていく。









 赤い花束を持った三蔵の後姿に、幼い日にみた彼女の面影が重なって。





 消えた。























END










悟浄にとって救いはやっぱ三蔵サンでないとね! みたいな主張をもとに書いた小話でした
伊田くると
05 6/5


三蔵「・・・・・・・・・・・・・・(花なんかもらってもなぁ・・・)」
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