寿司






「ねー、防空壕行く前に食事しようよー、マーヤ」
「そーねー。じゃ!、『パラベラム』にレッツらゴー!!」


「ちょ、ちょっと待て!!。君らにとって食事とは酒なのか?!」


 いきなり意見がまとまり、もうズンズン歩き出している女性コンビと、無言のまま、しかし異存なく後を追う酒命男に、周防克哉は慌てた声をあげた。

 うららがきょとん、と邪気ない笑顔で振り返る。
「どしたのー周防兄。兄だって好きじゃん」
「いやっ、好き嫌いじゃないだろう、こんな真っ昼間から・・・第一、達哉は未成年なんだぞ!」

 そう。『パラベラム』は、シックなオトナの雰囲気で人気のバーなのだ。

 先刻から、なんら興味なさげに突っ立っていた克哉の最愛の弟・達哉は、その言葉にようやく顔をこちらに向けた。

「俺のことはどうでもいい」
「よくないっ!!、ジュースを頼むにしても、若いうちから盛り場に顔を出すなんて教育上よくないっ!!!。ああよくないともっ!!」

 克哉は『良くない』を連呼している。
しかし『盛り場』とは・・・・・・・・・・・古い。


「・・・・・・」
 なんだかんだ紆余曲折あった後、異世界の少年がパーティに加わったことで一番大きく変わったのはこの男だった・・・うららはつくづく思った。
 今までも、ちょっとブラコン気味じゃない?、と首をかしげる言動は多かったが、本人を前にすると なお拍車がかかるらしい。

 実際には『本当の』弟ではない、と判明したというのに、それは彼にとって些事(?!)というか、あまり関係なかったようだ。




「よしっ、達哉 !、お前は僕がきちんとしたとこでメシを食わせてやるからな !。あんなダメ大人と一緒にいちゃダメダメだっ!!。さっ、おいで !!」
「え・・・兄さんとふたりで ?」
 克哉の言葉に、無表情だった達哉にある種の感情が浮かぶ。

「そうだっ。キョーダイ水いらずだーっ!!」
 ヒートアップした克哉は、もはやリーダーである舞耶の意見も聞かず、達哉の手をとり、別の方向に歩き出してしまった。


 達哉は、「じゃ、そーゆーコトだから」という視線を舞耶に向けた後、実に嬉しげに、手をふりほどきもせず兄についていく。




 その兄弟の後ろ姿を見て、残された3人はそれぞれの思いにふける。

「ほんと仲がいいわねーvv、あのふたり」

「好意のベクトルがお互い違ってるんだがな・・・、いい加減気づけ周防・・・」

「ダメ大人って・・・・ダメダメって・・・・、昔は周防兄シブイと思ってたのに・・・(泣)」












 そんな 他メンバーの思惑など知らない周防兄弟は、どんと足を伸ばして蓮華台・『がってん寿司』にやってきていた。


「よし !、やっぱり男同士といえば寿司だな !!」
 という、克哉のワケわからん理論に口を挟まない賢明な弟は、カウンターでなく座敷の方に腰をおろした。

 店主は威勢よく愛想よく絶え間なく話しかけてくるし、カウンターは情報通のペルソナ使い・トロが年中居座っているからだ。
 せっかくふたりなのだし、どうせなら、ホントの『水入らず』を満喫したい達哉だった。
 惜しいのは、あまりにもムードがない場所ということだけだが・・・。




 ふたりとも寿司ネタで苦手なものはないため、「二人前ね」とおおざっぱに注文をして席につく。
 運ばれてきた番茶は熱すぎてすぐに飲めない猫舌の克哉は、まだぶちぶちと大人3人の悪口を言っていた。

「まったく、嵯峨の酒好きがみんな伝染してるんじゃないのか?。異常事態で酒に逃避したくなる気持ちも分からないではないが・・・コドモの前でくらいシャンとするのがオトナの・・・」

「・・・・・・」
 また『コドモ』扱いか・・・達哉は内心辟易のていだ。


 正直 達哉は酒が嫌いではない。パオフゥのように そこまでおいしいとも 生活に組み込みたいとも思わないが。
 『こちら側』の達哉も同様だろう。
知らぬは兄貴ばかりなり、というヤツらしい。



 しかし、怒っている克哉の顔も嫌いではない。
『こちら側』の克哉は『向こう側』よりも表情が豊かだ。
 基本的に堅物な性格は一緒だが、意外に間がぬけててちょっと天然入ってるし、トシ相応、喜怒哀楽が激しい気がする。
 まあ、笑ったカオは一緒に行動するようになっても まだ数えるほどしか見たことがないのだが・・・。





「うまいな」
「・・・・・・ああ」

 ほどなくしてテーブルに置かれた寿司をもくもくと食べるふたり。
カウンターでは江戸っ子口調の栄吉の父の声や、寿司を語るサラリーマンたち(仕事はどうした?) の会話が、BGMのようにこちらに流れてくる。

 沈黙も、いつものとげとげしいものでなく なべて穏やかで、ふたりは居心地のいい時間にリラックスした。



「なんか、日常・・・みたいだな」
 向かい合った席で、克哉はふいに切り出した。
「そうだな・・・」
 同じく感じていたので、達哉もうなずく。

 こんな日常なら、いつまでも続いて欲しいと思う。
それがムリなのは、誰より よくわかっていたが・・・。





 あらかた食べ終えた克哉は冷めた茶を飲みながら、独白めいた口調で言葉をついだ。

「ここだけの話だが・・・、僕は、みんなをすごいと思ってるんだ。天野くんは・・・この過酷な状況にありながら、いつも自分を忘れていない。明るく、僕らを元気づけようとしてくれる。芹沢くんも、非日常の連続の中で、いつも日常のことを言うんだよな。悪魔と戦い終わった後に、『部屋のタバコ消したっけ?』、と騒ぎ出した時は感服した。嵯峨も・・・、悔しいが一番落ち着いて現状をとらえようとしているだろう。今ごろ三人は酒をくみかわしているだろうが・・・」


「・・・・・・」
「こんな状況なのに、ヤケ酒じゃないんだな。それはとても・・・すごいことだ。僕は、彼らほど強くない」



「兄さん・・・」
 弟の声に、克哉は やっとこちらを向くと、かすかに笑った。



「今日・・・こうして達哉と一緒にいて・・・、なんだか落ち着いたよ。日常に帰った気がした。まだ頑張れそうだと感じている・・・、だから」



「ありがとう」



 真摯な瞳で告げてから、克哉は苦笑した。
「ま、日常といっても、ふたりで外食するほど僕と『達哉』は仲良くはなかったんだがな」


 それはそうだろう。
『こちら側』の達哉は兄を避けていたようだから・・・、と達哉は思った。
 避けていた理由は、その行動の意味する感情は、今の達哉と同じなのかもしれないが。



 克哉は、ここにいるのが『弟の達哉』だと思い込もうとしている。それが達哉には悔しかった。

 『少しは俺を見ろ !』、と、尖った声を出したくなる。

 ―――― それができないのは、目の前の克哉が とてもやわらかな空気をまとっているからだ。
 戦闘の連続で疲れている・・・と思うと、この空気を壊す気にはなれなかった。




「・・・俺はあんたの言う『弟』じゃないけど・・・」
 あんたがそう思いたいんなら・・・、続けようとした達哉の言葉は 即刻さえぎられた。

「ん?、ああそうだな、確かに『弟』ではないな」
 克哉があっさり肯定したのだ。
少し意外に思い、達哉は切れ長の目を丸くする。


 それから、嬉しさを感じた。


(弟じゃないって・・・・それって、少しは・・・)

(少しは・・・俺の気持ちに気づいてくれてるのか?)



 無言のまま、しかし期待のこもったまなざしで次の言葉を待つ達哉に、地方公務員・周防克哉(二十五歳) は満面の笑みをうかべた。


「―――― 達哉、僕は考えた。確かにおまえは正真正銘の弟じゃない。けれど、だからといって愛せないほど僕は狭量な男じゃないよ」
「・・・・・・はぁ」

 なんだか、嫌な方向に結論が持っていかれる気がする。

 達哉のこのテの勘は、世界でも五本の指に入る不運の持ち主のせいか、外れることはなかった。


 対する克哉は、達哉があれほど見たかった笑顔全開である。しかし残念ながら大歓迎できる気分ではない。


 案の定、

「僕は、おまえが再婚先の親の連れ子だと思うことにした!!」



 ガクッ



 達哉の上体が大きく くずれた。
食後ということで行儀悪くテーブルについていたヒジが、あまりのショックで落ちたのだ。




「・・・・・・連れ子・・・・・・」



 力なくその言葉を反復する達哉。
どうも『こちら側』の兄の天然ぶりにはついていけないものを感じる。


「だからやっぱり弟だ !!。ははは、一件落着だな !!」



(どこがだっ!!!!)



 どうしてくれよう、このバカ兄を。
達哉なりに、気持ちを伝えてきたつもりなのだ。

 時には『弟じゃない!』 と 強く反発することによって。
時には パーティの面々の目を盗んで口説いたこともある (まったく気づいてもらえなかった、というか全然違うとらえ方をして勝手に感動していた)。
 カスリ傷でもすぐ回復してやってるし (パーティの主力選手なのに。「そんなことしてるヒマがあったら攻撃しろ!」、というパオフゥの視線にも耐えて)。
 死んでも、どの仲間よりも先に反魂香を使って復活させている。

 いままでためてきた貴重なアイテムの数々、インセンスも全部あげた。
かばって傷を負ったことも指の数では足りない。



 言動ともに、完全な好意を表現してるのに、同じくらいの天然入ってる舞耶と克哉以外のすべてが、達哉の気持ちに気づいているというのに、だ。



 (・・・フッ・・・これも・・・俺の『罰』なのか・・・)

シリアスにつぶやいてみても、事態はもちろん好転してくれない。






「さ !、そろそろ行くか !。まだ飲んでるようなら、連中に説教せねばなるまい」

 なるまいってなんだよもっと若者らしい言葉使えよ・・・。
満身創痍の心でツッコんでいる『連れ子の義弟』の想いも知らず、克哉は颯爽とスーツの胸ポケットから、サイフを取り出そうとし・・・・・・。


 固まった。


「・・・・・・」


「・・・兄さん?」
 電池が切れたロボットのごとく機能停止した克哉に、達哉がいぶかしげに声をかける。

 すると、今にも聞き取れなくなりそうな かぼそい声が・・・。


「どうしたことだ・・・?、そうだ、確かあの時天野くんが細かいのがないとか言い出して、僕がサイフを出したところ、つけていた三毛猫のキーホルダーを芹沢くんに見つかってからかわれたあげく、『返してくれ!』といったのに芹沢くんがふざけて嵯峨にそれをパスして・・・、くそ、絶対芹沢くんは学生の時いじめをしていたに違いない、なんて卑劣な・・・。受け取った嵯峨は嵯峨で面白がって返してくれず・・・、あいつもいじめグループのひとりだな?、罪の意識なくヒトを傷つけて・・・、被害者の気持ちをてんで理解していない・・・。そこに達哉が僕に話しかけてきて、珍しく上機嫌に、『兄さんが目をつぶるなら、俺はモノマネでもしようかな』なんて言ってくれて・・・、嬉しくてすぐ目を閉じたら、達哉がバイクのエンジン音のモノマネを披露してくれて・・・、それは見事なものだった。高校留年して大学うからなくても、それで食べていけるのではと思わせるほどに・・・。いや、僕が兄である以上、できれば堅実なコースを歩ませたいところだが・・・ともあれそれで・・・」



「・・・兄さん?!」

 さすがに心配になって声のボリュームをあげた達哉に、ハッと我に返った克哉は、ポケットをさぐっていた手を取り出し、数分の逡巡ののち、潔く両手をあわせて頭を下げた。



「すまん、達哉・・・金貸してくれ !!」



























 ――― とにかく、『こちら側』の兄は面白い。
ショボーン、と肩をおとして歩くどんよりと翳った背中を楽しげに見つめながら、達哉は薄く笑った。


(きっと今ごろ、兄のメンツだとか、また変なこと考えてるんだろうな・・・)


 完全正解だった。


 自分から誘ったクセに持ち合わせなく、七つも下の弟に金を出させるなんて・・・と、周防克哉は『どんより界』へと足を踏み入れていたのである。


 達哉はパーティに参入する以前は単独行動していたので、十分な資金を持っていた。おかげで会計はつつがなく済んだが、これで金が足りないとかいう事態だったら、さらに奈落へと向かっていたことだろう (まあ店主は顔みしりだからツケにしてもらえただろうが)。





 『がってん寿司』を出て、集合場所へと向かう道の途中である。
街は治安も乱れて大変なことになっているので、周囲を出歩いているのんきな人間はほとんどいない。
 無人の遊歩道をふたりは進む。


「兄さん?、そんな落ち込むことじゃないだろう」
 落ち込んだ兄の様子も楽しくて、つい観察してしまっていた達哉だが、さすがにかわいそうになってなぐさめてやることにした。
 やはりふたりきりなのだから、笑顔でいてほしい。


 自分より背の高い弟を見上げ、克哉はため息だ。
「弟におごってもらうなんて・・・」

「『弟』じゃない」
「弟だ」

 また食事中の会話がむし返される。
今度は達哉がため息だ。しかたなくうなずいてやる。


「分かった。弟でいい。でも、連れ子ってことは義理の弟だろ?」
 そう言って、わざと音をたてて足を止める。
つられて克哉も立ち止まった。

 のどかな昼下がりの道の真ん中で、兄弟は向かい合う。



「達哉・・・?」

 無防備に見返す克哉の鋭角的なラインのあごをつかんで引き寄せ、そのまま口付けた。


 あまりに驚天動地な出来事に、抵抗も忘れて されるがままの克哉の唇を存分に味わって、最後にぺろっと下唇をなめた後、やっと解放してやる。


「やっぱムードないな・・・寿司だと・・・」
 真顔で感想をつぶやく弟に、ようやく我に返った克哉は、『わーっ!』!、と叫んで、十歩ほど後ずさった。


「なっなっなっなっなっなにするんだーっ!!!」


 『このまま現逮だ!』、と言い出しかねない形相だ。
そんな反応もちょっと予想できたので、達哉は思わず笑った。
 これ以上手はだしません、の合図として降参のポーズをしてみせる。



「いいだろ?、『義理』なんだから」
「・・・・・・・・・・え?」


 イタズラっぽく笑う達哉に、克哉は思わず目を奪われた。
怒っていたのに、あっさり毒気をぬかれてしまう。


「血がつながってないんだから兄弟でも結婚できる」
「・・・・・・・・・・・」


 かなり混乱した頭で、克哉は異世界の弟のセリフを反芻した。
突発事態にはとことん弱い。根がまっすぐだからだろう。



(えーと、つまり、どういうことだ?・・・えーとえーと)


 ぽけっとした克哉に、達哉は強く言い切る。
「『義理』ならいいんだよ!!」
 当たり前だろ !!?、のニュアンスを出すと、まるめこまれてしまう克哉だ。


「そ、そうか・・・・・そうなのか・・・」


「分かった?」
「ああ」
 素直にあいづちをうってしまう。





 ――― この マのヌケ方、やはり『こちら側』の兄は面白い。


 ひどく愉快な気分になった達哉は、まだぼけっとしている克哉の手をひき、遠回りして集合場所に行くことにした。



















 後日。

 いきなり大マジメな顔(いつもだけど)で、

「義理なら兄弟でも結婚できるんだっけ?」
 と克哉に尋ねられたパオフゥが、値打ちもののワインを盛大に吹いてしまった事件について、弟・達哉は沈黙を守っている。









END



 
うーん、『罪』の時は全然考えもしなかったんですが。『罰』の克哉氏ツボすぎて。
うーん、好きすぎ。

伊田くると






克哉 「寿司はいいけどサビ抜きの方が好きだな・・・」
達哉 「・・・相変わらずコドモ味覚だな・・・」

2001 3 26