はぁ・・・


 それはとても小さいものだったが、聞き逃してはいけない、そんな気にさせるため息だった。


「・・・」
 パオフゥこと嵯峨薫は、なんとなく嫌な予感を覚えつつも そのため息の主に目をやった。



 ―――― 周防克哉。



 彼は、自販機で買ったコーヒー缶を手に ベンチに行儀良く座った姿勢で、なにやら複雑そうに ため息をついていた。
 悲しいとも、つらそうとも、なつかしそうとも、いろんな意味にとれそうな ため息だ。




「・・・・・・・・・・・」
 嵯峨は少々悩んだ。


 それは、
克哉のため息→なにかふさいでいる→それはおそらく弟のことか現在のヤバヤバな世界のことだろう→世界のことだったらいいが弟関連は嫌だ→どうしたものか。
 というものだった。

 嵯峨としては、この兄弟にあまり関わりたくないのである。


 嵯峨の隣に座っている兄・克哉と。
自販機のそばにたち、舞耶とうららになにか質問攻めにあっているらしい弟・達哉。

 ピンとしてなら両方クセは強いもののいいヤツなのだが、ふたり揃うと どうにもダメだ。
なんというか・・・あまりつきつめて考えたくないので『兄弟愛』という言葉で終わらせたいのだが・・・とにかく、なんかヘンな兄弟だから。

 嵯峨が声をかけてやるべきか己の平安のために黙殺すべきか彼らしくなく逃げ腰で考えていると、

「嵯峨・・・時間というのはすごいものだな」

 と、向こうから話しかけられてしまった。



 ―――― しまった!!!。



 逃げられない。
そもそも、なんで自分は今、こんな立ち位置にいるんだろう。克哉のすぐ隣。そして他の連中はちょっと離れた所に固まっていて。なんというか・・・・・・・・・相談に最適なシチュエーションがいつの間にかできあがっているじゃないか。

 休憩を入れることになり、疲れたなあとベンチにまず座ったのがマズかったか・・・俺はもうオッサンなのか・・・・・・・・・嵯峨はちょっと悲しくなった。

 そして覚悟を決めた。
「どうしたんだよいきなり」
 いつもの、ちょっと皮肉げな笑みをはりつかせ、めんどくさそうに答えてやる。克哉の――――悩みなのか相談なのか――――、とにかく彼の話を聞いてやるしかないようだった。
 別に克哉と話をするのが嫌なわけでは全然ないのだが、弟関連だと どうにも疲労がどっとのしかかるのだ。ただでさえ疲れてるのに。




「昔の達哉をちょっと思い出していたんだ・・・・」
 克哉はカラになった缶を両手で意味もなくもてあそびつつ、静かなトーンで話し始めた。

 ――――ちぃっ、やっぱり弟バナシか!!!

 嵯峨ははやくも げんなりしつつも、先をうながす。
自販機付近でギャーギャーやってる残りの連中は、そんなふたりに気づいてないようだった。


「昔の達哉は、かなりのアホだった・・・・・・・」












正しい兄弟愛について
〜僕らの人生の巻〜






 ―――― その昔。

 というほど昔ではないが、克哉も達哉もお子様だった頃があった。
年の離れた兄弟なので、達哉が5歳だともう克哉は小学校高学年だったが、とても面倒見の良い兄だったので よく一緒に遊んでやっていた。

 そんなある日。
家にやってきた父の友人『富樫のおじさん』が子供たちにと 大きな土産を持参してくれた。
 ボードゲームの中でも一番有名であろう、『人生ゲーム』。

 達哉は無邪気に喜び、克哉も興味があったので二人はさっそくやってみることにした。






 ルーレットを回してコマを進めていく点ではスゴロクと変わらない。
しかし、コマが『車に乗った自分』というキャラクターで、進みながら人生を歩んでいくというのがこのゲームの面白い所だった。

 克哉は弟には少し難しいかなと思いつつゲームを説明した。まずはコマから。
「この青の車が達哉の。のってるこの人形は達哉だよ」
「たつやの」
 克哉は頭と胴体だけの簡素な人形を車に乗せ達哉に持たせた。車には6つの穴が開いていて、そのうちの運転席のところに達哉人形がいる状態だ。残りはまだ空席である。

 達哉のコマを作ると自分のものにとりかかる。
「お兄ちゃんはこの緑の車にしよう。のってるのが僕」
「これかつや」
「そう。お兄ちゃんて呼べ」

 スタートの位置に青い達哉車と緑色の克哉車を置く。そしてサイコロよりも子供心をくすぐるルーレットをセットして、ゲームが始まった。








<テストで成績トップ。おこづかい50万円もらう>・・・・・」
 そんなマス目に止まった克哉。

 ――――学校の成績ぐらいで50万もおこづかいが出るってどんな家なんだ?。

<友達の誕生会。プレゼントに100万払う>

 ――――どんな友達だ!!そしてどんなプレゼントだ!!。

<宝くじを当てた叔父からお年玉をもらう。200万>

 ――――お年玉袋に入んないよ!!


 生真面目な克哉は いちいちひっかかる。このゲームの単価はどうも高めだ。インフレだ。不自然だ。

 しかし不自然ながらも まあそれなりの人生を進む克哉だが、達哉の止まるマスは不自然どころの話ではなかった。




<迷子の宇宙人に道を教えてあげる。200万もらう>

<火星から使者がきた。ごちそうして500万はらう>

<UFOに遭遇。ビデオに撮り、テレビ局に500万で売る>



「・・・・なんでお前は宇宙人関連ばっかりなんだ・・・・・・?」


 フツウのマスを避けまくるようにヘンな出来事にばかりあたる弟に、克哉はちょっぴり末恐ろしいものを感じた。







 ゲームが進んでいくと成長し年もとる、という設定になっているので、中盤にさしかかると人生の節目、結婚イベントがある。

 なぜかこれは全員しなければいけないことになっていて(独身主義者はどうなるんだ? と克哉は またもひっかかったのだが)、最初にそこに止まったのは就職コースを通ってリードしていた達哉だった。


 人生の転機2!!
結婚


 


 ちなみに転機1は進路である。

 ルーレットの目によって結婚相手と、この先の人生コースがハイリスク・ローリスクと変わっていく、重要な分岐である。なんとも適当な花嫁選びだが。
 それはともあれ、とにかくこのマスに止まったら『結婚』をするのだと説明すると、達哉は幼いながらも整った顔ではっきり怒りを表現した。
 といっても、もともとハデにかんしゃくを起こすタイプではなく、むううとふくれて ひとりでじっと怒るタイプだったので、兄は弟の不機嫌に気づかず着々と結婚の準備を進めてしまう。

 達哉の車の助手席にお嫁さんのピンクの人形 (というほどたいそうなものではないが)を載せようとすると、じっと怒っていた達哉がついに「やだっ」と大声を出し乱暴に車を奪った。

「た、達哉、結婚したくないのか?」
 うちの弟は独身主義者だったのか。まだ五歳の若さで・・・。

 お嫁さんを持ったまま、克哉はヘンな方向でビックリした。
しかし達哉はそんな兄にかまわず、ボードにおかれていた兄の車をむずっとつかむと、載っていた人形を外し自分の車に載せた。

 達哉人形が運転席。克哉人形が助手席に、という状態だ。
ふたりとも「男の子」なので、水色の人形が並んでいる。





「かつやとケッコンする」

 達哉は、なぜか堂々と宣言した。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 まだ結婚がどういうものか分かってないんだな、と克哉は呆れた。と同時に目の前のちょっぴりアホな弟をかわいく思った。

 とりあえず、ゲームを横においておいて、弟に結婚の定義を教えてやろう、と いかにもおにいちゃんなことを考える。

 グーの手で達哉と克哉人形が乗った車をにぎりこんでいる弟に優しく話しかける。
結婚ていうのは、おたがいを好きだと思ってる男の人と女の人がするものなんだよ、と。

「だから達哉。自分勝手にしちゃいけないんだぞ」
「いけなくない」
「相手がちゃんといいよって言わなきゃだめなんだぞ」
「いいよ!!」
「達哉じゃなくて相手!!」

 元気に「いいよ!!」と答える弟は、やっぱりアホだった。





 その後も父や母を話題にだして『結婚とは』と説明を繰り返したが、どう言っても聞きそうにないので克哉はとうとうあきらめた。

 自分の人形は あわれ達哉の嫁となり とられてしまったので、自分の車に別の人形を乗せようとすると
「かつやはここ!!」
と助手席のそれを指差して怒るので、克哉は無人の車を運転しつづけることとなった。



 達哉車には達哉と克哉。

 克哉車はただの車(のみ)。



 とうぜん無人なので、結婚もできずコドモも生まれなかった。
(達哉は当たり前のように克哉と女性との結婚を否定したため)








 こうして、周防家の人生ゲームは、よそ様の御宅とは一風変わったルールで行われることとなった。


 結婚・出産・離婚等々、夫婦間のマスは無視。
克哉のコマは無人で、達哉のコマにはスタート地点からふたりも乗っている・・・・・・・・・・・・・・・・・と。




























「昔の達哉はああまでもアホだった。バカというよりアホだった。なにはともあれアホだった。僕はそんな弟がかわいくもあり心配だった」

 となりでやはりげっそりしている嵯峨になどかまわず、克哉はいい調子で語っていた。


「それが今はどうだ。見てくれ嵯峨!。女性ふたりに囲まれ両手に花な達哉を!。あのモテ男っぷりを!。テレビ局や雑誌の取材がくるほどの高校1のイケメンになった達哉を!!。正直三吉くんごとき足元にも及ばない色男っぷりを!!。昔のかわいげは みじんもなくなってしまったが、アホは直り まっとうな人生を歩み始めたと僕は深い感慨を・・・」


「そーか、そーか、よかったな・・・・」
 エスカレートする克哉をよそに、アホは直ってないんじゃないかと嵯峨は思った。







「俺が最初のプロポーズをしたのは五歳のとき。兄さんは笑って承諾してくれた・・」

 両手に花状態で、実の兄とのなれそめを嬉々として語る達哉の声が聞こえてしまったので。














END









SS中に出てくる人生ゲームのマスはホントにあるものだったりします。
By.伊田くると





ちび達哉 「ケッコンするとみょーじがおんなしになるってせんせいがいってた」
克哉「まあたいていの場合はそうかな」
ちび達哉「あっ!! (・・・・・・おれかつやとみょーじおんなしだ!!)」
克哉「・・・・言っとくけど家族もたいていは苗字が同じだぞ」




05 2/18
罪ゲーム中に出てくる子供時代の達哉かわいいv。
なぜか私はセブンス時代ふくめ過去の克哉さんにはあまり興味がないようです。やっぱり25歳克哉が一番v