――― あの時―――




「なんて言ってたんだ?」

 後ろから、どこか遠慮がちに尋ねてきた声。





LIKE LOVE
〜 SIDE  ACE 〜




「・・・・・・・・・」

 ――― やっぱり聞こえてなかったんだな。

そうだとは思ってたんだけど。


 急にコドモがぶつかってきたからなぁ。ムリねぇな。



 どこか悠長にそう考える。
向こうから蒸し返してくるとは思わなかったから、本当はもっと動揺してもいいはずなんだが。





 答えないまま、斜め後ろをついてきてくれるサンジの右手に手をのばした。触れたそれを、あえて少し強引に引き寄せる。

 つかんだ手をそのままにぎりしめた。



 のんびりと歩きつつ。



 抵抗はなかった。
人前でなにしやがるんだ、ぐらいは言われるかもと思ったんだけど。


 緊張してるのか、ただ驚いているのか、握った手は少し固まっていた。


 その外見と、一昨日は誘ってすぐにのってきたコトから、けっこう遊んでるタイプだと踏んでたんだが。

 今日、少しの時間だが一緒にいて、そうでもないのかな、と気づいた。





 歩調をゆるめてみた。
なんだか無性にカオが見たくなったからだ。
 つないだ この手がサンジのものだとは分かっていたが、それでも確かめたかったのかもしれない。

 俺が一方的にスピードを落としたせいで、追いつき、横に並んだサンジに目を向けた。

 視界に映る、困惑のぬけない表情。一見不機嫌そうにも、また泣き出しそうにも見える。


 握ったその手は水に触れた後を思わせる冷たさだったが、白い頬はほんの少しだけ赤くなっていた。







 あの時―――。


「スキだって言ったんだ」


 はっきりとサンジを見つめたまま答えた。


「―――」

 青い目が瞠られる。



 身体が硬直したのが分かった。
触れている手が、ぴくりと震えている。



 ――― そんなに驚くかな。


 そう思うと、ちょっと楽しくなってしまった。
思わず笑みがもれる。


 サンジは自分が馬鹿にされたと思ったらしく、サッと視線をそらしてまた歩き出した。

 俺の言葉に対するコメントはない。







 ――― なんで。


 手をつないで、行く場所などないまま歩きつつ、俺は静かに自問した。



 ――― ウソつくかな、俺・・・。








 サンジは気づいてないんだろう。
本当に聞こえてなかったのだ。


 あの時、俺が言った言葉を今 言い換えたことに、彼はずっと気づかない。





 ――― あの時は。





『弟が』


『キミをスキだなんて知らなかった』




 ホントは、そう言ったんだ。







『だから、なかったことにしてくれる?』




 そう、言うつもりだったんだ。





 風呂場での俺たちを目にした、あいつの顔とか。
あの大食漢の腹減らしが、料理も食わないで出て行ったこととか。
サンジを見た目とか。らしくなく、ムリに表情消してたこととか。


 目にして、すぐに気づいたから。






 ――― 後悔したのは久し振りだった。


 『弟の大事なもん』に、知らないまま、軽い気持ちで手を出したことに。



 おまけに、様子を見るに当のサンジは、そんな弟の想いに まるで気づいていなかった。
 ルフィが怒ってる理由も、気にしてはいるだろうが、はずして考えているんだろう。



 一度だけの遊びのつもりではなかった。
面識なんかほとんどなくても、サンジの外見も、ヒネた性格も好みの範疇で。身体の相性だって良かったし。きっとほかの面の相性もいいんだろうな、なんて思える相手だったから。


 でもそんなの。


 ずっと重ねてきたんだろう弟の想いに比べれば、俺の『好意』なんか 軽いもいいところで。



 だから。


『弟が』

『キミをスキだなんて知らなかった』

『だから、なかったことにしてくれる?』


 そう言う、ハズだったのに。

 




 なんで。

 ――― ウソつくかな、俺・・・。












「スキだって言ったんだ」




 優しいコックのキミが。


 スキに『なった』んだ。







 心のどこかで警告が聞こえた。


 それを言ったら、きっと後悔すると分かっている。





 彼は。

 弟の『大事な人』。




 突然やってきて。
それをひょいと盗んでいけるほど、薄情な兄貴じゃないはずだ。俺は。

 弟を大事に思ってるし、好きなコがいるならうまくいって欲しいと思ってるし、幸せになって欲しいと思ってるし。


 なのに。



「スキだぜ」


 確認するように、自分に言い聞かせるように、また繰り返してしまう。


 弟を不幸にする言葉なのに。


 スキなんだ。


 あいつの想いを知ってて、それでも言えるくらいスキなんだ。





 さっきまでの。
軽いキモチのままだったら、


 告げる言葉を変更しないでよかったのに。


 よりによって。
弟を傷つける言葉なんて、わざわざ言う必要はなかったのに。





 そんな感情なんか、なにも自覚しないままで、軽い気持ちで誘って、抱き合って、それだけだったのにな。


 俺もサンジも、それ以外何もなかったのに。


 なんで今さら、俺はこんなコト言ってるんだろう。



 ――― 困惑した。




 つないだ手をほどいた。

 冷たいサンジの指がはなれていった。
俺は反対に体温が高いから、ほんの少し冷やされた指の感触に泣きたくなる。


 細い眉をしかめ、何か言いたげに目線を落とすサンジ。


 ――― ひと言、俺を拒絶してくれればいいのに。


 バカなことを考えてみた。
自分がフラれるのを期待するなんて、これ以上アホなこともないだろう。


 実際に拒絶されたらされたで、盛大にヘコむくせにな。


 それにどこかで分かってもいた。


 多分、俺が想うのと同じくらい、サンジも俺に惹かれてくれてるんだと。


 さっきから何も言わないのが、その答えなんだって、分かってるから。




 ――― 俺も、あきらめらんないんだよね。





 前髪の隙間から露出された白い額にキスをする。



 軽く唇を当てて、ただ触れるだけのキス。
そのまま、すぐに離れた。


 慌てたように、はっと視線をあげたサンジの青い目から逃げるように、俺はまた歩き出した。

 数歩後ろから、サンジもゆっくりとついてくる。


 相変わらず何も言わない。




 きっと、弟のことを考えている。そう思った。多分外してねぇだろう。
俺だって、さっきからずっと考えている。


 違いは、気づいてるか気づいてないかで。


 サンジはルフィのキモチなんか知らないまま。
俺はそれに気づいてるのに一歩踏み出してしまった。





 生まれて初めてかもしれない、
ホンキの告白の。


 返事をもらおうとは思わなかった。








 答えないのが、サンジの答え。










END



お兄ちゃんもちょっとはいろいろ考えてたんだね。小話でした。

By 伊田くると


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