英雄 色を好むという言葉があるが。
そんなんは そいつの勝手だ。俺には関係ない。
勝手にしろ。だが、それで女達を悲しませるなら。
英雄だろうがなんだろうが、クソッタレには違いない。
英雄の教育
というわけで。
他人の恋路に首を突っ込むのもアホらしいと傍観に徹しようとしていたのだが。
そろそろガマンの限界にきていた、実はマジメで誠実なタイプであるロロノア=ゾロ ―――― つい先日晴れて大剣豪となりました・26歳 ―――― は、眉間にシワよせ 険しい顔で立ち上がり、
自他共に認めるであろう 向いていない作業、『他人の恋路に首を突っ込む』 を、ついに重い腰をあげ行うことにしたのだった。
「船長。ちっと話がある」
孤高の一匹狼、もしくは放浪一匹狼であったロロノア=ゾロが唯一認めた船長、ルフィ。
2歳年下の この船長におとしごろ ―――― がきたのは平均より ずいぶん遅かったようだが。
海と冒険と食い物に すべての興味を向けていたお子さま船長は今、女や恋やセックスが楽しくて面白くて仕方ないらしい。
それは自分も通ってきた道でもあるし、同性だから分からなくもない。
しかし彼には ずっとそばにいる恋人がいるのだ。なのに外で放埓に走る最近の彼の態度は、長年陰になり支えてくれていた糟糠の妻をないがしろにする暴君夫そのもので、一本気なゾロの目にあまる。あまりまくる。
糟糠の妻、なんて つい思ってしまった自分に うんざりするが、まあ似たようなものだろう。
「ったく、普段は殺しても死なねェくらい ふてぶてしいクセしやがって」
つい愚痴がこぼれる。
「なんであいつは・・」
サニー号のコックのサンジ。
と、その船長。
ゾロだって別にずっと興味を持ってふたりを見守っていたわけでもないから、詳しいところは知らないのだけれど。
まあ、好き合っている、恋人の仲であるらしい。ゾロが成人して少しくらいで その関係に気づいたような記憶があるから、本当に かなり前からだ。
だいたい同じくらいのタイミングで ほかの仲間たちも気がついたようで、ルフィもサンジも隠そうともしていなかったので、驚いたもののみんなが受け入れるのもそう時間はいらなかった。慣れだろう。
仲間の中にカップルができたところで、特に大きな問題などない。
仲間が増えて行き、懸賞金がはねあがり、ついにゾロをはじめ夢をかなえた仲間が出た後も、ずっと騒がしいものの ふたりは仲が良かったから。
ゾロも、いつも きゃんきゃんぴりぴりした印象のコックが柔らかくなった気がして、なんだかいいことのように思っていた。
けれど。
長く続いていた恋人達の間が変わり始めたことに、他のクルー達は気づいていないのだろうか。
最初の時のゾロと同様、口を挟まない主義なのか、そう深刻にとらえていないのか。自分以外はこの状態を気づいてもいないのではと思うくらいだ。
航海中は騒がしくて恋人というよりはガキ同士みたいだけれど 仲むつまじいから気づきにくいのだろう。
島が見えれば、もともと ルフィはぽーんと鉄砲玉のように飛び出して、サンジをかまうことがないし。
サンジもそれを別に苦にするでもなく、出航までの自分の仕事や夢のための情報収集やらを せっせとこなしているように見えるので、表面上は確かに なにも変わらないのだから。
でも。
恋人のかわりに、島でサンジの近くにいたのが たいてい自分だったから、ゾロには他のクルーには見えないものが見えている。普段は殺しても死なないくらい ふてぶてしい、いや そうであって欲しい仲間が。
悲しむ姿が、見えている。
いつつ むっつほど前に停泊した島でのことだった。
治安が悪く、食料の配送を頼める土地ではなかったため、ゾロはコックの買出しに荷物持ちとしてつきあっていた。
コックの仕事とはいえ、船に乗る一員なので力仕事を いとうつもりはないゾロだが、最初の頃はコックのカドのたつ頼み方に つむじを曲げて刀を抜くケンカがはじまったものだ。
今となっては。
お互い少しは丸くなり、向こうも素直に声をかけてくるし、自分も無駄に反抗的な態度を取るでもない。
今の自分であれば、あの頃のコックのひねくれた性格をもっと分かってやれただろう。同い年で、自分と一緒に相手も年をとるのだから、それはありえないけれど。
そんなことを つらつらと考えるでもなく思いながら、それなりに穏やかな空気で買い物は進んでいた。
が、街全体が ごみごみとしていて、人も多い。
それと、彼らしくなく思考を過去に戻していたせいもあったのか。
気づくと前を歩いていたサンジの姿を見失っていた。
慌てて気配をたどる。と、そうするまでもなく
「バカ、勝手に逸れんなよ。こっちだって」
相手も気づいて探しに戻ってきたようだ。
ゾロが勝手に道を曲がっていたらしかった。まったく曲がった意識がないのだが、確かに細い路地に来ている。
「悪ィ」
別に怒ってはいない相手に そう声をかけたところで、もうひとつ知った気配が近くでした。
振り返ると、人ごみに混ざって、一本向こうの大きな通りを進む麦わらがある。
ルフィだ。笑っている。
その脇には、知らない女がいた。人の隙間から ちらりと、日に焼けた腕に女の腕が からんでいたのが目に飛び込んで、
「・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」
カッと血がのぼり、とっさに足を踏み出した。
だが すぐに背中をひっぱられて動きを止められる。物理的に止めるほどの力で服をつかまれてはいないけれど、ゾロは止まった。
急に振り向いたゾロの視線を追って、サンジも気づいたらしい。
思わず舌打ちがでた。
―――― こいつに仕事させといて、自分はヘラヘラ浮気かよ。
それに気づかせてしまった自分への苛立ちも加わって、眉間にますますシワが寄る。
そんな剣士に、
「陸でくらい好きにさせてやれよ」
思いのほか優しい顔して見上げてきたので面食らった。
けれど、その顔がただ優しい、甘いもので できたものでないことは分かる。ゾロとサンジ、ふたりの身長差がほとんどなかった、出会った19の頃では気づかなかっただろうけれど。
陸では好きにさせてやれ、と。
「・・・・・」
ふだん、不自由させてしまっているとでも言いたいのか?。
そんなにお前は、今ルフィのわきにいた女より劣っているのか?。黙ってただ見送るしか方法がないくらいに?。
ゾロの怒気が伝わったのだろう。サンジは困ったように青い目を伏せ、視線を賑やかな後方の市街に向けた。
行こう、戻ろう、といいたいのだろう。
そんな顔をするな。
うまくいってると、思っていたのに。
もう見えなくなった麦わら帽子。いなくなった方向を睨み、ゾロは舌打ちをした。
サンジと そのことで改めて話をしたことはない。
けれど、自分の見たものがすべてだとゾロは思っている。
島につくと浮気に走る船長と、それを許す恋人。
そういうことだ。
船に戻ればルフィは屈託なく恋人にじゃれついているし、サンジも いつも通りに接している。
どうせ海上生活の方が長いのだし、そういう関係も ありなのかもしれない。サンジも、本当に どうこういってるかまでは知らないが、女と見れば鼻の下のばしまくっているわけだし。
それでうまくいっているなら、部外者のゾロが気を揉む必要はない。人の恋路だし、相手も子供ではないのだから。
けれどゾロは。
―――― 「陸でくらい好きにさせてやれよ」
そう言った同い年の男の、何かあきらめたような、けれど とても優しい表情が忘れられなかった。
「船長。ちっと話がある」
いい年こいておやつの時間が待ちきれずキッチン前をぶらついていた船長を人のいない展望台へ連れ出し、ゾロは腕を組み、意を決して話し始めた。
最初からサンジの名前を出すのに抵抗があったのもあったが、
「たとえば、お前の前に肉があるとするだろ」
食い物でたとえるしかない自分のボキャブラリーのなさに呆れてしまう。が、食い物(特に肉類)でたとえると、船長の話題への食いつきが変わるので、実は ほとんどのクルーが採用している方法でもあった。
「肉が いくつかあったとして・・・」
「肉は食う !!。あればあるだけ食う !!」
おやつ前なのもあってか、元気な お返事が返ってきた。
「分かった。落ち着け。どうせ現物はねェ」
じゃ目の前に10個肉があるとするだろ?。ステーキ照り焼き串焼き、いろんなやつだ。
みんな うまそうだ。でも、そのうちのひとつはお前が前から食う約束をいれてた肉だ。
一番お前に食われたがってる肉だ。
「船長。予約してた肉があるなら、それを食うのが礼儀だ」
肉で たとえられたと知ったらコックは怒るか、それともあきれるだろうか。
ルフィに話しかけながら、心のどこかで思った。
「食う予定の肉か。そうだな。それから食うぞ」
「ああ。それが正しい」
ルフィは首をごろんと落とすように かしげた。
「んん。食い終わったら別のも食っていいのか?」
「そりゃな。腹減ってるならいーだろ。ただ。」
「お前が食い終わんのは、その肉が死んだ時だ」
「・・・・・・」
ルフィは目を見開いた。
昔はそんな顔すると、ガキみたいに ほんとまん丸な目玉だった。
やっぱり自分は、話がうまくないと思う。
肉で たとえられたと知ったらコックは怒るか、それともあきれるだろうか。
でも、目の前の男をつかまえる腕を伸ばせないコックのかわりに、少しでもそれが伝わればいいと思う。
海賊王だろうが、船長だろうが、海の英雄だろうが。
たったひとりも幸せにできないなら、それまでの男だ。
「なあ船長」
「これって決めたら、ほかには手を出すな」
「それが、死ぬときまで」
その覚悟がないなら、よそ見しないでやれよ。特別にできないなら。幸せにできないなら。
あいつを。ただのコックに戻してやれ。
きっとこれは余計なおせっかいだ。
サンジは自分が苦しかろうが、それでもルフィのそばにいたいと望んでいる。不実な恋人をつかまえようともせず、怒りをぶつけもしない。ふたりの関係を変えたがっていない。けれど。
そんなサンジを見るのが嫌なのだ。あれを、「かわいそうな男」にはしたくない。あんな顔はもうさせたくない。
「・・・・・・・・」
ルフィは ぎゅっと唇をかみしめた。
両手もグーにして、少しうつむく。
ああ、こんなツラすると、昔とまったく変わらない。思わず苦笑した。だからサンジも憎めないのだ。
子供みたいに無邪気な男だから、
あれもこれもと目移りするのは仕方ないのかもしれない。
でも。
それでも、一番大事なものは何か、それを見誤ることはないだろう。
楽天的にそう感じた。やっぱり、こんなでも、自分がついてきた船長だからだ。
自分のおせっかいはちゃんと通じただろう。
らしくない慣れない世話焼きに少し疲れたが、ゾロは満足した。
数日後。
ルフィの騒がしい足音と声がサニー号ラウンジに響いた。
「サンジ !!。ナミが言ってた !。もうすぐ島につくぞ !!」
「ん? おう、弁当もうできるぜ、コラ手だすな」
調理中のサンジが返事をする。
「ふぁいものいくだろ?、ほれふきあってやるぞ !!」
お。
つまみ食いしてるんだろう。声がもごもごしているが、聞こえたその言葉に昼寝中だったゾロは思わず口角をあげた。ラウンジで飲み物をもらって、そのままウトウトしてしまっていたのだ。
―――― 島で、一緒に。
買い物に付き合うと。
聞こえてきたルフィの言葉。
―――― それが答えか、上出来だキャプテン。
これは この後ちょっとこっぱずかしい感じになるかもしれない。なんせ恋人同士なのだし。
それは気まずい、寝たフリをするか席を外すか・・・。わずかに悩んだがゾロは目を開け、静かに場を離れようと腰をあげかけた、が。
「あ? いーよ別に。ケンゴーと もう約束してるから」
振り返ったサンジの手に挟んだ菜箸がゾロの方を指した。
ルフィも気づいたように首だけ回転させて剣士を見、またサンジに目を戻し、申し出が却下されて不満げに口をとがらせた。
「なんで俺より先にゾロと約束してんだ?」
「なんでも何も だいぶ前から買出しは ほとんどあいつとだぜ。ついでに街案内してやんねェとだし」
そもそも お前はすぐ島に飛んでっちまうじゃねぇか。別にいいよ。
ぐちでもなんでもなく、とても淡々とサンジは返す。巨大な弁当箱を風呂敷に包みつつ。それはなんだかまとわりつく子供を、家事しながら適度に相手する母親のようにも見えた。
「・・・・・・」
起き上がりかけていたゾロは絶句した。
しれっとしたサンジの言葉。
確かにそうだ。力仕事担当だし、買出しの後は刀鍛冶のところへ案内してもらったり、一緒に酒を飲んだりすることもある。もちろん釈明するような後ろ暗いところなどないし、島が近いとナミと話していた時に「また買い物つきあってくれるか?」 と頼まれ約束していたのも事実だが――――。
なんというか、お前も空気を読め。
今までルフィが街で一緒になんて言ったこと (おそらく) ないんだから、そこの心境の変化的なところに気づけ !!。
「・・・・」
「・・・・」
恋人たちの間に沈黙が落ちた。
「・・・・」
ついでに ちょっと離れたところにいるゾロも。
結局離れそびれてしまい、どうしたものかと固まっていると、ルフィがぐるんっとこっちを向いた。ゴムだから、人より多めに。
「ゾロてめェ !。肉の方だって別の肉食ってんじゃねぇか !!。つかお前じゃねぇか !!。マオトコ失敬だぞ !!」
「ま・・っ 違うだろバカ !。そーいうんじゃねぇ !」
肉?。肉が肉?
突然ケンカ? を始めたふたりをサンジはきょとんと見ている。
「今 間男って言ったのお前 ?。そんな単語知ってたのか」
そして変にビックリしている。
ああ。違うんだ。俺とコックは そういうんじゃなくてだな。
肉肉マオトコマオトコ連呼して怒るルフィに、とりあえず食べ物を与えてみたりしているサンジ (弁当のおかずの残りらしい)。後ろ暗いことなど なにもないはずなのに、らしくもなく したおせっかいや、それがサンジに知れたらという焦りなんやで、どうにも困ってしまう自分。
船長を改心させたはいいが、この誤解はどう解くべきか ――――
大剣豪になったのに、世界一なのに、ゾロの悩みは まだ尽きそうになかった。
おわり
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2009/08/24
イダクルト