イライラする。


その目が、またルフィに向いたから。









気になるんだもん







「わぁ、今日もおいしそーね」
 俺より先に食堂に入ったナミが歓声をあげた。


 クロスのかかったテーブルにきれいに並べられた皿。
当然、その上には もっときれいに料理が盛り付けられている。
今日のメインは昼にウソップが釣った白身魚だ。



 ―――― 時間になってキッチンに行くと、温かいメシが用意されている。


 最近はその状況にも慣れてきたが・・・、やはり感心するし、感謝もする。
つーか、きっと当たり前だと思っちゃいけないことなんだろうな、と感じる。


 料理ってのはスゴイと思う。
いや、こんな料理を魔法みてぇに手早く作っちまう、同い年の料理人がスゴイと思う。


 ――――本人には言ったことねェが。






 キッチンから できたてのスープを運んできた新入りのコックは、ナミに向けて にこやかな笑顔を見せた。
「席について待ってて下さいね。―――― どうぞ」

 普段の口汚さは みじんも うかがわれない。レストランに勤めていた時代も こんな物腰だったんだろうか。
 ナミの座る椅子を そつなく自然にひいてやっている姿を横目に、なんとなく考える。




 俺たちが、はじめて海上レストラン『バラティエ』を訪れた時は、そーいやコイツは気取った海軍大尉を容赦なくノシていたところだった。
 それからすぐに深刻なトラブル続きだったから、きちんと働いているのを見ていない。
 雑用してたルフィは別としても (でもアイツがちゃんと働いていたとも思えないが)。



 ルフィ、と内心思い浮かべたところで、タイミングよく、
「あら?、ルフィは?」
 席につき、奥のキッチンに首を巡らせたナミが意外そうに声を上げる。

「そーいやいねぇな」
 答える声は、珍しく食堂に一番乗りだったらしいウソップだった。
サンジの後ろについて、スープ皿を運んでいる。
 こいつは協調性もあって人なつこいから、会って日の浅いコックとも すでに うちとけていた。手伝いをしているのを見るのも珍しくない。


 メンバーが揃っているのに、あの船長だけが来ないなんてめったにあることじゃない。しかも食事に。
 めったにないどころか、初めてな気もする。



「・・・・」
 その会話に、スープを盛りつけていたサンジが細い眉をしかめた。
ヘンなパンダの刺繍が入っているエプロンをつけた身体がかすかに硬直したのが分かる。

 なぜか数瞬ためらった後、口を開いた。


「クソゴムは・・・、俺がさっき しかったから・・・今ごろ数かぞえてると思うが―――」



 ―――・・・なんだそりゃ?!。



 椅子に座った三人全員がサンジを見上げた。
イミが分からない。

 言葉が足りないのにすぐ気づいたらしく、サンジは説明を足した。

「あんまりつまみ食いしようとするからよ、あと10分で食事だから、それまできちんと数えて待ってろって怒鳴ったら、分かったっつって出てっちまったんだよ」

 決まり悪げなトーンだ。
表情から察するに、おとなげないことをしたと いくらか反省しているらしい。
 俺には もっと大人げない理由でケンカを売ってきてる気もするが。まあ価値観はヒトそれぞれか。



「俺 呼んでくるわ」
 エプロンの結び目に手をかけて脱ぎつつ、部屋を出ようとしたサンジをつい呼びとめた。

「あんだよ?」
 青い右目が剣呑に俺を見る。
多分、ここに入って 初めてきちんと俺を視界に映したんだと思うと、少し気に入らなかった。


「俺が行く」
「???、あ、ああ」
 横着な俺の珍しい申し出に、毒気をぬかれてポカンと見返した表情は、ひどく魅力的だと思った。












 イライラする。
ここ最近、いつからだろう。



 イライラする。














「ルフィ」

 マストに背中をよりかからせて、あぐらをかいた後ろ姿が見えた。
狭い船内だ。探すのは困難じゃない。

 初めて会った頃はもっとひょろっとした印象だったなと、そのシルエットから思い出す。

「ルフィ」
 もう一度呼びかけた。
聞こえていないようだ。

 それもそのはず、ヤツは手足あわせて二十本の指を使って必死に数を数えていた。


「うわーっ、わかんなくなったっ!!!」
 そして、絶叫。かんしゃくを起こしたコドモそのまんまの姿だ。


「―――・・・」


 ――――10分ってことは・・・・・600秒だろ?。
コイツ、600も数えらんないのかよ・・・。


 さすがにあきれる。


 サンジの命令した、ガキにするような仕置き (昔、サンジ自身がされた仕置きなのかもしれない) を律儀にやってる辺りも、なんかすげーなと逆に感心してしまう。



「メシだ。みんな待ってるぞ」
 数えるのをやめたアホ船長に再度 声をかける。

 今度は気づいてくれたようで、にょんと、首を180度ねじまげてこっちを見上げてきた。

「サンジ怒ってるか?」
「・・・・・いや」



 ―――― イライラする。
ルフィが、ヤツの名前をカンタンに口にするから。




「そうかっ!!。数えらんなかったけど、許してもらおーっと!!!」

 ルフィはいきなり腕を伸ばし、食堂のドアをガシっとつかんだ。
ここから食堂までかなり距離があるので、うす闇に にょっきりと腕がのびきっているサマはちょっと異様だ。もう慣れたが。


 そして、腕を戻す反動で、にょーんとキッチンへと飛んでいき、次の瞬間にはドアを開けて食堂に入っていってしまう。


 こっちは足で移動するしかないってのに、便利だな、ゴム人間は。



 俺より先に食堂に消えたルフィの姿を見送る。


 ―――― ああ。
きっと今、サンジはルフィを見てる。


 目にしなくても、確信があった。








 ここ最近はずっとそうだった。
実際にはいつからか、なんて分からない。


 どこにいても、サンジはかならず視界にルフィを求めてると気づいた。








 ―――― 仲間になったばかりの料理人。 

 最初はコックとしてじゃなく、ルフィのやつ、戦闘員としてスカウトしたんじゃないかと思うような スゴイ奴だった。


キレてるし。
騎士道かかげて魚人倒すし。
ヒマさえあればナンパしてるし。


 こんなんが新しい仲間なのかよ、と最初は辟易したが。


 会って間もないナミのために、必死に戦う姿とか。
自分そっちのけで俺のこと心配しやがるタイドとか。
猛然と食事する俺たちを見る嬉しそうな笑顔とか。


 なんとなく目について、しょうがなかった。




 ―――― だから気づいたんだろう。
サンジが、ルフィばかり見ていること。








 浮かない気分のまま食堂に戻ると、ルフィはいつもの調子で夕食を山ほど貪っていた。
 既に胴まわりが膨張し始めている。
慣れたが、これもやっぱ異常なんだろうな。ホントに、どーいう身体のしくみなんだか。


「おまえなー、ドアはふつーに開けろよっ」
 自分は食わずに 仲間におかわりをよそってやっているサンジがルフィに文句を言っているが、ルフィはまったく気にせず、
「あれが俺のフツーだもん」
 簡潔な返事をして肉料理をパクついている。


「ったく・・・」
 サンジがため息をついた。
なぜか困りガオだ。短くなったタバコをいじる仕草は、年より幼い。


「・・・・・」
 そして、また金髪に隠されていない碧眼がルフィに向かう。
吸い寄せられるように。



 視界に入る。
ルフィを映す。








 ―――― 同じように、俺も こいつから目が離せないのだ。



 つい、目で追いかけてしまう。
用などないんだが。



 これはやっぱ・・・、そーなのかね。
認めたくないが、潔く認めるしかないか。






 ――――・・・前途多難だ。


 とゆーより。
お先真っ暗ってヤツだろう。





















 今夜の風は妙にゆったりと吹いている。
温度のせいもあるが、ナマぬるくベタついていて、おせじにも心地よいものじゃない。

 それでも深夜、俺は男部屋を抜け出して 船首側の甲板でひとり酒を飲んでいた。



「・・・・・・・・」

 ―――― うまくねェな、あんまし。

 日頃なじんだ酒の味のはずが、やけに水っぽく感じられる。酔える気分ではない。



 だー、ヘコんでんのか俺は。情けねェ。
こんなコトで、こんなに煩わされるなんて思ってもみなかった。



 ――――・・・こんな感情、自分にはないと安心していたのに。





「でも、ま、仕方ねーか」

 サンジは、ルフィに誘われて仲間になったんだから。
しがらみを全部たちきって海賊になるなんざ、カンタンじゃない。

 特にあいつの場合、実の身内じゃないまでも、付き合いの長い仲間と職場があって、そこには大事な養父がいたというし。

 それでもルフィのところに ついてきたってだけで、きっとそーいうことなんだろう。





「―――― なにが仕方ねーんだ?」

 遠くから声がした。
口汚いクセに ひどく優しげな声のトーンがアンバランスで、いつも意外に思う。

 振り向くと、ストライプのシャツ姿のサンジが歩いてくるところだった。料理人のはずなんだが、この男は暗殺者みたいに気配が薄い。気づかなかった。

 波が静かな夜だから、俺のひとりごとはアッサリ聞こえていたらしい。が、興味はもたなかったようで、言及はされなかった。



 近づいてきて開口一番、何を言うのかと思ったら、
「ルフィ知らねぇか?」
 ときた。

 なんなんだ??、俺が部屋出た時、こいつら寝てたじゃねぇか。



「・・・いや、見てねぇ」
 多少うんざりした声で答えると、サンジの目が不安そうに揺れる。


 ――――ルフィがいないだけでこれか。


 なんでこう俺をイラつかせんだよ。ったく。




「・・・・・・目がさめたらいなかったんだよ。いや、ルフィが出てった気配で目がさめたのかも しんねぇんだけど・・・」

 サンジの手は無意識にか、第二ボタンまで開けられたパジャマがわりのシャツの胸元をつかんでいた。
 夜の船の周囲を、まるでルフィがどこかに隠れてるんじゃないかというような仕草でみまわしている。



「・・・?」
 さすがに、これはちょっと・・・。
異常じゃねぇか?。



「――――」
 イラつきだけじゃない焦燥感が生まれた。


 ―――― そんなに・・・、ルフィがスキなのかよ?。
ほんのちょっとでも そばにいねぇだけで、そんなに不安でたまんねぇのか?。



 衝動にまかせて口を開きかけたが、それより先にサンジが浅くため息をついた。
 俺の周りに転がってる数本の酒ビンをあきれた目で見下ろしている。

「あんだよ、クソ剣士さんよ、こんな時間にひとりで飲んでんなよな」
 そして俺の横に陣取り、隣に行儀悪く腰を下ろした。


 まさかそばに来るとは思っていなかったので、急に縮まった距離にビクンと心臓が警告を発する。



「チクショー俺も飲む。やってらんないぜ」
 グラスなんか用意してなかったので、ラッパ飲みしてたボトルを俺の手から奪うと、サンジはためらいなく口をつけた。
 ごくごく、と白いノドを鳴らして嚥下する。


 ―――― 強ェ酒なんだがな・・・。


 すきっ腹にストレートで入れていいもんではない。
止める間もなく、軽々と一本あけられてしまった。もともと俺が途中まで飲んでたんだが。

 白い肌にはもう、かすかに赤みがさしている。
この飲み方では悪酔いするだろう。

 そこまで強くはない方だろうし。ココヤシ村の宴会で見たから知っている。


 カラになったボトルを置くと、間をあけずに また新しいワインを手にとって煽った。
 自分用に持ってきたものだから、これももちろん度数が高い。

 なにが『チクショー』なのかは知らないが、コイツにしては珍しい暴飲に心配になる。



「おい、飲むなら飲むで なんかつまみでも用意したほうがいいんじゃねぇのか」
 親切に言ってやった言葉に、しかしサンジは異常と見える反応を返してきた。

「つまみっ???、フザけんな、俺にひとりでキッチンに行けってのかっ??!!」



 ―――― ビクついている。

 と、表現するしかない様子だ。


 イヤだ、という意思表示か、首を勢いよく横にふったので、つられて乱れた金髪がぼんやりした月の光に反射してゾッとするほどキレイで―――、って、そんなコト言ってる場合でもなさそーだ。



 サンジは酒のビンを床に置いて、両腕で自分の身体を抱きしめた。

 襲い来る恐怖に必死で耐えているような仕草―――・・・。


 多少酔い始めてるとしても、やっぱりおかしな反応だろう。



「キッチンに行きたくねーのか?」
「行きたいわけねーだろ?」
 だろ?、と言われても・・・。

「キッチンはお前の場所だろーが」
 あんなに楽しげに俺達の食事作ってくれてるじゃねーかよ。
ワケが分からん。今夜は特にだ。なんなんだ?、と首をひねった。


 そこに、



 トン、



 身体に、重力以外の重みが加わった。
胸に温かい負荷がかかる。


 一瞬、酔ってんのは俺かとマジで思った。



「・・・・・・・・っ??!」


 サンジが、俺に抱きついている。
そりゃもう、ギュッと。
両腕を首にまわして。



 
――― ウソだろっ???!!!。
 


 なまぬるい風が吹き、左耳のピアスが揺れた。
抱きついてるサンジの髪も揺れている。それがあごや首をなでる感触に、理性がふっとぶかと思った。


 さすがに、出会って一週間たらずで
強姦魔と ののしられるのは避けたい。


 
――― 耐えろ俺!!。


 呪文のように繰り返す。



 そんな俺のなけなしの理性を支えてくれたのは、抱きついたまま小さくつぶやかれたサンジのセリフだった。



「ルフィがいるかもしれねーじゃねぇか・・・」




 ・・・・・・・・・・・ルフィ。




 その名前に、熱くなりそうだった気持ちが急速に冷えるのが分かった。



 穏やかな波音が耳に入ってくる。



 ―――― そっか。

 そーだった。
コイツはルフィがスキなんだよな・・・、よく戒めとかねーと。




 ――――って。
やっぱコイツの言葉、ヘンじゃねぇ?。



「なんでルフィがいちゃマズイんだ?」

 とりあえず身体は離した方がいいんだろうか。抱き返すのはマズイよな?、やっぱ。
 相手は酔っぱらってるとはいえ、俺は (飲んでるけど) シラフなんだから、きちんと接してやらねーといけないだろう。

 というわけで、いろいろ逡巡した結果、抱きつかれたまま石のごとく硬直した姿勢で俺は聞き返した。


 サンジの細い腕に こめられた力が強くなる。
「だってアイツ起きてんだろ?。どっかにいんだろ?」
「そりゃ、ハンモックがカラなんだからどっかにいるだろーが・・・」

 ナミが口をすっぱくして教え込んだ (軽い脳みそに叩き込んだ) ので、夜、クルーが揃ってない状況では海に落ちるような行為モロモロはしてないハズだ(落ちたらマジ死ぬしな)。
 当たり前だが船内のどこかにいるだろう。


 サンジはわめいた。
「あーっ、なんでこんな気味悪い夜中に目ェさめちまったんだぁーっ!!。寝てれば気づかなかったのにーっ。俺はバカかっ?」

 バカかといわれても同意もできない。
普段の言動は八割方バカだと思うが、それとは別のことのようだ。


 しかし・・・。
ルフィに会いたいのか会いたくないのか。
どっちなんだ?、このタイドは。

 当惑して、俺は自分の首を致命的に絞める言葉をかけてしまった。




「お前は・・・、ルフィがスキなんだろ?」



「・・・・!!」



 俺の胸に頭をおしつけていたサンジが、はじかれたように顔をあげた。
両腕は俺の首にからませたまま、俺を見上げている。驚くほどの至近距離。


 夜目にも鮮やかな浅い青の瞳が、かすかに見開かれた。




 そして、
薄い唇が開いて、何かを言おうとした時――――。



 
にょん。




 俺とサンジの顔の間を、棒が走った。


 ―――― 棒?。


 いや、ちがう、これは・・・・・。



「ぎゃああああああああああ―――っ!!!」



 耳をつんざく叫び声。
キスしたくなるほどの至近距離でやられたから、たまったもんじゃない。


 当然、悲鳴をあげたのはサンジだった。

 俺からがばっと勢いよく離れたが、腰がぬけたらしく、長い足を放り投げてそのままぺたんと座り込んでしまう。


 俺とサンジの間を通って船の外縁をつかんだのは、間違いなくルフィの手。
そして今日、夕食の時にしたのと同じく、手を軸に縮んでこっちまで飛んできた。
 方向からして、ちょうど俺達の反対側の船尾にいたらしかった。



「よう!!、サンジ!!、ゾロ!!」
 飛ばないよう片腕で麦わらをおさえて着地したルフィ。
何事もなかったかのごとく、いつものトーンでアイサツされた。
 身体は通常サイズに戻っている。


「・・・・・よぅ」
 とりあえず俺は答えたが、一方のサンジは無言だ。というより、とっさには声もでないらしい。


「・・・・・っ」
 驚いただけでなく、おびえのまじった表情でかたまっている。
床についた両腕があきらかに震えていた。足も。

 おびえているカオは初めて見る。
圧倒的な身体能力と強さを誇る魚人と戦ったときにも こんなカオはしなかった。
 かわいそうに、と思うより、やけに嗜虐心を煽るような表情で、また心臓がさわがしくなる。



「サンジ!!!、なにボーっとしてんだよ!!。ゾロになんかされたのかっ」
 ルフィもサンジの常ならぬ様子に気づいたらしい。
ぱっとサンジの前にしゃがみこんだ。
 それから俺を振り返り、ギロッと睨んでくる。

「なっなんもしてねーよ!!」
 慌てて否定する。
悲しいが事実だ。あとちょっと別の方向に転んでいたら どうか分からないが。




「・・・・・・・・・・・・・・っ」
 サンジがカオを伏せた。
ぷるぷる震えている。

 それは、さっきのおびえからの震えとは全く違うもので――――。
なにより、それを雄弁に伝えてくるのは、ものすごい怒気だった。



 ―――― 怒ってる・・・。



 気づいた次の瞬間、

「のびんなぁぁぁ―――っ!!!」

 立ち上がりザマに、右足のキックが容赦なくルフィにきまった。



 ルフィは完全に油断していたらしく、モロにケリを喰らって床に倒れた。
打撃には強いゴム人間だが、足技専門のこのコックの渾身のキックは かなりのダメージだったらしい。

 いい音がした、実にいい音が。


 ―――― 一発でルフィを昏倒させるなんて、やっぱタダ者じゃねぇな。


 つい感心。




 ―――― しかし、なんでこんな怒ってるんだ?。


 とりあえず気になった方優先ということにして、俺は気絶しているルフィを通りすぎて (「おいおいそりゃヒデェんじゃねぇか?」 By.ウソップ)、サンジのそばに寄った。


 キックと同時に立ち上がったサンジは、胸のあたりを押さえて荒い息をついている。
 コイツがやると心臓発作でも起こしてそうで (別に病弱でもなんでもないんだが)、やけに心配になってしまう。


「どうしたんだ?。大丈夫か?」
「こっ、こっこいつが伸びやがるから―――――っ」


 サンジはまだ本調子じゃないらしい。
普段のふてぶてしいタイドとはかけはなれた、動転した様子。


 こいつ、と震える細い指で指差したのは床の上のルフィだ。


 ―――― ?。
ゴム人間なんだから、伸びて当たり前だが。

「・・・・・・・伸びちゃマズイのか?」




「怖ェじゃねぇか!!!!」



 怒鳴ったとたん、サンジはハッとして口をおさえた。
そして、そのまま赤面する。
 白い肌が、あっという間に染まるのがよく分かった。



「・・・・・・・・・・・・・!!!!」


 
――― カ。カワイイ・・・・!!。



 やべェ。マジカワイイ。
赤面してやんの。カワイイカワイイカワイすぎだーっ!!!。




 こ、恋はまさにハリケーンなんだな・・・、お前のアホ名言を実感したぜ・・・。





 そんな俺の内心をのぞかれたら、床でのびてるルフィと同じ運命をたどることになったろうが、運良くサンジは超能力者ではなかった。

 逆に、サンジは俺の態度を自分にあきれたものだと判断したらしく、ふてくされて目をそらす。
 まだ肌の赤みがひいてないのは酒のせいもあるようだ。かなり酔いが回ってきているんだろう。


「どうしたんだ?。言ってみろよ」
 酩酊は、たいがいヒトを饒舌にする。
サンジも例外ではないらしい。水を向けると、意外に素直にしゃべりだした。
 普段だったら考えられないことだ。


「どうって・・・、お前はなんともねぇの?」
「??、なにがだ?」

「ルフィが・・・」
 言いかけて、サンジは気絶から睡眠に移行した頑丈な船長に視線をやった。
 既に熟睡モードだ。目を覚ましそうもない。


 その様子を確認して、サンジはまたため息をつく。


「・・・チクショー、俺だって・・・バカだって分かってるよ!!!。でもこんな夜に・・・あんな・・・」


 あんな?。
なんのことだ?。


「あんな・・・船幽霊みてぇじゃねぇか!!!」





 
――― 船幽霊???。





「なんだそりゃ」
 つい、素で質問してしまった。

「知らねぇのかっ??!!」

 俺の反応に、サンジは信じられないといった表情。
そして、また床で大の字のルフィを一瞥した後、話し始めた。




「船幽霊ってのはな・・・」


 ―――― 名前の通り、海にでる幽霊らしい。
諸説ある (というか数種類いるらしい) が、サンジがしたのは、崖の怪談だった。




 海岸には、自殺の名所と呼ばれる崖がいくつもある。
そんな場所には、船幽霊がいるのだという。
 崖からはるか下の海面をのぞきこむと、海から数え切れない何本もの腕がのびて、『おいでおいで』と手招くそうだ。

 その手をみると、自殺などする気のないヤツでさえ引き込まれてしまうのだという。

 崖から身体をおどらせると、まってましたとばかりに海から手がのびて、すごい力でひきずりこむのだと。

 そして、その死体は永遠に見つからない。




 短い怪談を話し終えると、サンジは細い身体を震わせた。

「怖ェだろ?」

「・・・・・・」
 サンジはやけに怖がっているようだが、それほど怖くも感じられなかった。

 つーか、どこが怖がるトコロなんだ?。

 マジで首をかしげたい。
が、酔っ払い相手には とにかく肯定してやるのがいいと経験上よく知っている。とりあえず俺はうなずいた。


 するとサンジは嬉しそうに俺の手を両手で握った。

 それだけで一瞬身体が硬直する。体温がどっと上昇した気もする。ガキか、俺は。



 ―――― 酔うとスキンシップ過多なんだなコイツ・・・・。


 そいや、先の宴会でも村の女たちにベッタリしてやがったけど・・・・。喜ぶべきか悲しむべきか。




 サンジは俺の手をとったまま、百面相のごとく、今度は悲しげな目でうつむいた。


「最初会った時は・・・、そりゃビックリしたけど・・・、そんな、怖いとか、思わなかったんだけどよ。まあ、クリークのヤツが来たりとか、いろいろあったしな。でも、この船に乗って最初の見張りの晩さぁ・・・、ちょうどこんな生ぬるい風の、ヤナ夜だったぜ・・・。俺が見張り台にいたら、真っ暗な闇の中、急に台の手すりに手が!!!。手すりをつかむ手がポンって乗ってさぁ・・・・、あん時はマジで死ぬかと思ったぜ・・・っ」


 そのまま、なんと泣き出してしまう。
思った以上に酔っている。酔いまくっている。


 ―――― 寝て起きて すぐラッパで飲んだもんなコイツ・・・。







 ―――― きっと、こーいうことなんだろう。


 こいつは海上レストランで育ってきて、おそらく夜の船の見張りなんか、今までしたことがなかったのだ。

 それで少し緊張しているところに、ルフィが夜食でもねだりにやって来たんだろう。
 ヤツは見張り台にのぼるとき、俺達みたいに足でなく、特異体質を利用してのぼるから、当然 手すりに伸びた手をかけたわけだ。

 当たり前だが、そこは人間の手がポンと現れるところじゃない。高さ何十メートルなんだもんな。

 とっさに、これはゴム人間のルフィだ、なんて思いつかず、そーとーにビビってしまったらしい。
 まあ、ゴム人間だもんな・・・・(あるイミ、船幽霊とやらより悪魔の実の能力者の方がバケモン揃いな気もするが)。









 ―――― しかし。

 言いたかないが、俺に こんなに話しかけたのはコレが初めてだぞ、この野郎。
 酔ってないとコミュニケーションもとれないってのは、なんか寒い関係だなチクショウ。


 なんて考えてた俺だが、



「っ!!!!」
 突然、サンジのした行動に、今度こそ全身が硬直した。
こぼれた涙をぬぐうのに、目元に手を持っていったのだ。

 それだけならフツウだ。

 しかし今、サンジの両手は俺の右手をつかんだ状態。
それをほどかず、そのまま持っていったため、



 ―――― うわ。カオ、触っちゃってるぞオイ。

 ・・・な状態になってしまったのだ。



 酩酊というのはスゴイもので、サンジはマジで泣いている。

 俺の指に、濡れた感触が伝わる。
皮膚の感触も一緒に。

 涙で濡れているせいもあるのか、やけにすべらかで、心臓がうるさくなる。
長めの前髪の、細い毛先がくすぐるようにあたるのも、熱い人肌の温度も、すべて、ゾッとするほど扇情的だ。


 状況が状況なら本当に押し倒してたかもしれないが、ガキっぽい泣き方は逆に微笑ましく見えた。




「怖かったんだな・・・」
 空いている左手を、おそるおそるサンジの髪に置いてみる。
抵抗されないのに安堵する。

 昔、道場の年下のガキ相手にしたのと同じに頭をなでてみた。驚くほどやわらかい、金色の髪の感触。



 とらえていた俺の右手をサンジがふいに離した。
残念に思う間もなく、また抱きつかれる。

 さっきより、強く。




「コドモん時から、よく聞いてたハナシだったんだよ・・・っ。だから、手が伸びてんの見ると・・・っ」
 抱きついた姿勢のまま、またグチっている。

 手すりに突然 ヒトの手が現れた瞬間の恐怖だとか。
すごく遠くから、前触れもなく 肩に手をおかれた時の怖さだとか (そういえば、ルフィはよく そんなコトもしてんな・・・。サンジに対しては、腰とかにも べたべたまとわりついてやがるし・・・)。



「・・・・」
 今度は、ためらわないで俺もその背に腕をまわした。

 スーツがよく似合う細腰は、実際に触れてもやはりひどくキャシャだ。
あの戦闘力がどこに隠れているんだろうとフシギになる。




 サンジはまだ泣いている。

 抱きしめながら、俺はやっと気づいた。


『怖かったんだな』
 さっき、自分がサンジに言った言葉。



 そうか、それだけだったんだ、と、やっと気づいたのだ。遅すぎる。




 いつも、ルフィを見てると思ってた。
だから、ルフィがスキなんだと思った。





 でも、実際は。

 ルフィを見てたのは、怖くて目が離せなかったから。
知らないところで のびられるのが怖かったから。


 だからいつでも近くで見ていなきゃ気がすまなかったのか。





 すすり泣きの声がやんだ。
耳元で聞こえていたそれは、いつしか寝息に変わっている。



 少し離れた床で、盛大にいびきをかいて寝ている船長。
騒いで泣いて、そのまま眠りについた怖がりの料理人。



 ずっと俺をわずらわせていた二人に囲まれて、俺はあまりのアホらしさに笑いたくなった。









「・・・・・・やっぱ、前途多難なコトに変わりはねぇか」










 ――――でも とりあえず。



 あきらめる気はなくなったからな、クソコック。















 次の日。

 酔っていたサンジは、その夜のことをまるで覚えていなかった。
ルフィを追って外に出た辺りまでで記憶がとだえているらしい。
 俺に抱きついたことだとか、メソメソ泣いて怖がった記憶はキレイに消去したようだ。ムリもない。

 ルフィの方はもちろん酔っていたわけじゃないので覚えていたが、あいもかわらずの のん気ぶりで、突然 気絶するほど蹴っぽられたコトなどは気にしていない。

 ただ、サンジの様子がおかしかったのは俺のせいと思い込んでしまったらしく (厳密にいえばこの船長のせいだ)、俺がサンジに近づこうとするのを あからさまにジャマしだした。






 驚いたコトに、こいつもコック狙いだったらしい。
ホントに こいつとは気が合うな・・・・・・・、嫌になるほど。











 ―――― そしてさらに日数がたって。


 俺がヤツを初めて名前で呼べた頃には、サンジも『船幽霊』こと『ゴム人間』に慣れて、むやみに怖がることはなくなっていた。










END





サンジ 「基本的には俺ってけっこーアッパー系な酔い方なんだけどな」
ゾロ 「泣き上戸もあるみてぇだぞ」

サンジ 「あれ?。穴のあいたヒシャク渡さねぇと舟沈ませるヤツも船幽霊じゃなかったか?」
ゾロ 「そんなにたくさんいんのか・・・・・船幽霊・・・」




 現在の、ゾロとサンジの関係→酔ってないとコミュニケーションがとれない寒い関係。
 現在のルフィとサンジの関係→一方的に怖がられている不毛な関係。
 というワケで、現時点ではどっちも壮絶な片想いでした(笑)。

 これは、サンジさん加入すぐくらいの設定の話っス。
ローグタウンに向かってる辺りですかね。


 サンジさんの態度があーなのは、酔ってるからです!!。
ルフィは夜中に起き出してなにをやってたかといえば、船尾の方でトイレ(苦笑)をすませて、それからキッチンに盗み食いに行くつもりだったと思われます。

 というワケで、どこがゾロサンやねーーーんっ!!ってカンジでゴメンナサイですが、キリリク下さったRyoサマ、どうぞ受け取ってくださいませv。
 読んでくださった方、ありがとうございました!。
 

By.伊田くると



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