その激情の名前を



俺は知らなかったんだ











加害者の言い分





 ゴーイングメリー号はとりあえず海賊旗は掲げてるものの小規模な船だから、手ごろな獲物としてよく『同業者』に狙われる。

 船も小規模ならクルーもひとケタ。

 まあ確かに、普通ならエサ以外のナニモノでもない。大砲もたった一基しか積んでねぇしな。


 そーいう「小物狙い」「弱いモンいじめ」をポリシーとしてる海賊ってのはホントにタカが知れてて、相手しても面白くはないが。
 基本的に民間からの略奪は一切しないのが俺たちの船のポリシーだから、そーいう輩から自分たちの運営資金をまかなうことにしてる。


 つまり、逆にこっちの獲物になってもらってるワケだ。









 その日も、急にウソップが騒ぎ出して敵襲を知った。ってかナミに叩き起こされた。

 ゴーイングメリー号の三倍ほどの船の影がふたつ。
問答無用で遠距離から砲弾をブッ放してきての戦闘開始だ。迫り来る砲弾はもちろんルフィが腹で受け止めた・・・ってかはじいたので船に問題はない。


 ルフィひとりで十分な気もしたが、
「食う・寝る・遊ぶ。あんたって平和な時はホントゴク潰しね」
 と、イヤミでなく心底ホンネという表情でナミが吐き捨てたのを聞き、なら非常時に役に立ちゃいいんだろ、と剣を抜く。



 ――――大体、遊ぶってのはなんなんだ。鍛錬してんだよ。チクショー。

という文句は、まだ借金を返していないので今は心に秘めておく。覚えとけよ。







 船の甲板を血で汚すとあとでナミにしかられる。掃除させられるのもゴメンだ。
よって、近づいてきた相手の舟に乗りこむのが俺たちのいつものやり方。


 まずゴム人間・ルフィが足を伸ばして敵船の手すりを凪ぐように旋回させ、一気に10人ほど海へつき落とした。景気のいい水音が水面下に響く。
 そのおかげでぽかっと空いた足場に俺も着地し、剣を構えた。

 ルフィはルフィで、もう戦闘を開始している。マトモに戦う気はあまりないらしく、相手を海に落とすのを主眼にやっているようだ。
 自由自在にのびるゴム人間にビビりまくる船員達。グランドラインは悪魔の実の能力者が多いが、それでもやはり珍しく恐ろしいのだろう。


 ルフィにだけやらせるわけにもいかないので、俺も敵を蹴散らしていく。ゴーイングメリー号よりデカい船のため、足場がかなり安定していた。やりやすい。まあ、この程度の連中じゃ準備運動にもならねぇが。










「美人の嬢ちゃんだな。相手してくれよ」


 目の前の敵をいなして数人かたづけたところで、奥(多分船室だろう) から出てきた中年の男が突然そう言った。

 しかけた戦闘の真っ最中だというのに、そんな様子の見えない、悠然と緩慢なそぶり。酒も入ってるらしい。
 まわりのザコ連中より地位が高いらしく、身なりもタイドも偉そうだ。
男の目線は俺の後方に向かっていた。





 ――――『嬢ちゃん』・・・?。


 『はァ?』、と思った次の瞬間、ナミのカオが浮かぶ。

「てめぇっ、おとなしく船に・・・」

 かかってきた大男達を即座に斬りつけて甲板の床に激突させた後、あわてて振り向いた。


 ナミはいつもなら戦闘に参加しない (ついでにいうとウソップも後方援護だーっ、とか言ってあまり戦わない)。戦えないわけじゃないが戦闘員として乗ってるワケじゃねぇし。

 だから当然残ってると思ったのだが。なにを思ったか敵船に丸腰でのこのこやってきやがったんじゃ・・・。




 が、

「おとなしく船に戻ってろ」と言うつもりだった口は止まった。



「・・・・・・・・・・・・・っ」

 そこにいたのはナミじゃなかった。




 俺の真後ろの位置。腰ほどの高さの手すりの上に乗っかってる男。
ゴーイングメリー号の船首から身軽に飛び乗ってきたんだろう、ちょうど着地したカッコウで。


 口元にタバコをくわえ、だらしなく両腕をポケットにつっこんだままの姿勢でサンジがゆっくりとカオをあげた。


「おとなしく・・・なんだって?」

 抑揚の少ない声で言って、手すりから飛び降りる。
床にのびてる、俺が倒した有象無象を容赦なく踏みつけてるが、まったく気にしていないらしい。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、なんでもねぇ」

 ナミと間違えた、とは言わず、ただ首を振った。


 サンジは興味を失ったらしく追及してこない。俺を一瞥した後すぐに視線をずらし、ルフィに向かって叫んだ。

「おらクソゴム―――っ!、。俺にも三十匹ほど残しとけーっっっ!」


 いい勢いで海に落としまくってるルフィはぐりんと首だけ振り向いた。サンジの姿を見つけて、嬉しげにニシシと笑う。
「もーそんな残ってねぇよー」
「あぁ?!、真打ちの俺様に残しとくのがスジだろがよ!」
「真打ち?。うまそーだな!」

 そんな会話をしつつも、俺たち三人は戦闘真っ最中なのだが。どうにも二人の会話だけがのん気だ。






 ここは俺にやらせとこう、とでも思ったのか、サンジは場所を移動しようと背を向けた。

 その黒いスーツの後姿。
男の目は、先ほどからずっとサンジにはりついている。執拗に。


 理屈などなく不快感だけがわきあがり、その目をやめろ、と怒鳴ろうとしたのと同時に、薄く笑った男の、下品げな形の唇が開き。



 それを察した俺は、反射の域で力任せに斬りつけた。





 致命傷。



 三つの刃先が首と胴体二か所を同時に凪いでいた。シャワーのような勢いで血が噴き出す。鮮やかな動脈血が俺の全身にかかった。熱い。視界が赤に染まる。









 ―――― 船の掃除はメンドウだ。血で汚れて服をかえるのも面倒だ。

 だから弱い敵のときは返り血にも気をつけている。

 なのに、そんなことが頭から消えうせてしまった。衝動的で、瞬間的な殺意があふれて、その結果として無惨な死体が転がっている。





「・・・・・・」
 どう感じればいいか分からないまま死体を見下ろした。



 殺意?、


 俺がか?。


 この男が口を開いた、それだけで?。






 この男が何を言う気だったかは分からない。口を開こうとしたことが殺す十分な動機であるというほど、何も考えないままに刀を振るってしまった。

 そんな自分が信じられない。

 が、そう思う一方、結局何も聞く前に殺してしまったが、聞いた後でも結果はやはり同じになるという気もした。










 俺が殺した男は船のトップだったらしい。
そいつが死ぬと、そばにいた、部下らしい連中が悲鳴をあげた。降参するヤツも多々出始め、すでに大方片付いていたこともあり、戦闘はあっけなく終局した。













「・・・・」
 その場から動けないまま、血まみれで立ち尽くしていた俺を見て、戻って来たサンジはかすかに眉をひそめる。俺の足元の死体にもほんのわずかな時間目をおとした。が、何も言わない。




 ナミとウソップが敵船の中に宝を獲りに向かった。食糧は、俺たち自身がせっぱつまってでもいない限りは手をつけないことになっている。
 ルフィは好奇心がムダにあふれてるヤツだから、お宝探しに目を輝かせるナミの後ろを当然ついていく。もちろん、中に残党でもいた場合はふたりを守るという役目もある。

 チョッパーは万一のため医療道具を持ってずっと自船に待機していた。




 降参したヤツラはもはや戦意をうしなって、甲板のはしに固まっている。海に落ちた連中もぼちぼち引き上げられているので、びしょぬれなヤツも多い。先に襲ってきたクセに根性がたりないのか、殺されるのではとおびえている様子だ。全くの杞憂だが。









 船長、航海士、射撃手が広そうな船内に消え、

 ――――戦場だった船の上に、俺とサンジが残された。




 なぜだか気まずい。



 血がしたたる濡れた刃先から、ゆっくりと目線を上げていく。
黒スーツ姿の料理人が視界に入った。

 サンジは全くの無傷だ。またタバコを吸っている。
キッチンでなにか作業をしてたんだろう、今回は戦闘に参加したのが遅かった。暴れたりないのか、退屈そうだ。







 
『美人の嬢ちゃんだな。相手してくれよ』




 殺した男の言葉がまた脳裏に浮かぶ。
品定めするような目と、下卑た笑いと一緒に。




 ―――― ナミでなく、こいつに言ったんだ。



 あの男がまた口を開いたとき、我を忘れて斬りかかってしまった。
手加減できる相手だったし、あんな殺し方をしたのも久し振りだ。ウソップもナミも心配そうに俺を見ていた。何も言わないが、サンジだって不審に感じたに違いない。





 ―――― なんでだ?。



 ―――― なんでそこまで、頭に血がのぼった?。



 あの視線に?。目に?。言葉に?。口調に?。



 ―――― 分からない。


 今となっては、あの瞬間の激昂は微塵も残っていなかった。なぜあんなに動転したのか、不思議にすら思う。



 ―――― こいつが侮辱されたからか?。それで俺は怒ったのか?。


 ―――― あんな目で、なめるように見たから怒ったのか?。







 サンジ。


 その横顔を凝視していたら、ふいにヤツも目を上げて俺を見た。


「・・・ハラマキの予備ってあんのか?」
 イヤミっぽく唇を歪めて尋ねられる。

 血に染まった俺の身体を、無表情というより感慨なさそうに青い目が見つめている。
頭から血をかぶったから当然腹も真っ赤だ。衣服が血を吸って、身体がいくらか重く感じられるほど。


「・・・・・・」
 いつもの軽口にいつもの罵倒で答える気になれず、俺は黙ってしまう。
やべえ。何か言わねえと。ヘンに思われる。

 焦った俺は思わず、
「さ、さっきのヤロウがよ」
 こぼしてしまった。ハラマキとはなんらカンケイない。


 ―――― 何言ってんだ俺はーーーッ!!


 当然『なんだ?』、と聞き返してくるのにうまくごまかすこともできず、結局ずるずると正直に先刻の出来事をしゃべってしまった。

 後から思うに、さほど強くもない相手を惨殺したことをこいつが責めているような気がして(それは勝手な、俺の自責からでた想像だ)、殺したのには理由があるんだと、分かってくれと、弁解したい気持ちがどこかにあったからだと思う。
 本人にあんな言葉聞かせてどーする気だ、と自分本位なデリカシーのなさを痛感する、が。










 しかし、サンジの反応は俺の予想とまるで違った。

 自分を侮辱した発言に怒るでもなく、軽く煙を吐いて笑っている。実におかしそうに。

 一度だけ三つの部分に切断された死体に目を落としたが、その目にも悪感情はまるでないように見えた。



「・・・・・・・・・・・・怒んねぇのか?」
 人一倍プライドの高い、キレやすいお前なのに。

 なぜ怒らない?。俺はまたわからなくなる。


 ―――― お前が怒らないのに、なんで俺が怒るんだ?。

 理不尽さすら感じた。
怒るはずだろ。怒っていいはずだ。だから俺はあいつを殺した。



「んや?。ま、多いしなそーゆーヤロウも。慣れてっし」

 ―――― 慣れてる?。


 ぽけっとした俺がおかしいのか、サンジはまた笑った。
なぜかとても嬉しそうだと思う。
そんな笑顔を俺に向けたのは多分初めてだ。


 ―――― 嬉しい?。そんなワケないだろう。そんな話題では全然ない。


 なのに。

 水色に近い青い目をまぶしそうに細めて。
薄い唇を開いて笑っている。




「・・・・・」



 ―――― 確かに―――・・・・・キレイだ。






 今さらのようにそう思った。
長く一緒にいるというのに、初めて気づいた気すらした。




 男に女扱いされて、悔しくないんだろうか。

 そーゆー男が多いって?。慣れてる?。



 ―――― どういう意味だ?。




 男に女扱いされるのに慣れてるってことか?。



 『相手してもらおうか』




 男の相手に、慣れて、るってことか?。








 そう思った途端、両手に握ったままだった血まみれの刀をとり落としそうになった。
さっき男を斬り殺した時の気持ちに近いものが、またこみあげてくる。



 もう少し、あともう少し自制を失ったら、目の前で笑うこいつに斬りかかってしまいそうだ。







「・・・・ゾロ」


 日頃めったに呼ばない名前を口にだし。
日頃俺には見せない悪意のない笑顔を寄越す。


「怒んなよ。俺――――――怒ってねぇし」


 そこまで言うと、いったん俺から視線をずらし、少し恥ずかしそうに微笑む。


「意外かもしんねぇけど、俺――――」




「・・・・・・・ヤじゃねぇし―――な?」


近づいてきて、軽く肩に触れて。
ささやかれる。





また身体の熱が上がった。



誘われたのかと、思った――――――











 サンジに。

 航海を共にする『仲間』のひとりであるはずの男に。
キライではないがあまり関わりたくないと思っていた男に。



 持つべきでない感情を持ったきっかけを聞かれたなら、答えはこの瞬間だ。





 今さら、戦闘や血で興奮していたわけでもないのに、心臓が異常なほどに わなないていた。


 感情が一気にたくさん噴出して、自分でもよく分からなかった。


 はっきりと欲情したし、「慣れてる」と寄越したセリフに怒りも覚えた。
男にそう思われて、扱われるのがイヤじゃないのか?!、と驚きもした。

 俺はこんなに悔しいのに、お前は悔しくないのかと焦った。
俺はあの男に憎悪を抱いた、お前はなんともないのか?!、と怒鳴りたかった。







 なにより、その笑顔はキレイだと――――。


 思った。






















 不可解だった。
ことごとく俺の予想と違うリアクションに、戸惑いが隠せなかった。


お前は、すごいヤツだ。
コックのくせに強ぇし。
コックのくせに女好きだし。
コックだからメシはうまいし。



 友達ではもちろんない、仲間というにはまだこそばゆかったが、サンジをある意味尊敬していた。これは、クルーの誰にでもいえることだが。







―――――― 慣れてっし

―――――― ヤじゃねぇし―――な?




 そんな、すごいと思ってたヤツの突然の言葉にショックを受けた。


 慣れてるのか?。女扱いされることに。
嫌じゃないのか?。


 誘うような笑い方。
嬉しそうに唇をあげて笑っていた。


 そんなカオを、俺の知らない男に見せてたのか?。
女みてぇに抱かれて、ヤられて喜んでたのか?。



 そう考えただけで、信じられないほど頭に血がのぼった。殺気がおさえきれなくて、離れた場所にいたにも関わらず、気配に敏感なチョッパーにおびえられた。






 今まで、サンジをそんな対象に見たことはない。仲はよくないが俺はヤツをそれなりに気に入ってたし、ケンカにあけくれつつもうまくやってた。




 なのに、その日以来、俺は変わってしまった。


 サンジを見ているとイライラした。


 フツーなツラして、ずっとだましてたのか。
 男にヤラれて喜んでるような淫乱なんだろ。
 俺たちには、隠してやがった。
 


 いつも黒いスーツを着込んでいる肌の白い男。







 裏切られた気がした。







 サンジに対して感じた激情。


 その名前を。
俺は知らなかった。





 だからあいつを力ずくで押し倒しても。
抵抗にあってもやめる気が起きなかったんだろう。





 まるで俺の方が被害者であるような。
そんな気さえしていた。
















その激情の名前を


俺は知らなかったんだ






















END




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最低ゾロ。
めざせ仲直り!!
伊田くると





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