婉曲な口説き文句





 その重量から考えれば、信じられないくらい軽快に振られていたダンベル―――― というか見た目は無骨な串ダンゴだったけど―――― の音がふいに やんで、私は反射的に活字から目をあげた。

 ゾロのこの昼夜を問わず行われている鍛錬は、今日は一時間ほど前から始められていたから終わるには早すぎる。うるさい音だけど、ないとないで気になるものだ。

 視線を向けると、軽々とダンベルを片手に持ったままのゾロの後頭部が見えた。首を少しめぐらせて何かを見ているようだ。後ろ姿なので、その表情は あたりまえだけど うかがえない。

 つられて私もそっちに目をやる。彼が何を見ていたかはすぐに分かった。


 たくさんのガラクタと、そのそばに座りこんでいる考古学者、そして、隣に同じく座っている料理人・・・。



 ―――― あらら。ゾロが他人を気にするなんて珍しい。


 そんなことを考えているうちに、またぶんぶん、とダンベルが音を出し始めた。見ていたのはほんの一瞬で、すぐにまた鍛錬に入ることにしたようだ。いつも同じペースで規則正しくその音は聞こえるのだけど、今回はリズムが若干はやかった。

 彼と違い、私はチェアでの読書を再開する気にはなれなかった。


 ――――ゾロは一体何を見ていたんだろうか。

 気になる。
まさかあの筋肉バカがよりによって考古学に興味を示すとは思えないから、林立している古い骨董品たちではないだろう。そうすると、ロビンか、サンジくんか――――

 あるいは、ふたり両方か。
両者とも、特に注意をひくような目立つ音や声は出していないけど。


 ふたりは私やゾロの動向に気づくわけもなく、並んで何かを話していた。
ロビンは大部分が欠けたツボらしきものを左手に抱え、右手の刷毛でホコリを払っていた。そんなどうでもいい仕草すら優雅だ。作業しつつ、模様かなにかを探してるのか、じっと目を落としている。

 サンジくんもまたそこに視線をやっているので、学者さんにレクチャーを受けている様子に見えた。事実、主にしゃべっているのはロビンらしく、サンジくんはうなずきながら時折なにか質問を挟んでいるようだ。珍しく、目をハートにしてらちもない褒め言葉を連発しているわけではないらしい。

 彼が考古学に興味があるというのは―――― ゾロよりはいくらか可能性があるとしても―――― やはり考えにくかったけど、サンジくんのことだからロビンの声を聞いてるだけで楽しいのかも知れないし。





 船の甲板には、今たくさんのガラクタが置かれている。先日たまたま寄ったログもない、地図にも載っていなかった古い島で拾いあげたものだ。
 島の周囲があわせて三キロほどしかない小島で、とうに島民は滅び無人島になっていたけれど、住居跡と思われる史跡がいくつか残っていた。

 島にはほかになにもなく、ロビンの要望でそれらのうち軽量な雑貨を調査のために船に運びこんだ。

 彼女は、よく分からないけれど世界の歴史が知りたいらしい。私には価値もないガラクタにしか見えなかったけれど(実際 金銭的な価値はないのだと聞いた。なら興味はない)、彼女はそこから歴史の手がかりを得ることができるんだろう。





 島を出発して数日。彼女は調査にかかりきり。
そういえば、あまり意識してなかったけど、サンジくんはよく彼女のそばに寄っていっていたようにも思う。


 ―――― ひょっとして、私に対するより多く。

 そう思い返せば、ひょっとしてではなく本当にそうだと気づく。
さっきも、私にドリンクを出してくれた後、すぐにその場を去った。それからずっと、・・・・・・つまりみんなにドリンクを配った後ずっと、ロビンのそばにいるんだろうか?。

 もう一度ふたりを一瞥した後、私はどこで読むのを中断したか思い出せない本に目を落とした。小さい活字が二重になってぼやける。集中して見ようとしてないからだ。事実上の空だった。




 ――――ゾロは、あまりロビンを信用していない。

 当たり前だ。バロックワークスのクロコダイルのパートナーだった女だ。
いくらルフィが信用したって、今までの背景はすぐに消せるものじゃない。ゾロと同様に、ビビやアラバスタの苦しみを見た私にも、納得のいく話じゃなかった。

 ああそっか、ゾロが鍛錬を中断したのは、ロビンを監視しようとしたからかもしれないわね。


 ―――― サンジくんもそうだから、そばで見張ってるのかしら?。


「・・・・・・・」
 それは、ないか。

 女性であるというだけであの鼻ののばしようだしね。疑うなんてよぎってもいないのかも。




 お気楽だわ、ホント。






 また、甲板のふたりに目をやってしまう。
ロビンは常と変わらぬ穏やかさで、そしてサンジくんは楽しげに笑っていた。





















 お風呂から出てその足でキッチンに行くと、そこではゾロとサンジくんがケンカしていた。

 といっても、夜なのもあってか口ゲンカだ。深夜に刀および足を使ったケンカをすると問答無用に両成敗でコブをつくってやった私の教育がようやくきいてるのかもしれない。


「とにかく謝りやがれ !」
「謝る必要なんてねェ」

 どうも、このふたつのフレーズが何度もいきかってるみたい。子供じみたケンカだ。

 キッチンに寄ってホットミルクでももらおうと思ってたので、罵声にかまわずドアを開ける。とたんにサンジくんが口をつぐんで、ケンカ相手を無視して愛想よく出迎えてくれた。
 ゾロはムスっとした顔で目だけ私に向けたあと、すぐに出ていくそぶりを見せる。

「何が原因でケンカしてるの?」
 口ゲンカのわりにはふたりの雰囲気は深刻だった。
このままにしておかないほうがいいだろう、と判断して私はドアのそばに立って両手を腰にあてる。出口をふさがれたゾロがますますムスっとした顔になった。サンジくんと対照的にホント愛想がない男だ。

「お前には関係ねぇよ」
「ナミさんになんて口ききやがる!」

 ささいなことでもいがみあうふたりを どうにかなだめて・・・というか鉄拳でなだめたのだけど・・・ことの顛末を聞き出せたのは三十分も過ぎた頃だった。





 要するに。

 夕食後、私がお風呂に入ってた間に、ゾロがロビンに失礼な口をきいたと、それだけのことらしい。

 なんて言ったのかのセリフをサンジくんは言わなかったが、まあ歯に衣着せぬゾロのこと、不信感ありありな発言でもしたんだろう。
 腹黒さからは縁遠いあいつの傍若無人な正直さは私は嫌いじゃない。ゾロはロビンが船に乗った当初から信用していないと彼女自身にはっきりと告げていたし。
 だからロビン本人も気にしてないだろう。そんなタマにはとても見えないしね。

 むしろそばで聞いていたサンジくんの方が気に病んでしまったようだ。怒ったサンジくんをとりなしたのは当のロビンだったとゾロは苦々しく言った。
 ロビンが去り、そこで場は収まったものの、ふたりになったらまた再燃してしまった・・・ということのようだった。



「なんでそこまで彼女を信じない?、俺にはわかんねぇ」
 私にホットミルクのマグカップを差し出してくれながらサンジくんがつぶやいた。あきれたような、スネたような口調だ。

 それでも、ふてくされた態度で椅子に座ったゾロにはグラスとウイスキーのボトルを差し出してあげている。ゾロが今夜のみはり当番なことも考慮してあげてるのだ。コックとしての気遣いは あいかわらず大したものね、と内心感心する。

「―――― 信じられるお前のがわからねぇよ」
 透明なグラスを受け取ったゾロはまだ不機嫌だった。

 ふと、今日の昼間ゾロが修行の手を止めて見ていたのは、問題のロビンでなく、サンジくんだったような気がした。なんとなく。



「この世にはいいヤツばっかじゃねぇなんて、てめぇに言われなくても知ってんだよ。でもロビンちゃんはそんなんじゃねぇ」
「だからっ」
「サンジくんがそう思う理由ってなに?」
 ゾロが反論するのをさえぎって私は尋ねてみた。どうせ、この女好き、だとかケンカを誘発する言葉しか返さないに決まってる。ゾロとロビンとはまた違う、このふたりの仲の悪さも困ったものだ。


 まあ今はそれより、サンジくんがロビンを信用する理由が純粋に気になる。

 私たちは船に乗る前のロビンとはほとんど接点がない。彼女は敵だったし。直接戦ったわけではないけれど、敵だったし。
 仲間に入ってからまだ日も浅いし、直情的なヤツばかりのクルー達と比べると謎が多く見える。頭のいい人間に多い、先を見通した冷静さもあいまって、人間的な部分を目にしていない。
 信用できない、と思ってしまうのも無理がないのだ。


「・・・・・」
 私の質問に、サンジくんは少し黙った。
返答に窮したのでなく、言葉を選ぶのに時間をとったようだった。これは彼には珍しい様子。


 それから、彼はゆっくりとした口調で答えた。

「彼女が信用できる人間かは俺には正直分かりません。けど、俺は信頼することにしたんです。コックだから」



「コックだから?」
 最後の言葉を繰り返してみる。なぜか、とても印象的なセリフだと思った。

 サンジくんはまだ薄く煙をあげている灰皿のタバコをもう一回つぶしながら言葉を継いだ。

「えっと――――つまり、コックはみんなにメシを食ってもらいますよね?。みんなに作って、みんなに食べてもらう。当たり前のことみたいだけど本当は、他人の作ったメシを食うほど恐ろしいことはないんですよ」

「・・・・」
「・・・・」

 私もゾロも黙った。ふたりとも意味を正確に察知したのだ。

 ルフィやウソップだったら分からないだろう。けど、私もゾロも、単独で行動していた時期がある。命を狙われてもおかしくない危険をおかしていたこともある。
 その当時は、出される食事に警戒した経験だって少なくはない。

「病と毒だけは・・・誰にでも平等に作用しますから。身体の中にものをとり入れるって行為は、いつだって危険と隣り合わせだ。それを他人にゆだねて そいつの作ったものを食うっていうのは、危険にほど近いギャンブルでもある」

 確かにそうだ。ゾロみたいに強い人間だって、別に身体の中まで強いわけじゃない。病と毒に関しては、ゾロだってルフィだって一般人と変わらないのだ。





「たとえば俺がその気になったら」
 サンジくんはテーブルの上で指をからめて組み合わせた。

「クルーのうち、狙いのただひとりだけを殺すこともできる。もちろん全員を死なせることも」

「・・・・・そうね」
 私は小さくうなずいた。それは事実だ。普段意識はしないけれど。


「料理の上にのった見たことのない色の香辛料を気にしたことがあるか?。異臭をほんの少しだけ感じた食材を、即座に吐きだせるか?。すべてノーだ。もっとも、無味無臭の薬品だってあるしな。致死量が一グラムに満たない劇薬も。毒に対する人間の防御力は、鍛えようもないし どうしたところで低い」

 ゾロのそばに置かれているボトル。すでに手酌でグラスにそそがれたその琥珀色の液体。
 そして、ほとんど残っていないカップの中のホットミルク。

 今現在も、私たちはコックの手から渡されたものを食している。


「毒を入れようとしてないか料理人を観察してりゃいいんじゃねぇか?」
 まぜっかえそうというカンジでなくゾロが尋ねた。酒のせいでもないだろうが、彼の機嫌は少し直っているようだ。

 サンジくんも答える。
「それも方法のひとつだが、素人じゃやっぱムリだろうな。塩と同じビンに毒を入れてしまえば塩を入れてるのか毒を入れてるのか区別つかないし。最初から毒をもった食材を使うってテもあるしな。きれいな花を咲かせた毒花を料理に使っても不自然じゃないだろ?」

 料理の世界は、それはもうあらゆるものを食材にするのだと目の前の料理人から以前聞いたことがある。
 花も、根も、草だって。
根に猛毒を持つ草花の名前は私もいくつか知っていた。

 けど、それが食卓の皿の上に細かく散らされていても分かるはずがなかった。

 サンジくんの話はやけにリアルで寒気を覚える。


「・・・・・・コックは生殺与奪の権利を、そういった意味でもにぎってるのね」


 ―――― 私たちに、生きるのに必要なエネルギーを与えてくれるだけでなく。

 ―――― 自由に、気まぐれに確実にそれを奪う権利も。



「そういうことになるね」
 サンジくんがニコッと笑った。











「ロビンちゃんを乗せて船が出発して―――― 最初の夕飯を、彼女は食べてくれた。その時から俺は―――― 彼女を信頼することにした。俺のメシを食ってくれた人は、俺を信頼してくれたってことだからな」

「ロビンが・・・」
 暗殺を生業にしてきた彼女は、同じく暗殺される怖さを十分に知っているはずだ。
 ロビンにとって、さして面識のないコックの料理を食べるというのは――――ほかに場所も食糧もない海上で――――、私が思う以上にイミがあったのかもしれない。食べさせたサンジくんにも。


「彼女は調理中の俺の様子を見ることも、配膳された皿の交換を頼むこともなかった。フォークもナイフもそこにあったものをそのままに使った。食事中も、俺の気配を盗むしぐさもしていない。それだけでなく、彼女が口をつける前にそれを横取りしようとしたルフィから、皿を守りもした。普通なら喜んで毒見させるぜ?」

 サンジくんは楽しげにその時の様子を話した。私は彼がそんなことを考えていたなんて、みじんも思わなかった。
 ゾロと違い、疑惑のかけらも持っていないような態度でロビンのそばにいる彼を、お気楽だとあきれてすらいた。







 その、遠くはない日の夕食の話題が終わった後、サンジくんは私からゾロに目をやった。


「彼女は俺を信頼してくれた。だから俺も彼女を信頼する」


 はっきりした声だった。
コックとしての、信念。



 たとえば、もしロビンに裏切られて―――― ひどい目にあったとしても、きっとこの人は後悔しないんだろう、と思った。






 そっか。

 私はスッキリしたような、釈然としないような複雑な気持ちになった。

 そこには、悔しい、という感情もあったかもしれない。

 サンジくんは―――― 当然、私のことを信用してくれているけれど(仲間になってすぐに裏切り騒動を起こした私を、なんの根拠もなく信じてくれてたもんね、そういえば)。

 ロビンを信頼する、という言葉に、なんとなく、なんとなく、ほんの少し、ほんの少し悔しくなった。


 甲板で並んで話をしていたふたりの雰囲気のせいかもしれない。













「俺は、お前のメシを食うぞ」

 突然ゾロがそう言った。
日に焼けた腕を組んで、えらそーにふんぞり返って、子供みたいな抑揚でそう言った。



 サンジくんと私もきょとんとそんな剣士をみつめる。
ゾロはサンジくんを睨むように見返して なお続けた。


「お前が毒入りだっつっても食う」

「食ってて変な味したとしても食う」






「お前を信じてるからだ」







「――――・・・」
 サンジくんがわずかに青い目を細めた。




 そして、半拍おいたあと、


「お前が毒の『変な味』に気づけるわけねぇだろ、味オンチのクセしやがって」
 イヤミっぽく言ってみせて、

 そのくせ、すごく嬉しそうに笑った。







 ゾロは、そんなサンジくんを見てぱっと目をそらした。


 ―――― あら?、そーゆー態度って、なんか・・・。



 思わず 探るつもりで剣士の表情を凝視してしまう。それから逃げるつもりなわけでもないだろうが、ゾロはすぐに立ち上がり、キッチンを出ていこうとした。

 が、扉のノブに手をかけたところで、ふいにゾロは動作を止め、ヤツにしては小さな声でつぶやいた。


「俺はニコ=ロビンをまだ信じてはいねぇが―――― さっきのことは謝ってくる」



 ぷっ。
なんか律儀だわ。さすがミスターブシドー。

 お母さんにしかられてさとされて、しぶしぶ謝りに行かされるガキんちょみたい。

 なんとなく幼稚園児みたいなカッコウのゾロが浮かんで笑いたくなる。

 が、次に幼稚園児ゾロの言った言葉に、笑いがひっこんだ。




「だから―――― あんまふたりにはなんなよ」




 え?。



 言ってることがおかしくない?。
ひとまずは信用するってことに (少なくとも、暴言を彼女に吐かない程度には) したんでしょ?。

 なら、別にサンジくんがロビンと一緒にいたって問題は――――





 あ。





 気づいた時には、その言葉を最後にもうゾロの姿は消えていた。

 閉まった扉から目の前のサンジくんに視線を戻すと、彼は困惑気味にまだ扉のほうを見つめていた。言われたセリフのイミを把握できなかったのは、彼も同様らしく。

 けど、ゾロの真意に先に気づいたのは私だったようだ。





 うん、なんというか――― 今日はサンジくんの意外な面も見れたけど・・・、ゾロも相当ね、うん。わりとカワイイわ。



「ナミさん、今のってロビンちゃんとふたりになるなってイミかな?。なんかそうとしか――――、あ?、なんであいつにそんな指図くらわなきゃなんねぇんだ、あんのクソ――――」

 途中までは私に尋ねていたのが、だんだんハラがたってきたらしく、ゾロへの罵倒にきりかわっていく。
 そんなコックさんに、私は少しだけゾロの味方をしてあげることにした。ロビンに対して、ゾロに似たキモチを私もほんのちょっとだけ感じてたから。



「ねぇサンジくん、私初めて見ちゃった」

「え?」



「あのハラマキの大剣豪が口説くとこ」






「??、口説くって――――」

「それから、ヤキモチやいてるとこも」










「ねぇ、このイミ、分かる?」










 仲良しなあなたたちにヤキモチをやくようなコドモじみたあの男が、

 たとえ殺されてもかまわないくらい、あなたを信じてるって言ってたのよ?。












 それからたっぷり三分ほどたった後、ようやく意味が通じた料理人がどんなカオをしたかは――――


 ゾロがきちんとロビンに謝ってたら、教えてあげることにしよう、と決めて私は残りのホットミルクを飲みほした。







END


 やっとこのサイトにもロビンちゃんが登場・・・(おそっ)
リク下さったみーちサマが「ゾロサンでもナミサンでもロビサンでもv」とおっしゃってたので、全部詰めてみました。詰めすぎ・・・?。

伊田くると





サンジ「どーでもいいが、あのクソ剣士はぜってぇ毒入りの食事でも気づかねぇよなぁ・・・」
チョッパー「そーだね。化膿止めの薬入れても気づいてないもんね。いつもありがと、サンジ」




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