船に帰る足が少しだけ重かった。
理由はわかりきっている。霧のように薄くユウウツな罪悪感。


 しかもそれを感じてしまう理由はふたつあった。


 ひとつは、昨日一緒にという約束をやぶったこと。

 もうひとつは――――





カウントダウン




 別れ際、港への丁寧な地図を書いてもらったおかげで なんとか無事たどりついた。最近はさすがに自分が方向音痴らしいと自覚し始めている。迷わなければ、昨日のうちにちゃんと戻れたんだからな (しかも港からそう遠くない所で俺は延々迷い歩いていたらしい)。


 いつもは騒がしいゴーイングメリー号だが、帆を下ろした情けないカッコウで今は静かに沈黙している。人の気配はない。けど、船室のどこかには、あいつがいるはずだ。


 ―――― 怒ってるよな――――

 想像してみる。苦労しないでもその姿は目にやすやすと浮かぶ。なぜならヤツは始終俺に対し怒っているからだ。ヒステリーなんじゃないかと思う。
 たいていは理由もなく怒ってるが、今回は俺の分が悪いからいつも以上に責めたてられることだろう。うんざりした。



 ―――― 船で一緒に夕食をとって、翌日朝の市場へ買出しにつきあう。



 それが、船に降りる前あいつとかわした約束だった。
今は太陽がもうてっぺんに近い。あいつの行きたがっていた朝市とやらはきっと終わってるんだろう。
 俺は夕食にも買い出しにも間に合わなかった。


 約束をやぶってしまった。

 ・・・・・それだけじゃない。






「・・・・・・・・・・・・・」
 キッチンの扉の前まで来てなお、俺は今さら躊躇した。

 が、あいつは近づいた俺の気配に気づいてるはずだし、同じ船で生活して、今となっては仲間以上の関係なのだ。逃げられる問題でもない。意を決して厚い木の扉を押し開ける。

 案の定、サンジはヤツの居場所であるキッチンにいた。
料理してるかと思ったが、椅子に腰かけ、本を広げている。清潔そうな白い布のかかったテーブルの上には何もない。ヤツが開いているハードカバーの本だけだ。


「おかえり」
 意外に静かな声が俺を出迎えた。


 出会い頭にギャンギャンわめかれるのを想定していたので これは嬉しい誤算といえる。そんなに不機嫌じゃないらしい。

 本から顔を上げ俺を見たので、そこでヤツがメタルフレームのメガネをかけていることに気づいた。乱視なのだと言ってたことがあったから、細かい字を読むのに必要なんだろう。見慣れないので少しドキッとした。

「おう」
 ただいまと言うべきところだが そんな返事をしてしまう。
おかえり・ただいまと二人の時に口にするのには照れがあった。ここにほかにひとりでも誰かいたらきっと平気なのに。


 サンジは静かに立ち上がり、何か飲むかと やはり穏やかに尋ねてきた。
先刻まで酒場にいたし、そんなにのどはかわいてなかった。

「なんでもいい」

 日頃ナミに注意されているのにその言葉が口をついてでた。
『なんでもいい、は どうでもいいと同じだ』とあいつは小難しい顔をしていつもニラむのだ。サンジに失礼だと。当のサンジ本人は気にしてないようだが。


 ―――― 約束をやぶったワビをいれなきゃな


 読書を中断し調理場へ立ったあいつの後ろ姿を眺めつつ思う。
窓が小さいからそんなに明るくない室内で、その金色の髪は世界が違うものみたいに見えた。金色というより透明で、ガラスでできた糸のようだ。

 染めた派手派手しい金じゃない。根元に元の赤毛が見えた、染料で痛んだ手触りの金色とは違いすぎた。


 罪悪感の反動か、余計にいとしいと思う。




 ふいに、完全に閉まってなかった扉が風にあおられバタンと音をたてた。室内に もぐりこんできた風がテーブルの上に置かれた本のページをゆらす。パタパタ・・・と耳ざわりのいい音がした。

「何読んでたんだ?」

 分厚い本。薄い紙で字が小さくてその厚みだ。俺にはとても読む気になれないが、場つなぎにと聞いてみた。

 開かれたままのそれは風によって数ページずらされてしまったが、半ば以上まで進んでいた様子。

 俺を待っている間にそんなに読み進んでしまったのだと、その時の俺は気づけなかったが。




「全集。いろいろ入ってた。短編とかエッセイとか」
 俺が興味がないのを知ってるからか、むこうも大雑把に答えてくる。

 氷の浮いたグラスを差し出して、サンジは席に戻った。ページがずれたのに気づいたのか読む気が失せたのか、片手で本を閉じてしまう。

「なんか、笑っちまう話が載ってた。世の奥方への教訓話とか」
 まだメガネをかけていることが少し気になったが、口にするほどではないと判断する。サンジの向かいに俺も腰をおろした。

「夫の浮気ってのは、ヤキイモなんだってさ」
「あ?」
 言ってるイミが分からない。が、俺は『浮気』という単語に内心ビビった。

「妻や子供にナイショで、外でヤキイモを買ってひとりで食べた。そのぐらいのことなんだってよ」
 たえきれない、というようにサンジがくつくつと笑った。
大口開けて笑ってる時と印象が違いすぎて困る。苦笑も混じったその笑みはとても魅力的だった。

「だから目くじらたてて怒ることねーんだってさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ」
 内心の動揺を押し隠しつつ あいづちをうち、アイスティを口に運ぶ。




 どくどく、と。




 心臓のペースが上がっている気がする。
ヤツは、読んだ本の話をしてるだけだ。でも、本当にそうだろうか?。


「作者、男女どっちだと思う?」
「・・・・・男」
「ハハ正解」
 サンジは笑った。


 けど。


 メガネの奥の水色の目は、俺を糾弾してないか?。
今 白状しないと許さない、とか思ってたりしないか?。


 罪悪感は冷静さを失わせる。知っているわけがない、すべて取り越し苦労のはず・・・そのはずだ。いや、目の前の相手はすべて承知した上で俺を窺っているような気もする。


「心は妻にあるから問題ないって。身体だけほんのちょっとの時間貸したって思えって。すげー論理だよなあ」
「・・・・・・だな」

 上機嫌すぎないか?。
きっと昨夜は俺の分の夕食も作って待っててくれたんだろ?。
今日の朝市だって行きたかったんだろ?。もっと、怒っててもいいんじゃないのか?。

 背筋に寒気が走った。



「醜い嫉妬を見せるとよけい夫は離れてく。鷹揚としてかまえてなさいって」
「・・・・・・・・へえ」
 返事に困ってアイスティを飲んだ。


 それは、お前が俺に今してる態度のことか?。
それとも本当に、読んだばかりの本の内容を伝えようとしてるだけか?。時代錯誤だよなとか言って笑いあいたいだけか?。

 内心をいろんな疑念がうずまく。





 俺が味わったそれは恐怖に近いものなのかもしれない。
裏があるかと思えたし、サンジにそんなつもりは全くないようにもとれる。

 ケンカ腰でもなんでもないのに、胃が痛くなるような会話だと思った。







 それがどのくらい続いた後だろうか、ふとサンジはスーツの胸ポケットに手をやり、華奢なつくりの懐中時計をとり出した。


「そろそろかな」

「?」



 時計の針に目を落としていたサンジは、そのままゆっくりと目線をあげた。
対面の俺にかっちりと視線をあわせる。

「・・・・・・・・・・・お前から言ってきたらさ。なんか俺、きっと許しちゃうかなと思って」
 薄い青の視線はすぐにそらされた。

「お前から言ってくれたらさ。きっと・・・・許しちゃうんだろうなって」
 唇だけで苦笑する。いや、それは自嘲の笑みかもしれない。




 俺からお前に言うこと―――― ?。

 それは・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・っ!」

 疑惑が確信へ変わる。
最悪の事態だ。
謝る機を探していたつもりだが、サンジには俺がしらばくれるつもりだと映ったに違いない。

 いや、俺は確かにしらばくれるつもりだったのだ。
約束をやぶったことは謝ろうと思っていたが、その後の―――― ことは わざわざ言う必要ないと、嘘をつくつもりだったはずだ。



 サンジは約束を破ったことだけでなく、『そっち』も知っているんじゃないか――――


 だからあんな話をしてきたんじゃないか――――






 パチン

 音をたてて時計のふたが閉められた。
それでも、静かな室内にわずかに秒針の進みのリズムが残る。


 カチカチカチカチ

 俺をせかすように。



「サンジ、俺は――――っ」
「タイムリミットだ。もう間に合わねえ」

 逡巡の末の俺の言葉を遮ってサンジは冷えた声音で宣告した。
時計を静かに本の上に置く。



「アイスティに混ぜた毒を・・・中和できる薬があるんだ」
「・・・・・・・・・・・?」


 ど・・・・く・・・・?。


「飲んで十分までならな」


 サンジの目は俺でなく、ほぼ空っぽのグラスに注がれている。溶けずに残った氷がひとつ。そして小指のさきほど、ほんのひと口ほどだけ残っている液体。



 俺が来てすぐにサンジが用意してくれたそれ。
『何でもいい』と俺が言って、あいつが用意したそれ。



 アイスティ・・・。


 毒・・・。


 味はどうだった?。
いや、そんなの意識して飲んでねえ。茶に渋みがあるのは当たり前で・・・・。



 カチカチカチカチ


 ごく小さいもののはずなのに、懐中時計はうるさいほどに鳴っていた。さっきまでは、俺を責めてせかすように。

 そして今は、冷酷に。
俺に知らせる。
もう過ぎたと。




 十分間。




 それは、俺に与えられた試験時間だった・・・・・・・・・・・らしい。






――――『もう間に合わねえ』





 それは。
時間のことだけか?。


 それとも ――――












「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの約束さ」

 サンジは俺のグラスに手をのばしてそばにひきよせ、意味もなく もてあそびつつ話し始めた。とつとつとした話し方はらしくなかった。どこか子供っぽくもあり、無感動に老成した感もあった。


「船に戻って夕飯食って。んで、朝でかけようって」

 ・・・俺がやぶってしまった約束だ。いまだ謝ってない。


「実はけっこ勇気いったんだぜ。一日一緒にいたいって言ったつもりだったからな」

 気づいてなかったみてぇだけど。
俺の表情を見て察したのか、サンジはまた苦笑した。



 ズキ


 胸が痛い。



「・・・・・っ」
 それは確かな痛みだった。

 袈裟斬りにされた古傷のものじゃない。確かに、今 内側で。



 毒・・・・・・・・・・・か・・・・?。

 胃と肺の辺りが同時にひきつったように痛んだ。痙攣している。





「初めての上陸だったし。船だけじゃなくて、陸でも一緒にいてくれんのかなって」

 初めての、の前には『こういう関係になって』という言葉がついてくるんだろう。長い船の上の時間でなんとなくというように抱きあって、そのオマケみたいに少しは甘い言葉も吐いた。恋人同士と言い切るほどにふたりとも成熟してなかったのは確かだ。


 ひとつの島と島との航海の間に生まれた関係だった。



 限られた仲間といやおうなしに一緒に過ごす海上から、陸へ。
そこでの約束は、俺が考えた以上の意味がサンジの中にはあったらしい。



ふたりで落ち合って。
夕食を食べ。
夜を過ごして。
明日も一緒に。




 痛い。

 毒で身体が痛むのか、それとも罪悪感に心が痛んだのか、判断できない。











 ―――― 道に迷った挙句、もういいかと目についた酒場に入り、そこで知り合った金髪の(といっても天然のじゃなかったが)女と寝た。



 俺は約束をやぶった。

 そして。
あいつ以外の人間を抱いた。




 本の屁理屈と一緒だ。
俺はその『浮気』に大した罪悪感なんかもたなかった。
秘密を持った、という軽い罪の意識だ。そう、あいつに隠れてヤキイモ買ってひとりで食べた。その程度。





 目の前の人間を。
いとしい、と思う。思っている。
それは確かに行きずりの相手なんかとは比べようもない。


 船の上で始まった関係だから。
これからも旅は続くからと。
ずっと一緒だからと。
俺は適当にかまえていたのだと思い知った。



 その船の上で始まったということに、相手が不安を持ってたなんて気づきもしない。





 ――――「陸でも一緒にいてくれんのかなって」

 そんな不安から言い出した約束だなんて。
気づきもしなかった。





 痛い。

 この痛みは罰か。















 俺のグラスのふちをなぞっていた料理人の指が持ち上がる。
ほんのひと口、氷が溶けて薄くなっただろうアイスティ。
それを口に運んでいく。


「やめろッッ!!」
 意味に気づき、立ち上がってとっさにその手を払い落とした。グラスが落ちる。懐中時計に、本にかかる薄茶の液体。


 サンジはどこか呆然とその毒水の行方を追っていた。

「借りモンの本なのに・・・」
 悲しそうにつぶやく。




「約束やぶって知らねえ女と寝た。悪かった」
 その両肩をつかみ、ムリヤリ自分の方を向かせる。
ひと言ひと言ハッキリと、青い目を見て告白した。

 すべて承知なんだろうか、それとも疑っていただけで事実は初めて知ったのか。俺にはわからなかった。サンジは特に表情を変えない。



「浮気だ。気の迷いだ。悪かった。でも何も渡してねえ。お前だけだ」

 心にいるのはお前だけだ。

 男が浮気を軽くみるのはこのせいなんだ、と俺は今さら思う。誠心誠意言った本心だが、サンジには見苦しいイイワケに思われているに違いない。


 でも本心だ。

 俺は何もなくしていなかった。俺はなにも変わってない。何も相手にやってない。

 心はそのまま、船の上でも陸の上でも、こいつにしか向かってない。




「好きだ」




「・・・・・・・・・・・・・・・初めて言ったのが浮気の言い訳の後とはな」
 サンジは皮肉るように目を細めた。少し寂しそうにも見えた。




 言ってなかったのか。
そうかもしれない。
先は長いからと、俺は一番初めに言うべきことすら流していたことに気づく。








「それでも」


「お前がそう言ったらさ。なんか俺きっと許しちゃうかなと思った」



 椅子に座っているから、サンジの頭は俺の胸の辺りにある。甘えるようにサンジはそこに額をとんともたせかけた。
 こうして一部分ほんの少しだけ触れるのは、ヤツの癖だった。
ほんの少し。額を俺に預ける。手をつないだり腕をくんだりなんてもちろんした事がない。セックス以外で触れるのはこいつがこうして寄りかかってくる時だけだった。むずかゆい座りの悪さと、でも満更じゃない充足感。金色の後ろ頭に手をやろうかと思ったが、それより早く、すぐ、離れてしまう。

 自然に離れたというよりは なにか理由があってそうしたという風だった。


「・・・」
 すぐに思い当たる。舌打ちしたくなった。

 安宿のシャワーを浴びた俺の身体。

 昨夜の余韻が残ったそれに嫌悪と、そしてきっと傷ついて。
男にしちゃ細い指が力をこめないまま俺の身体を押しのけた。俺から離れた。




 下を向いたその目が涙に濡れてるように見えた。見間違いかも、と思いたかった。けど、あいつの声は少しかすれていた。涙声だった。


「・・・・それでも」


「お前から言ってくれたらさ。きっと・・・・許しちゃうんだろうなって」






 ズキン


 ズキン



 痛い。


 これは後悔だ。


 今サンジを抱きしめることができない自分を殺したいほど憎いと思う。
今触れたらサンジは傷つく。
 近づいたのにすぐ離れたあいつの気持ちが分かってしまって、俺は自分の身体を憎んだ。



 俺はなにも変わってない。
なにもなくしてない。
でも、知らない女と過ごしたことが、こんなにこいつを傷つける。



 謝った。

 何度も謝った。

 サンジはうつむいたままうなずいた。もういい、というように。











 恋人同士なのに少し離れた距離で。
サンジは静かに俺も好き、とつぶやいた。









































 死んでねえ。


 ということに気づいたのは。





 我ながら遅すぎる。仲間たちが戻ってきて一同そろっての昼食の後だった。出港準備なんぞを のんきにやりつつ、ハタと思い出す。


 ―――― 死んでねぇ・・・な全然。元気にオカワリまでしてたぞ俺。



「???」
 毒が効かなかったのか?。それとも ――――――――







 騒がしい甲板をよそに、キッチンで悠々と後片付けをしていたサンジは、俺の質問にああそう、となんでもないことのようにあいづちをうった。

「毒なんて入ってなかったのか?」
「いや」

 あんなに皿の大群が乗っていたテーブルは、またキッチンの主の手で元のきれいなものに戻っていた。テーブルクロスの上にはなにもない。
 数時間前には、ここに毒入りのアイスティのグラスが置かれていた光景があった。
 本も懐中時計も、メガネも もうここにはなかったが。

 なんとなく椅子に座った俺に、サンジがグラスをひとつ前に置いた。
カランと涼しげに鳴る氷。薄茶色の液体。


 先刻と同じアイスティだと、すぐに分かった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 飲むべきか?。また俺は試されてるのか?。
一瞬ためらったのを楽しげに見やるサンジ。同じく楽しげに口を開いた。
「――――比重がな。水より重いんだ」
「・・・・・・・あ?」

「つまり沈む。お前は毒を飲んでねえ」
「・・・・・・・・・・」

 水より重い毒・・・?。


 グラスの底から一センチほど。わずかに残ったアイスティ。沈んだ部分。
そこに毒があったと・・・いうことか。


「10分のうちに薬を飲めば助かるとかいうのは・・・」
「ウソだ。あれに解毒剤はねえ。飲んだら象でも一発だ。元々鯨用だし」

 サンジが見ていたのは時間じゃなくて俺の飲む量か。
懐中時計なんか出してたが、本当はグラスの残量に注意を向けてたらしい。毒のない上澄み部分と、底に沈んだ猛毒の境目を。




 ―――― 殺す気はなかったのか。


 当たり前といえばそうかもしれない。
誰より生きることに価値を見出すコックが、俺を毒殺しようとするなんて。


 ありえない・・・・・・・よな?。








 でも。

 俺がグラスを受け取ってすぐ一気飲みしてたらどうする気だったんだろう。



 思いついてついそう聞くと、皿をしまっていた手をとめ、サンジはすっと俺に目を向けた。
 薄い唇をもちあげて。色の薄い目をまぶしそうに細めて。

 そして笑う。


 魅力的だ、とバカのひとつ覚えのように思う。




「殺意はなくもねえってことだ」


「・・・・・・・・・・」



 魅力的だ。



 俺を殺す気がわずかでもあった男に、ひとつ覚えのようにそう思う。











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前も、飲もうとしたな」
「そーだな」

 普通の動作のように、すっとグラスを持ち上げ口へと運んだシーンを思い出す。

 こいつは、その残った部分こそが毒だと承知していたのに。


 俺が止めなければ、本当に飲んでいたんだろうか。
反射的にその手を払ってやめさせた。毒を飲ませたくなかったからだ。
けど、『解毒剤がある』とも思っていた俺があいつを止める確率は、決して100パーセントではないのに。





「・・・・・あるのはいつだってちょっとの悪意で。なんかのはずみでそうなっちまうもんじゃねえの?、イロイロさ」

 殺人とか自殺とか。
そして今回の俺の浮気のことも・・・・。きっとサンジは言っているんだろう。



 「許す」と告げた後は、何もなかったように接しているが。






 二度目はこうはいかないぞ、という脅しめいたものを感じるのは俺だけか?。








 目の前の恋人が、ちょっとだけ空恐ろしくなった。









 でもやっぱり。





 ―――― 魅力的だ。





 俺を殺す気がわずかでもあった男に、ひとつ覚えのようにそう思う。









END









ゾロ 「・・・ごめんなさい」
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けっこう調子のいい男・ゾロ
今後も繰り返しそうダネ!。


未来恵様へv。

伊田くると


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