ルール





 夏に内定をとった大手レストラン会社は、四月前からの『事前研修』を行っていて、そこに就職を決めた学生達は 半強制で参加させられることになっていた。直営レストランの見学や勉強、近い未来の同期との懇談をはかるのが狙いだ。

 そんな三泊四日の研修旅行が一日早く終了した。


 教えを受ける研修先のコック長のひとりが急病で、講義が中止になったからだ。残念だった。
 でも反面、ちょっと嬉しかったのはナイショだ。不謹慎だけど。


 結局講義の予定が単なる座談会になり、時間が大幅に短縮されたため その日にうちに自宅に帰れることとなった。




 ―――― あ、そいや1日はやくなったって連絡してねーや。


 同居している相手を思い浮かべる。
ずっと社員や学生と一緒にいたから そのヒマもなかったんだが、メールぐらい打っといた方がよかったかもしれない。いきなり帰ったんじゃ ビックリするよな。

 といっても、もうアパートについたところだったから今さらだ。
近くだからと送ってくれた、四月から同じ社で働く同期に礼を言って別れ、エントランスをくぐる。わきの管理人室はあいかわらず無人。セキュリティに問題アリだなホント。
 管理人室の隣の壁にはボロい郵便受けが部屋順に並んでいる。
 『204』。
ズボラな同居人がサボっていたらしく、新聞やダイレクトメールなんかが乱雑にたまっていた。まとめて こわきに抱える。旅行バッグもあるので両手がふさがってしまった。
 ひとつ蛍光灯がきれた薄暗い階段をのぼる。子供だったらちょっときつい傾斜の階段だ。もう慣れたけど。

 たった数日の留守なのに、それら日常の動作がなつかしく感じられた。





 なんだかんだ もう半年以上ここで暮らしてる。


 なんだかんだ もう半年以上一緒に暮らしてる。





 研修は楽しかったけど、帰宅が早まったのは嬉しかった。
きっと相手も喜んでくれるだろう。



 自然 機嫌は上向きだ。
玄関ドアまでつくと大荷物を床に下ろしカギを開ける。


 と、


 ガシャーン!!!

 ガガガガ


 ガラスが割れる音。けたたましい銃声。
そんな騒音が俺を出迎えた。


 寝室にあるテレビをけっこうな音量でつけてるらしい。アパート全体壁が薄くて防音が甘いから、すぐそばで音が鳴った気にさえなる。苦情がくるぞ。

 玄関から見えるプチキッチンと居間、その奥の寝室もすべて暗かった。いるにはいるようだがテレビつけっぱなしで もう寝てるのか。
せっかく急いで帰ってきたというのに。


 ん・・・ああ・・っ



 ―――― なんだよ。AVみてんのか?。

 思い込みというのは怖いもので、その時は本当にそう思った。
相変わらず騒がしい効果音の合間に入った女のあえぎ声。


 でも、靴をぬいで一歩足を踏み出した時その声がまた聞こえて、それがテレビの中とはまるで違うなまなましさと、なにより知った名前を「呼んだ」ことに気づく。


 足が止まった。硬直した。

 思考が麻痺したまま、俺は電気をつけずに短い廊下をわたる。足音は無意識のうち しのばせていた。
 なかば開いたドアから寝室が見えた。電気は消されていたがテレビの光源が中の様子を照らしていた。




「・・・・・・・・・・」
 想像通りと言えばいいのか。


 でもそれは予想であって期待ではなかった。とすると、俺は中をのぞくまで、誤解だったらいいと わずかに希望を持っていたようだ。


 もちろんそんなことはなく。


 俺の知らない女は少しかすれた声で、俺の知ってる名前をまた呼んだ。



















 ロロノア=ゾロという男と同居を始めたのは半年前。
知り合いには家賃節約のための ルームシェアという話にしてあるが、実のところ同棲だった。

 俺は甘えたがりで恋人とは近くにいたがるタイプだったし、向こうは向こうで家事一般こなせる俺が重宝だったからトントン拍子で話はまとまり、付き合い始めて二週間ちょっとで もう引越しは完了していた。

 ある点をのぞき、俺達はとてもうまくいっていた。













 目にしたものに対し まだ何も考えられない状態で、でもバレないようにと気を遣いながらまたカギをかけてアパートを出た。外の冷たい風に当たったとたん、ひどくミジメな気分になった。


 行くところがない。

 アパートの無人のボロけたエントランス。そこに立ち尽くす。ここを出て右にも左にも行けない。


 ―――― だってあそこは俺の家でもあった。


 旅行カバンが重かった。だるくなって手からすべり落とす。ガチャンと耳障りな音をたてて地におちた。中に詰め込んだみやげには壊れものもあったかもしれない。けど、それもどうでもいい。

 今日は一日くもりだったから、夜も冷え込んでいる。このままここにいたら風邪をひくだろう。とりあえず、どこかあったかいところ・・・。

 ウソップの家?、でも今文系は卒論で忙しいよな・・・コーザんチは・・・両親厳しいから こんな時間に押しかけらんねぇし・・・女の子のとこも・・・、

 友人の顔を浮かべる。が、正直行く気にはなれなかった。
親しい友人はみんなゾロとの同居を知っている。なんで帰らないのかと聞かれる。いい訳をするのが今日はしんどかった。



 いつもは平気で使ってたのに。


 ――――『あいつ 今日カノジョ連れこんでやがるからさ。泊めてくれよ』





 いつもは平気で使ってたのに。


「・・・・・・・・・」
 平気だったか?。ホントに平気だったっけ?。
いい訳したり 嘘をついたりとりつくろったりするたびに、俺はいつも心のどこかで怯えていた気がする。





「―――― どっかホテル、かな・・」

 とりあえずホテル群が林立してる駅前へ行こう。考えるのはその後だ。なぜなら寒い。
やっと行き先が決まったことに安堵しつつ、バッグを肩にかけた。


 未練なのか、半年暮らしたその場所に、自分の部屋のあたりに目をやってしまう。ほとんどの部屋のあかりは もう落とされていて、同じ形で並ぶ窓のどれが俺とゾロの部屋なのか、分からなかった。



 バッグをかつぎ直したついでに腕時計を見る。




PM 11:38
11/10





 今日は研修でホテル泊まりの予定だったから。


 十二時ぴったりにメールか電話しようと思ってたんだけど。




 しなくてよかった。






























 24時間やってるホテルでシングルの空席がみつかって、すぐ部屋をとった。一夜明け 目が覚めたのは午前十時。けっこう寝てるな。

 なんかこう、ショックなことあったりすると夜も眠れない、なんていうけど、そんなこたないよな。だって俺 研修で疲れてたもん。慣れないヤツとずっと一緒で。そりゃ眠くもなる。

「・・・・・」
 むしろ寝てた時のが幸せかもしれない。
起きたとたんの この倦怠感はなんだろう。


 こんな一日になるなんて、思ってもなかったのに。





 ―――― 今日は、ゾロの誕生日。





 ひと月以上も前から楽しみにしてたなんて、誰にもいえない。
研修旅行が入ってヘコんで、でも誕生日ギリギリには帰れると知って めちゃくちゃ喜んだことも。




 ベッドから上体を起こした。白い天井から部屋の内装へ視界が切り替わる。
面積のほとんどがシングルベッドで占められた狭い室内。申し訳程度の机。テレビ。唯一の特徴は壁に飾られてる絵がやたらサイケなことくらい。
 しめられたカーテン越しの太陽の光は明るい。今日は晴れてるらしい。この部屋のチェックアウトは11時だった。もうあまり時間がない。

 ここで昨日と同じ悩みにあたる。

 ―――― どこに行こう。
やっぱり行く場所がない。


 枕もとの携帯を手にとってみた。着歴はない。
うかれた待ち受け画面になんだかウンザリした。



「タンジョウビ オメデトウ」
 ぼんやりと口にしてみた。

 言いたかったんだけどな。
つきあって初めてのバースデーだったからな。だった、っていうか、まあ今日なんだけど。










「・・・・・・・・・・・・・・・」
 正直、こたえた。

 ベッドの中にうずくまる。




 正直、こたえた。
あの光景は。



 まだ別の場所だったら もう少しマシだったかもしれない。
でもあそこは俺の家だ。
俺とゾロの家だ。

 あそこには俺のものとゾロのものしかない。
俺のためのものとゾロのためのものしかない。


 「家事が好きだなんて変わってる」とあいつは俺に感心してたが、家事そのものが好きなわけじゃなかった。そんなの誰だってそうだ。洗濯も掃除も全部。
 自分とゾロの部屋だから。
キレイにしたかったし住みやすくしたかったしゾロにも快適と感じて欲しかった。

 いつも俺が洗濯して整えて、そして寝る。眠る。
そのベッドで別の女と寝たという事実が信じられなかった。





 こたえた。

 もう俺はあの寝室をきれいにしたいとは思えなくなった。



 ゾロには、そういう気持ちが分かるだろうか。












 動く気にもなれず、決断する気力もなくなっていた俺は、そのまま部屋に連泊することにした。
 地下の食堂でオレンジジュースを頼み、向かいのオッサンが熱心に読んでる新聞の見出しをなんとなく俺も眺めてみた。選挙、やってたんだ。知らなかった。


 それから部屋に戻り、ベッドに腰かけテレビをつけてまたぼうっとした。研修の感想のレポートを書かなくちゃいけなかったが、締め切りは一週間後で、そんな気もおきない。

 そんなこんなで午後二時をすぎた頃、携帯が鳴った。
「・・っ」
 全身でビクついてしまう。
こわごわ画面を見てホッと息をついた。同じゼミのコーザだった。


『よお。今大丈夫か?』
 落ち着いた声。
平気だと答えると、
『研修もう終わったのか?。今日休みって言っといたぞ。教授が前出したお前の中間報告見てさ。その調子で進めとけっつってた。あと、何か所かチェック入ってたから それは今度会った時渡すな』
「ああ。助かった」

 卒論の話だった。
俺とコーザは経済学部だから、バリバリの文系ほど労力のいる卒論じゃない。規定枚数クリアと教授への顔出しさえちゃんとやっておけば十分通るという評判だ。
 今日はもともと大学は休む予定で、それは前からコーザに伝えてあった。内定が決まったレストランの事前研修と、それに・・・



『そいやさっきゾロと会ったぜ。最近ロクなもん食ってねーってよ。まあお前と一緒にいりゃ舌も肥えるよな』
 研修で俺がいなかったのは四日間だ。作り置きした食料は、あいつのことだから最初の二日ぐらいで食べ尽くしてしまったのかもしれない。

「・・・・・」
 昨日の女の子は、ひょっとして夕食も作ってあげたんだろうか。
推測でしかないのに、そう考えると自然と心がざわついた。キッチンも寝室も、別の色に塗り替えられてしまったような不快感だ。

「ハハ、もう作るこたねーから、ダイエットできっかもな」
 まといつく不快感をぬぐいたくて明るい声を出してみた。
成功した気がすると自画自賛したが、コーザは別の所にひっかかったらしく、
『作らないって、なんだよ。どっちか引っ越すのか?』

「・・・・・・・・・・・・・・」

 しまった。
こいつは察しがいいから こういう時は困る。答えあぐねる俺に、

『ケンカでもしたのか?。お前らふたりとも短気だし』
 と、さらにかぶせてきた。





 ―――― ケンカじゃない。


 ただ俺は見ちゃっただけだ。

 ひょっとしたら気づかなかっただけで、前から何度もあったことなのかもしれなかった、けど。



「俺・・・就職決まったし。そこの寮入ると思うから」
 涙声には・・・なってない、バレてないはずだ。
鼻がツンとして、うまく呼吸ができない。こらえるより泣いてしまった方が楽なのは分かってるけど、ゾロと共通の友人であるコーザにだけは知られたくなかった。

『へえ・・・ちょっと意外だけど。そうなのか。そだよな、独身のうちは寮のが得だしな。あ、そろそろ俺次の講義行くな。あさってはくるだろ?、その時卒論のやつ渡すから』


 電源を押して通話を切った途端、こらえきれずに涙があふれた。


 本当に帰るところがなくなったと思った。

 まだ、あの部屋に帰ることを望んでる自分に悲しくなる。今いるここは一時の場所で、またゾロの所に帰りたいと思っている。

 でももうムリだった。


 ゾロには、誕生日の前日から誕生日まで一緒に過ごす相手がいる。十分な理由だ。
だいぶ前からつきあっていたのかもしれない。昨日家に連れ込んだのは俺が『絶対にいない』と確信していたからだ。それがゾロの行動を大胆にしたんだろう。タイミング悪く、早く帰ってきてバッティングしてしまったが。




 泣くことは俺の中で『結論』をつけたことと一緒だった。

 俺は悲しいから泣いている。
フラれたから泣いている。
ゾロと別れるのがつらくて泣いている。



 泣いてしまった。
泣きたくなかったのに。


 泣いたら、認めてしまったら。イヤでも次のステップに進まなくちゃいけない。




「ちゃんとキレイに別れないとな・・・」




 それだけは。

 つきあいはじめた頃から決めていたことだった。



 俺の、ルール。









 知らず握り締めていた携帯。ニカニカ笑う奇妙なキャラクターのアニメが流れる待ちうけ画面をぼんやり眺めながら、俺は自分に言い聞かせた。



PM 02:25
11/11



























 自分が世の中でマイノリティーといわれる嗜好の持ち主だと気づいたのは高校にあがる頃だった。

 周囲には女の知り合いが多い女好きだと思われていた。けどカノジョらは みんな友達で。ホントに友達で。
『どうして女とフツーに仲良くなれんだ?』
と羨望と不思議さの混ざった様子で同級生に聞かれたものだ。


 自分でもなんでだろう、と考えだして。
自分と ほかの男友達を比べてその違いに気づいた。

 クラスメイトの女の子達に、俺は異性としての欲求をまるで感じたことがない。

 女の子はそういうのに敏感だから、欲も下心もなく、それでいて調子のいい俺は好かれて当然だった。


 女の子の顔のよしあしは分かるが、それは単に造形の問題だった。好み好みじゃないとも少し違った。そして男には魅力的であるはずのゆるやかな曲線をもった身体にはまるで興味をそそられない。俺って女嫌いなのか?、と自問したのが最初だと思う。





 でも、そうじゃないらしいと気づいたのが高校生の時だ。

 仲の良かったクラスメートの男連中と飲み会をやって騒いだ帰り道。同じく酔っ払ったオッサンに絡まれた。

 かなり泥酔してたんだろう。当時髪も長めで女顔だった俺をオッサンのひとりは女と間違えたらしく、身体をなでて「三万でいいだろ?」と誘ってきた。

 飲んだくれたオッサン数人なんか、元気にハイになった高校生連中にかなうわけもなく、逆に殴ってつぶしてサイフももらって その場は逃げた。


 金を山わけして また飲んだ。
連中のひとりが家のとなりに建ててもらったプレハブの『勉強部屋』で (もちろんその部屋が本来の目的に使われた所なんか俺は見たことなかった。かっこうの溜まり場だった)。

 日付も変わったその頃には、もう残ってるヤツも俺を入れて五人だけになっていた。


「しかしさっきのオヤジ笑えたよな」
「お前のこと3万で買うっつってたんだぜ?。てか安くね?」
「そんなもんじゃねーのか?、いや、オトコはしんねーけどぉ」

 みんな飲みすぎてハイになっていた。俺ももちろん。
乱闘なんかして身体動かしたせいで よけいアルコールと熱がまわってて、まわりの会話にあいづちも打たずにぽけっと缶ビールを飲んでいた。


「オトコだと気づいてなかったんじゃねーの?」
「オンナと間違えるかぁ?」
「でも、吉田がコイツのツラでヌケるって話してたなあそいや」
「げ、B組の吉田?、マジで?。あいつヘンタイだったんだなあ」

 ぎゃっはっは、と陽気すぎる笑い声。

 なんだかそれが遠くなってくる。俺は眠りに落ちかけていた。

「おいサンジ、寝てんのか?。あっ、バカ」
 声が聞こえた。

「あーあー」
 あきれたような、でもおもしろがってる声。これは・・・菊池か?。


 眠ろうとしてた俺は力が抜けて、持ってた缶ビールを落としてしまったらしい。そういや、胸や太もものあたりがスースーした。げ、ビールかよ。早く洗わなきゃ・・・

 そうは思うが眠くて動けなかった。
でもすぐ前で人影が動く気配がして、濡れた服が脱がされていく。あ、誰か洗ってくれるんだ、と思い俺は安心した。






 その後はよく覚えてないが、酔いまくったその四人のうち三人。
それが俺の初体験の相手だった。






 残る一人はマジストレートで、どうやってもオトコじゃ勃たない、というタイプだったらしい。ほかの三人だって基本的には もちろんストレートだ。
 ただ、タイミングとか状況とか、そういったもので簡単に外せる程度のリミッターだったってことだろう。

 俺はというと、その体験自体はマジでほとんど覚えてなかった。
痛かったしきつかったし、いい思いはあまりない。まわりも童貞が多かったんでヘタだったんだろうが。

 でも、快感とは別のところでそれがしっくりいった。
つまり、オンナのコをくどいて脱がせてヨクさせて濡らしてツッコム、より、オトコにされる方が自分はしっくりくるな、と感じた。

 結局そいつらとは「覚えてない」と なかったこととして三年通した。当時はそんな自分の嗜好が信じられなくて忘れたかったのもある。



 しかし、なんとかしようと治療のつもりで女の子とつきあってみても俺はまるで欲情しなかったし、セックスもできなかった。友人としてはむしろ男よりも人間的に尊敬できたけど、恋愛にはならなかった。

 そして、開き直って よくよく回りを見てみれば、マイノリティーとはいえ同じ嗜好の連中は けっこういるものらしい。でもどういうわけか俺は悪癖があって、『同類』よりストレートな男の方が好きだった。

 俺に女の子の友人が多いのと同じ理由で、性的な目でこっちを見ないからだろう、と なんとなく分析している。
 ゲイの連中が集まる場所は苦手だ。俺はモテる方だと思うが、露骨な誘いや目線には嫌悪感が先にたつ。


 だから友人から始まるストレートな男に ひかれてしまうんだろう。














 ロロノア=ゾロも まさにそうだった。


 大学二年の春に、コーザに紹介されて知り合った。
俺とコーザは経済学部。ゾロは経営学部。
共通講義が多いはずだが俺はそれまでヤツを全く知らなかった。
聞くと部活優先の生活で去年はほとんど必修科目しか単位取得できてないということだった。

 それだけ熱をいれるだけあって、剣道部の特待生だった。
二年からはさすがに単位の方も ある程度とらなくちゃ、と指導されたらしく俺とゾロ、コーザは一緒の講義が多くなった。
 コーザは弓道部の特待生なので(ヤツは成績も優秀だったが)、ゾロとはそのつながりの友人だった。それ以外にも家同士でつきあいがあるらしいと聞いたこともある。

 ゾロはとっつきにくいし あまり自分のこともしゃべらないが人嫌いなわけでもなかったので、わりとすぐ俺とも仲良くなった。



 ロロノア=ゾロという男の中では剣道が不動の一番。
そこからかなり下にほかの生活、という序列があった。オンナ嫌いじゃないが自分からいく気力はないらしく、来るものは拒まず体勢で、それでもひっきりなしに向こうから寄ってくるんだからほかの男にしたら うらやましい以外のなんでもないだろう。

 人相ワル目の凛々しい顔立ちで、外見もまあ好みの部類だ。そういうならコーザもそうだけど・・・・・仲良くなりすぎて今さらそういう対象じゃなくなったからな。

 でもゾロと会った当初は俺は他大学に熱を上げてた恋人がいたから、単に外見はキライじゃねーなというぐらいで特に何も思ってなかったと思う。
 が、オキマリのパターンで、フラれた俺を不器用チックに でも真剣になぐさめてくれる優しさに、あっさり惚れてしまったわけだ。






 ストレートな男に惚れても意味ないじゃん!、と思ってたのは最初の時だけ。初体験の相手だってストレートだった。
 俺は、タイミングと状況で相手がどうにかなることもあると知っていた。道ってのは案外簡単に踏み外せちゃうもんなんだ。事実、単に寝ただけのヤツは別として、俺がつきあってきた男は みんなモトモトストレートだった。

 一番簡単なのは酔わせること。または俺がべろべろに酔って見せること。酒の勢いはすべて なしくずしにしてしまうから。ゾロはおかしいほど酒に強かったので後者にするしかなかったけど。

 初体験の時同様、びっくりするほど簡単にゾロは手に入った。俺の打算で始まった関係だった。













PM 04:50
11/11




 今ハマってるゲームの主題歌が流れた。俺の着メロだ。

 画面には、<ゾロ>、の文字。
やっぱりな・・・さすがにそろそろかかってくるかとは思った。


 研修は1時には終わって、俺は2時過ぎには家に帰ってるはずだからだ。研修の日程表は玄関横のコルクボードに貼ってきてたから、ゾロは俺の予定を知っている。大学が終わって帰宅しても俺がいないから電話してきたんだろう。

 電話に出なきゃいけないが、なかなか勇気がでなかった。
通話ボタンを押せないまま、ただゾロという文字を眺めていると、不意に曲がとだえた。

 ホッとしたが、すぐまた鳴り出す。かけ直したんだろう。
今度こそ覚悟を決めて電話にでた。

『おぅ、サンジか。お前 研修まだやってんのか?」

 ゾロ――――

 当たり前なのに、ゾロの声が聞こえたことに俺は驚いた。
最近はメールも多いから、電話はひさしぶりだ。
電話線を通して、いつもより低く聞こえるその声。

「研修は・・・終わった」
『なら早く帰ってこいよ、お前が今日は家にいろっつったんだろーが』
 少しイラついた声。そうだ、確かに俺はそう言った。出かける前。

 その口約束がなかったら、大学が終わった後も また昨夜のカノジョと一緒に過ごしたかったんだろうか。
先約を大事にするタチなのは知ってる。





「悪ィな。それキャンセルしてくれ」

『はァ?』

「荷物は後で取りに行くから」


 いつもそうだ。別れ話をするときは、心の一部が冷静で、心の一部が暴れている。

 その拮抗に、声が震えてしまいそうだった。



『荷物って、なんの』
「俺の荷物。全部。あ、いや、まあすぐ必要なものだな」

 全部にしてしまうと かなり部屋はがらんどうになるし俺も運べない。インテリア関係は ものぐさなゾロに代わり俺が用立てたからな。



 電話の向こうが黙る。

 沈黙。コーザだったらもっと早く内容を理解しただろう。けど、察しの悪いゾロはしばし考えたようだった。

『・・・・・・ひょっとして出てこうとしてんのか?』

 当たりだ。少しは賢くなったかもしれない。

 コーザだったら出だしから別れ話って気づいてるだろうけどな。
俺は (もうクセになってるんだが) いつもゾロとコーザを比べて、その出来の悪さを楽しく思ったり嬉しく思ったり たまにはがゆく思ったり、―――― 愛しく思ったりしていた。




 好きだ。


 好きになった相手をなじったり責めたりして終わりたくない。


「じゃあな」


『おいっ――――――――』


 声をもっと聞きたいと思ったけど通話を切った。
誕生日おめでとうくらい言えばよかった。

 通話時間三分五秒と表示されたディスプレイ。






 好きだ。


 好きになった相手をなじったり責めたりして終わりたくない。


 もともと、そんな権利もない。






 これだけは決めてたんだ。


 つきあいはじめた頃から決めていたことだった。





 ストレートの男を好きになるリスクくらい分かってる。
むりやりこっちを向かせても、ずっと見ていてくれるわけじゃない。

 一般の恋愛だってそうなんだ。ひとりの人間を想い続けることは難しい。
ましてムリさせて始まったものなら、壊れるのもはやいに決まっている。





 ゾロがもし。
別の女の子を好きになったら。


 ちゃんと別れよう。





 それだけは。

 ちゃんと決めてた。






 携帯がまた鳴った。


 誕生日オメデトウだけでも言いたいと思ったけど、またヤツの声を聞いたら今度こそ泣いてしまう気がしてできなかった。





 相手の前で泣くのはルール違反だ。
だって、同情ひいてすがれる立場じゃない。













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根っからホモなサンジくんってのは初めて書いた気がする。
By.伊田くると



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