特別な日




「すみませんカカシ先生。今日はちょっと残業があるんですよ」



 夕食でもどうですか、と持ちかけたとたん間髪いれずに返された。
いつもなら、少し困った顔をしつつも なんとか時間を作ろうとしてくれるのに、その気配がまったくない。
 最初から、「誘われたら断ろう」と用意していたセリフをポンとよこした感じ。


 ――――・・・な、なんだ!?

 なにか怒らせるようなことをしただろうか?。


 渡した任務報告書を手早くチェックしていくイルカを見下ろしつつ 必死に考えるカカシだが、思い当たるものはない。


 ―――― 怒らせるもなにも、何もさせてもらってないんだし。


 非常にスッキリサッパリ清純な『顔見知り』という名のおつきあい、なのだ。あくまで今のところ、だが。







「はい、確かにお預かりしました。お疲れ様です」
 カカシの思案をよそに、いつもどおり にこやかな笑顔でねぎらってくれるイルカ。怒ってはいないようだ。

 任務自体は簡単とはいえ、元気のかたまりの子供三人(特に若干一名、ムダにうるさいし)、日が暮れるまで相手をして少々疲れたカカシにとっては、この報告書提出が何よりの楽しみだったりする。
 最近は『ナルトの担当教官』ということでイルカも打ち解けてくれて、食事くらいは一緒に、という関係にまでなったというのに。


 ―――― じゃあホントに残業なのかな。


 かなり残念だが仕方ない。カカシは唯一あらわになっている右目だけで微笑んで、
「イルカ先生もお疲れ様です。あまりムリしないで下さいね」
「すみません。また誘ってください」
 いくらか安心した顔でイルカも笑い返す。



 本来なら、話はここで終わるハズだった。 
背を向けて受付所を後にしようとしたカカシが扉に手をかけたとき、

「イルカ先生そろそろあがっていいですよ。今日は定時でしょ」
「あ、はい。じゃ失礼します」


 そんな会話が耳に飛び込んでこなければ。






   
――― なっなにィーっ!!!???












 その場でUターンしてイルカに飛びついて、
「どーゆーコトなんですかっ!!?。あなたみたいな清廉潔白なヒトが、オレにウソつくなんてっ!!?」とか わめけば良かった・・・

 かなりガタがきている八百屋の屋根の上で、カカシはひとり後悔した。
まあそれもタチがいいとはいえないが、今やってることに比べたらまだマシだろう。


 そう、カカシは仕事を終えて建物を出たイルカを尾行しているのだった。


 ―――― 残業ってウソついて、一体どこに行くつもりなんですかイルカせんせい!!!。
 (近い未来の) 恋人のオレをさしおいて、まさかまさかまさか・・・!!!


 ナルトと会う約束してる、とかだったらウソなんか言う必要ないのだ。
 まあ内密な任務とかだったら身近な人間にも他言できないというケースはあるだろうが、アカデミーの教員が任務にあたることは きわめてまれだ。


 ――――・・・おまけに・・・。


 任務じゃ、なさそうなのだ。
カカシの視線の先は花屋。八百屋の斜め向かいにある店先には、色とりどりの切り花が飾られている。

 イルカが店に足を踏み入れて、もう十分ほどになる。
夏は日が長いとはいえ、そろそろ空も赤から薄墨色に変わる頃合だ。

 尾行しやすくなるといえばそうなのだが・・・。





 その時、ようやくドアを開けてイルカが出てきた。相変わらず人好きのする笑顔で年配の店員とアイサツをかわしている。

 左手には白い花束。
花の種類はわからなかった。薬草・毒草の知識はあるが、観賞用の植物には どうもうとい。
 しかし、数十本束ねられた純白の花束は遠目にもキレイだ。
イルカの衣服が暗い色合いだからか、鮮やかに映えていた。


 ―――― 花がよく似合いますイルカ先生!!。自分で買わんでもオレが両腕いっぱいプレゼントするのにぃぃーっ!!。


 アホなことを考えている屋根の上のカカシには一向に気づかず、イルカは一瞬歩を止めて花を右手に持ち直した後、商店街から外れて早足で道を進んでいく。
 その後を、音もなくカカシが尾けていく。


 ―――― その花束、どうするつもりなんですかイルカ先生・・・。


 かなり気をつけて尾行しているが、内心は気が気でないカカシである。


 ―――― 考えたくないけど、ホントに恋人とかだったらどうしよう・・・。


 どうしようもこうしようもない。


 ―――― もしそうだったら、たとえ相手が火影だろーが
抹殺だ!!!。
 イルカ先生はオレのもの!!。



 カカシがダメな方向に気合を入れ直している間にも、当のイルカはやはり歩きつづけている。行き先の決まった歩き方だ。
 もうかなり里のはずれまで足をのばしている。ここら辺りだと民家もまばらだ。


 流れの緩やかな川を渡って進むと、雑草の群生した小高い丘に出る。
そこが目的地だったようだ。

 カカシが恐れていた待ち合わせの相手はいない。


 ――――・・・あ・・・。


 ここまでくると、カカシにもイルカの目的がわかった。
丘のはじには非常に目立たない墓標がひとつ。
もとからそこに生えていた木の丸太を削って作られた、簡素な墓標だ。



「・・・」
 イルカは無言でそこに歩み寄ると、木にかかったホコリを払うようなしぐさをした。
 ちょうど子供の頭だったらなでているような。

 そして、花束を墓の前に静かにおいた。
カカシのいる位置からは、イルカの後ろ姿しか見えない。
 表情は分からないが、泣くのをこらえてる気がして、たまらずカカシは声をかけた。




「・・・イルカ先生」   

 ゆっくりとイルカが振り返った。
泣いてはいない。いつもの、少し困った顔でカカシを見やる。
カカシがコドモじみたワガママを言う時にみせる顔だ。


「すみません、尾行してました」
「偶然 来合わせる場所じゃないですからね」
 尾行は気づかれてないはずだが、イルカは驚いていない様子である。早々に謝ったカカシに、微苦笑を返す。

「誰の墓ですか」
 墓標まで作って参るのだから、人間だろう。
墓の集落は里にあるのに、こんな外れにひっそりとあるのをみると、おそらく・・・。

「同僚ですよ。カカシ先生も名前なら知ってるでしょう、ミズキです」


 ――――・・・ああ、なるほど・・・。


 やはり、犯罪者の墓だったのか。
合点がいって、カカシは今は花の供えられた墓標に顔を向けた。
墓標に名前は彫られていない。



 ―――― ミズキ・・・。



 ナルトをそそのかし、封印の書を手に入れようとしたアカデミー教員だ。

 結局イルカとナルトに阻まれたが、一歩間違えたら また里は壊滅的な打撃を喰らったかもしれない。
 その事件が起こった日、カカシは任務で里を留守にしていた。イルカにも、ナルトにも出会う前のことだ。




「あなたに重傷を負わせたヤツでしょ?。そんなヤツの墓作ってやってるんですか」
 初めてイルカと会った時、痛々しく身体に巻かれた包帯をよく覚えている。
それからこの目の前の中忍教師を知るにつれ、カカシにとって ミズキは許せない男の代名詞ともいえるのだ。
 既に死んでなかったら殺してやりたいくらいの。



 冷たいカカシの言い草に、なぜかイルカは楽しそうに笑った。
「カカシ先生」
「はい」
「尾行してたこと怒らないであげますから、少しオレの話きいてくれますか」
「・・・はい」

 ミズキの墓の前に座ってイルカが話し出す。
日はとっくに落ちて、丘の下に点点とともった民家のあかりがオレンジ色に輝いている。






「・・・ミズキがナルトにしたことは許せないです。今だって許してないです。でも」
 イルカはカカシの方を見ずに続ける。闇色の瞳は花束に向けられていた。

「でも、自分には優しかったです」


 ――――・・・ミズキはオレを、殺そうとはしてなかった。
 最後、その傷じゃもう助からないと、とどめをさそうとしたんだ・・・。



「ミズキが思ったより、しぶとく生きてますけどね」
 カカシを見てテレ笑いする。
「ナルトを狙った攻撃を オレが受けた時のミズキの顔みたとき、なんか、憎めなくなっちゃいました」


 ―――― ケガしたのがオレだと気づいて、驚いた顔。
  焦った顔。
  オレのこと、心配した顔。



「・・・ほんとはすごい優しいヤツでした。どうしてその心を、少しでもナルトにわけてあげられなかったのかと思うと残念です」


 ―――― ミズキは、ナルトを憎んでいたから。



「ミズキは両親を、妖狐の事件で失ってるんです。でもそれはナルトのせいじゃない・・・」
「・・・そうですね」
 カカシの相槌に、イルカは嬉しそうに目を細めた。


 そしてゆっくりと立ち上がる。

「こんな話、はじめてしました。聞いてくださってありがとうございます。カカシ先生」
「あなたの話なら どんなことでも聞きたいですよ」
「はは、もう秘密はないです」
 続いて立ちあがったカカシに、イルカが頭を下げた。

「残業だなんてウソついてすみませんでした」
「いいです。おかげで あなたに惚れ直しました」

「・・・は?」
 場面にそぐわない銀髪の上忍の返答に、イルカは きょとんとまばたきした。



「ミズキより・・・あなたの方が優しいですよ、でも」
 言いながら、カカシの右手がイルカの指先をすくいあげる。
かすかに花の香りがした。




「死人にまで嫉妬したんじゃオレの身がもたないです」
「・・・・・え?」




 イルカが戸惑った表情でカカシと握られた手を交互に見つめた時、強い風が丘を吹きぬけた。
 墓前の花から花びらが数枚飛んで流されていく。


「ミズキも嫉妬してるのかな」
 イルカの手をパッと解放してカカシがつぶやいた。
それはイルカの耳には届かなかったようだ。
カカシから離れて、花束の位置を直したりしている。



 そして最後にもう一度、墓標に触れて、ひとこと。
「帰りましょうか、カカシ先生」

















 遠い間隔でともっている電柱に くくりつけられた電灯が、夜の闇のほんの一部を照らしている。
 慣れない者なら石や草に足をとられてしまいそうな道のりだが、ふたりとも夜目がきくので、歩くのには支障がなかった。

 互いの家の分かれ道まできたところで、それまで言葉少なだったイルカが、隣の男をみあげた。



「あの墓のことは、内密にしてくれますか?」


 ――――・・・ナルトには特に。


「・・・いいですよ。でもミズキよりオレのコト構ってくださいね」
 深刻な顔をしていたイルカが とたんに吹き出す。

「ナルトみたいなコト言うんですね」
「それとはビミョーに違うんですけどね」
 カカシの心も知らず、イルカは冗談と受けとった様子で笑っている。

「大丈夫ですよ。ちゃんと構ってあげます。ただ、今日は特別なんですよ」
「特別 ?」
 イルカはうなずいた。





「誕生日なんです」





「・・・誕生日」
「命日と誕生日くらいは、と思いまして」



 ―――― ナルホド、確かに特別だ。


 カカシは納得して、死者にもそんな心配りをするイルカを微笑ましく思った。
もう この里ではイルカぐらいしかいないだろう。あの男の誕生日と命日を覚えてやっているのは。





 ―――― 浮気相手は、抹殺するつもりだったんですけど。


 死人じゃさすがにカカシにもどうしようもない。




 ―――― オレにとっては、あなただけが特別なんですけどね。
 ミズキのことを想うヒマがあるんなら、少しは気づいてください。


 少し背の高いカカシを見上げて照れた顔で笑うイルカに、カカシも笑みを返す。



「じゃあ その日だけは特別に認めます。オレって かなり独占欲強い男なんですけどね」











             

  ―――― ま、命日と誕生日くらいは、ね。


ホントはオレだけ見ていてほしいんだけど。

















END



                                         
   
うーん、ミズキ先生って再登場しないのかなあ・・・と思ってたら、多分処刑されてんだろーなぁと思い至って書いてみました。
しかも裁判ナシで殺されてそーだよね(いや、忍びの里だし・・・)。
ミズキ先生好きです。  

By.伊田くると





ミズキ 「やっぱいいヤツだな・・・イルカ・・・。でも送りオオカミには気をつけろよ!!」