転校生





 
ドアの向こうから、元気な声が聞こえてくる。



 ―――― ホント 子供ってのはパワーあるよな。朝起きるのは つらくても、学校に来て仲間たちと会えば、とたんに大騒ぎだ。

 いちおー忍者目指して修行中なんだから、少しは教師が近づいてくる気配とか、察せないものなのかね。
 以前の教え子で、現在は下忍のうちはサスケなんかは、数少ないそーゆータイプだったけど・・・。



 ガラッ、と音をたててドアを開けると、生徒達がいっせいに こっちを見た。
委員長の号令がかかる前に、オハヨー先生とかアイサツしてくれたりすると、なんだか嬉しくなる。


「おはよう、みんな来てるかー?」
 大体のクラスの生徒の顔と名前は一致しているので、出席をとる必要はない。
 教室を見まわして、いない生徒を確認するのがいつものやり方だ。

 職員室に欠席の連絡のあったふたりの生徒をのぞいて、全員机に座っている。
 見慣れた朝の風景だ。






 ―――― いや、異変はあった。

「・・・・・・・・・・・」


 席の中央、最前列にちょこんと座っている子供。


 年齢は火影さまの孫の 木の葉丸くらいだろうか。
アカデミーは年齢別でなく能力別なので、場違いに小さい子がいてもおかしくはないのだが、灰色の、ちょっとはねた髪の男の子は オレの記憶にない顔だった。



「キミは?」


 出席簿を持ったまま、その子の席の前まで歩み寄る。
屈んで尋ねたオレを見上げ、その子はニッコリ笑った。

 オトナにまったく物怖じしない子供のようだ。


「今日から転校してきたんだ」
「え?、そうなのか」
 このクラスに転校生がきたなんて聞いてないけど。

 あわてて出席簿を見直してみても なんの連絡も入っていない。
どこかでミスがあったのだろうか。


「ここのクラスで合ってるか?」
「うん。一時間目はイルカ先生っていわれたよ」
 はっきりと答える。
子供らしい、舌たらずな口調が微笑ましい。
最近は卒業間近の上級クラスの担当が多かったから、こんな小さい生徒はひさしぶりだった。


「そうか、じゃあよろしくな。キミの名前は?」
「・・・えーと、エノキです」
 エノキくんはそう言って、またニッコリ笑った。



 ―――― なんか、親近感のわく子だな。

 それがエノキくんの第一印象だった。













 一時間目は教室で授業。
続いて二時間目にその実技訓練をする。
アカデミーのカリキュラムは、たいていその形で進むことになっている。


 今日のテーマは、水遁の術だ。
もっとも、下忍はまだ術をうまく使いこなせるほどチャクラの扱いに長けてない。ので、まず印を覚えるところからだ。

 実際に忍者になったら、戦闘の最中にも周囲に気を配りつつ印が組めねばならない。
 暗記というと おかしいけど、身体に染み込んでるくらいでちょうどいい。
それで命を拾ったなんてハナシもよく聞く。



 一時間目で、水遁の術の概念と いくつかの印についてを勉強したので、午後からはアカデミー備え付けのプールで演習を始める。
 なんでプールかというと、なんにもない所から水を出すという芸当がほとんどの子は最初できないだろうから。
 実際にある水を操作する方が一番カンタンでコツをつかみやすい。


 プールサイドに生徒を集めてまた印の確認をしてから、ふたり一組で実演を開始するよう指示を出す。
 このクラスは火遁と土遁をマスターしてるから、すぐ水遁もこなせるだろう。




「エノキくん」


 生徒達を散開させたあと、オレはやっぱり まん前で話を聞いててくれた少年に声をかけた。
「エノキくんは先生と組でいいか?」

 ほかの生徒より年が下だし、なぜかデータがないので実力が分からないのだから当たり前の措置だろう。
 実演は場合によっては危険なので、ほかにつきそいの教員が二名いるから、オレが生徒とペアを組んでもあまり問題はない。


 オレの言葉に、エノキくんは灰色の目をほそめ、嬉しそうに笑ってうなずいた。


 ―――― 灰というより、銀色かな。

 フシギな色合いだけど、とてもキレイだ。






 「せんせー、印の組み方忘れちゃったあ」
 さっきはうまくできたのに、急にそんなことを言いだした。

 演習をはじめて二十分ほど。
エノキくんは一時間目の授業の際、最前列でしっかり、びっくりするほどマジメに授業をうけていてくれた。
 そのせいか、いきなり術をやらせてみたら、印を見事に覚えていたのだ。
プール水面には小さな竜巻しかできなかったけれど、最初からこれはすごいと感心してたのに。



「さっきちゃんと出来たじゃないか?」
「でも忘れちゃったんだもん」

 ―――― しかたない。

 オレはミニ竜巻やミニ津波が各所でおこっているプールぎわを歩いて、エノキくんの所までいった。
 視線をあわせるために座って、目の前で手本をみせる。

「な?、最初がこれ」
 
 やってみるよう促すが、うまく結べない。


 エノキくんが悲しげに黙りこんでしまったので、彼の指をつかんで印の形にしてあげる。
 エノキくんのちいさな両手は、オレの手にすっぽり収まってしまった。


「・・・・・・」
 わー、ホント子供だなあ・・・。
ナルトもちょっと前まではこんなだったよな。


 相手が『コドモ』なんだ、と感じるのはこんな時だ。
自分の命にかえても守らなくちゃいけない、というような、使命感すら感じてしまう。
 エノキくんの指は温かかった。



「な?、やってみろ」
 確認を終えてからそう告げると、今度はうまく最初から最後まで印を結べた。チャクラは練らずに印だけを結んでいたので、術の効果は起こらない。

「できた!」
「うん、よくやったな !!」

 頑張った子は思い切りほめてあげたい。いつもそう思っている。

 結局不器用なオレは、うまく言葉をいえなくて、乱暴に頭をなでるだけで終わってしまうんだけど。
 でもエノキくんは嬉しそうに なでられていた。







 さすがに授業時間全部、ひとりの子にかかりきりになるのは問題なので、エノキくんを別の先生に任せてほかの生徒を見回っている時、事件はおきた。



「・・・なっ・・・?!」

 突然、プールの水が、高さ10メートルはあろうかという巨大な壁になってこちらに向かってきたのだ。

 津波である。



 ―――― まさか、生徒にこんな水遁を使えるヤツがいるわけが・・・。


 ひっかかったが、そんなことを考えている時間はなかった。
運良く、というか津波の進行方向にいたのは生徒数人とオレ含め二人の教師。
 同僚の教師とパッと目を合わせて確認を取ると、お互い近くにいた生徒を抱えて印を組む。

 雲隠れの術だ。
ドロン、と白い煙が出たあと、オレたちの身体は消える。

 その半瞬後に、高い水の壁がつきぬけていった。






「イルカ先生っ、大丈夫ですかっ」
「こっちは平気です。全員いますよね?」

 安全な場所に移動し、抱えていた生徒ふたりを地面におろす。
髪やジャケットが水しぶきを浴びて冷たい。プールの水は三分の一も残っていなかった。



 ―――― なんだったんだ・・・?。


 ―――― あのチャクラ・・・あれ?、そういえば・・・。



 ふと、妙な感覚がよぎった。

が、まず優先すべきことに気づき、俺は生徒の安否の確認をする。


 オレが連れてた子たちは全員無傷だ。当然オレも。
同僚の方も同様らしい。突然の事態に慌てふためく生徒たちを集め、すばやく人数をチェックしていくが・・・。


「エノキくんっ!!!」
彼だけがいなかった。



「イルカ先生、あそこっ」
 指差されてみると、プール施設の出入り口のところまで流されて、あお向けに横たわっている子供の姿があった。

 即座に駆けだす。
地面はびしょぬれだ。津波の影響だろう。



 ―――― 助けられなかったなんて・・・視野に入っていなかったのか!?。


 十分確認したつもりでいたけど・・・。




 エノキくんは意識を失っていた。強く瞳をとじて、眠っているようだ。
身体中濡れて、細い髪が額にはりついていた。
一見して めだつケガはないが、どこか打ったかもしれない。


 ―――― オレの責任だ・・・。


 強い自責の念にかられた。
が、それどころじゃないと思い直し、エノキくんを抱き上げる。





 ―――― あれ・・・・?。





「どうしたんですか、イルカ先生」
 一瞬ぼけっとした俺に気づいた同僚が声をかけてきた。
慌てて首を振り、あとのことを頼むと、エノキくんを連れて保健室に急行した。









 今日は悪いことが続いて起きているようで。
保健医は盲腸のコドモの付き添いで里の大きい病院へ行ってしまっていた。

 とりあえずベッドにエノキくんを横たわらせて、タオルで濡れたカオをふく。
相変わらず目のさめる気配はない。



 オレは小さくため息をつき、その寝顔に話しかけた。できるだけ穏やかに。






「いいかげん起きてください。カカシ先生」



 とたん、パチ、と瞳を開け、ベッドから上体を起こすエノキくん・・・もとい、カカシ先生。




「・・・一体どーゆーつもりなんですか・・・」
 またため息だ。


「バレてました?」
 そんなオレを見上げ、にっこり笑う。


「気づいたのはついさっきですけど・・・。とにかく身体ふいてください、風邪ひきますから」
 今、かわりの服用意します、とタオルを数枚おしつける。
保健室には、コドモの着替え用の服が常備されているはずだ。

 棚やタンスを物色して、ようやくそれを見つけ、カカシ先生に渡す。
「はい。とりあえず着替えてください。変化解かないで下さいね、コドモの服しかないですから」
「着替えさせてくれないんですかー」
「コドモだって自分で着替えられますよ?」
 そう返すと、カカシ先生はあえて、だろう、コドモらしく舌打ちをした。



 姿は児童とはいえ、一応上司でオトナなんだし、着替えをみるのは はばかられると思ったオレは、背を向けて保健室使用記録名簿に記入をした。


 ―――― けど・・・うーん、どうしよう・・・、こんな生徒、いないんだけど・・・。
ま、いっか。書いちゃおう。


 
 記入が済んだところで、アカデミー中に響くチャイム。
授業が終わったのだ。

 ほかの先生に任せてしまったけれど、まあしょーがないかな。



「寒くないですか?、カカシ先生」
 こちらも着替えの済んだカカシ先生。
「はい」
 ベッドの上で笑って答える姿は、いつもの彼とは似ても似つかないけど。



 ―――― こーやってみると、やっぱ面影はあるよな、十分に。


 灰色というより銀ぽい質の髪の色なんて、里では彼のほかに見たことない。
まさかこんなマネするなんて思わないから、盲点だったんだよな。両目も見えてるし (術で普通の眼に見せてるけど)。

 津波の時に感じた わずかにもれたチャクラと、倒れてたエノキくんを抱き上げた時に感じた違和感。





 ―――― 確かに『彼』の気配。





 いつの間にか、そんなかすかなチャクラの質・わずかな差異さえ見咎められるほど、この上忍を知っているという自分。



 それは、自分のことなのにやっぱり意外だった。










「どーしちゃったんですか、こんなコトして」
 オレ、あきれてもいるけど、怒ってもいるんですけど。
少し声を尖らせてしまう。


 だって、アブナイじゃないか!。
あの水遁の術の暴走も、カカシ先生のしわざ。
本人はもちろん平気としても、生徒が巻き込まれたらどうする気だったんだ。



 カカシ先生はスミマセン、と ぺこりと頭を下げた。ほんの少しだけ しおらしくうつむいて、

「イルカ先生の授業、受けてみたくて・・・」

「・・・・・・は?」



「ナルト達が、なにかとアナタと比べるんですよねー、考えてみたら、オレ、今では下忍の教官なんてやってるけど、もともと学校に通ってないんで・・・。先生って どんなんかなーと思って、つい・・・」

「・・・・・・」




 ―――― そういえば。

 カカシ先生って、ナルトくらいのトシにはもう、実戦バリバリ出てたんだよな。
中忍になったのも、上忍になったのも、里・最年少で。



 ―――― それで学校に来てみたくなったのか・・・。



 なら授業をフツーに見学してればいいのに・・・と思わないでもないが、生徒として体感したいってコトなんだろうか。それにしたって津波騒動を起こした理由にもならないが。





「なるほど・・・なんか参考になれました?」

 ―――― 怒る気がなくなった。

 それを察知したのか、カカシ先生は笑顔を見せる。


「楽しかったですよスゴク。生徒になりたいです。ま、イルカ先生限定ですけど。サクラの言うとおり、説明も分かりやすいし根気よく教えてくれるし。いざとなったらカッコよく助けてくれるし。イルカ先生って、いい先生ですね」


「・・・ありがとうございます」


 教師としては、まだまだ新人のペーペーなんだけどね。
でも優しい目で言ってもらえると、正直嬉しい。
 目の前のカカシ先生はコドモの姿なので親しみやすいというのもあるが。




 最前列で、マジメに授業に耳を傾けてくれた『優等生』ぶりと。

 印の組み方を忘れたと言ってゴネてきた『劣等生』ぶり。





 ―――― なるほど。




「生徒気分、満喫してくれたみたいですね」
 おかしくなって笑った。でももう無断では しないでくださいと釘はさしておいた。やりかねない。





 カカシ先生も俺を見上げて笑う。
「次はコイビト気分ですかね。イルカ先生の」




「は?」
 どんな冗談なのか、いまいちつかめなくてマヌケな声を出すと。



 子供らしくないしぐさで、カカシ先生は肩をすくめて見せた。
















 その言葉の意味を知ったのは、たった一日の生徒だったエノキくんが「また」転校していって、二ヶ月ちょっとたった後。
 















END





 なぜ、転入先でも「転入生」という言葉より「転校生」という言葉で呼ばれるのか・・・、は けっこうナゾ(元転勤族)。

By.伊田くると




イルカ 「これが、妖怪座敷わらし。アカデミーの新たな七不思議のひとつになったってわけだ」
サクラ 「あたし達との修行の約束スッポかして、そんなことしてたのーっ!!?、カカシ先生ーっ(怒)」
いの「変な先生だとは思ってたのよねーうん」

ナルト 「でも、なんで津波なんか起こしたんだってばよ?」
サスケ 「保健室でふたりになれると思ったからに決まってるだろ」



01 11 18