白い包帯
―――― なんだ?。
このヒト、なんでこんな大ケガしてんだろ。
それが オレの、イルカ先生との初対面の感想。
まさかこのオレが恋に落ちるなんて。
このヒトのことばかり考えるようになるなんて。
想像もつかなかった、日。
「でさーっ、イルカせんせーが合格祝いにラーメン大盛り おごってくれたんだってばよ !」
ナルトの元気な声が木造の狭い廊下に響く。
下忍選抜試験が終わって、めでたく合格した子供たちを連れての初の任務帰りの時のこと。
初任務ということでガキの使いレベルの指令に、下忍時代が短かったオレは、こんな任務もあるのかー、とちょっとビックリしたりなんかしていた。
日頃あんま子供とはつきあいないけど、それにしてもガキってのは黙らないよなぁ。
今日一日でしみじみ感じた。
特にコイツ、うずまきナルト。
三代目火影じきじきにオレに監視を頼むほどの いわくつきのヤツだが、見た目ホント子供だよね。
確かコイツ、自己紹介のときもラーメンとイルカとかいうヒトのことばっか言ってたよな。
まーともかく、早く任務報告書提出して帰りたい。読みかけのイチャパラもいーところだったし。
「いーなあ。アンタちょっと先生に甘えすぎなんじゃないの」
「・・・そーだ、ドベ」
あんまり長い自慢に、サクラとサスケが不平をもらす。
確かに、ハタ目にはひとりの生徒をヒイキしてるヤナ先生って感じだよなあ。メシ食わしてやったり家に泊めたりって。
里中の人間が忌み嫌ってる子をヒイキするセンセイってのも変わってるけど。
「別にオレだけじゃないって!。センセーいつもサクラちゃんのこともサスケのことも気にしてるってば。ひとりで来ないでみんな誘えってゆーし」
「ホントっ?。じゃ私もせんせーに会いにいこーっとvv。ね、サスケくん」
「けど先生まだ調子よくないんじゃないのか」
仲良くしゃべくってる見習い忍者たちの話を聞くともなしに聞きながら建物内を進むと、目指す受付所についた。
任務の成功と詳細の報告をして、今日の仕事はおわり。
しかし こんなカンタンな任務でも 報告書は書くのかー、と思うと、それを事務処理するアカデミーの職員たちもバカらしいだろーなぁ。
ガラッとたてつきの悪い扉を開けた途端、オレの斜め後ろにいたナルトが大声をあげた。
「イルカせんせーっ!!!」
そして、すごい速さでオレの横をすりぬけて受付へダッシュ。
机の上にドンと置かれた報告書の山をチェックしていたらしい職員が、驚いて顔をあげた(いや、別にそのヒトだけじゃなく受付所にいた全員なにごとかとビビってたが)。
「ナルト !。サクラ、サスケも !!。久しぶりだなあ !」
「・・・・・・」
満面の笑顔というのはこういうのだろうか、と思わず考えてしまうほどの笑い方。
アカデミー職員とはいえ、忍がこんな笑顔するなんて、なんか珍しいね。
ナルトに続いて、サクラとサスケもその『イルカせんせい』にむらがる。
サスケまでなついてるってのはスゴイな、あいつオレのことはちっとも信用してないみたいだけど。
―――― しかし。
―――― なんだ?。
なんであんな大ケガしてんだろ。
先生って呼ばれてるってことは教師なんだろ?。
いまさら現役で任務やってるとは思えないけど・・・、にしちゃ尋常じゃないケガじゃないか?。
もう大分癒えてきてるようだが、かすかな動きの中から身体をかばっているのがよく分かる。
きっちり制服着てるから身体のほとんどが隠れてるけど、包帯の目立つ首以外に背中や腕、きっと足までケガしてんじゃないのか?。
「ケガはもういいのかよ?」
あの無愛想なヤツからこんな素直なセリフが聞けるとは・・・と、またもビックリなオレをよそに、イルカ先生は優しく目を細めて笑う。
「ありがとな、サスケ。もう大丈夫だよ」
「先生 有給とか使って休めないの?」
ちょっと婉曲な言い方だが、サクラもイルカせんせいとやらの身を案じている様子だ。元教え子の頭をなでながら、彼は「中忍は有給なんかないんだよー」とか冗談をとばしている。
―――― ふーん、なんか。
見るからに、性格よさそーなヒトだねえ。
オレが見てるのを察したのか、子供にかかりっきりだったイルカ先生がこっちを向いた。
「あ、すみません気づきませんで・・・報告書提出ですよね、お疲れ様です」
生徒に向けたものと違い、遠慮がちな笑みを浮かべて会釈した。
つかつかと机の前の彼に歩み寄って紙切れ一枚をポンと渡す。
近くで見るとホント痛々しいね。
細い首なのに。
丁寧に記入欄をみていくイルカ先生に、たえずじゃれつく子供達。
ナルトにいたっては事務机の上に乗って抱きつこうとまでしている。
――――オイオイ、あんまムリさせるなよ。平気そーにしてるけどまだ全然完治にゃ遠いぞ。
猫をつかむようにナルトの首根っこを引っぱりあげて先生から離してやる。
「なにすんだよーっ、カカシ先生ってばよ!」
「おとなしくしてなさい」
書類に何か所か記入して、最後に受領印を押すと、イルカ先生は顔を上げて、
「はいオッケーです。初任務、お疲れ様でした。おまえ達もよくがんばったなー」
言葉の後半は三人の下忍に向けられたものだ。
Dランクの中でもカンタンなものではあったが、忍者としてひと仕事やったという実感がわいたのか、三人とも誉められて嬉しそうだ。
「カカシ先生、はじめまして。教員のうみのイルカといいます」
きちんと立ち上がってお辞儀してくれる。
背はオレより少し低いくらい。バランスのとれた細身の体型で、顔の真ん中を横切る刀キズが印象的だった。
こんな大きいキズがあるのに、人相が全然悪くない・・・、ってーか、会ったヒトみんなが好感を抱くようなカンジの笑顔で笑いながら、こいつらの元担任なんです、と紹介してきた。
「・・・はたけカカシです」
ほかに付け加えるものはなかった。愛想悪く思われただろうか?、と不安になる。
―――― って、なんでオレがそんなこと気にしなくちゃなんないんだ。
別に どこの誰に なんて思われたってかまわないじゃないか、アホらしい。
「ナルトから、先生のお話はよくうかがってるんですよ」
印象悪くはなってなかったらしい。
イルカ先生は会えて嬉しいという様子を見せてくれる。
しかしナルトは何を言ってるんだろう。また気になる。どうかしてる。
ナルトを見下ろすと、
「別に告げ口なんかしてないってばよ!!」
二時間も遅刻したこととか !。エッチな本読んでることとか !。
―――― しっかり告げ口してんじゃん・・・。
言いつのるナルトの金色の頭を一発軽く殴っておく。
いってぇーっ!!、と大げさに痛がるナルト。あきれ顔のサクラとサスケ。
そんな光景を見ながら、イルカ先生は笑っていた。
「子供の前でそんな本読んじゃダメですよ」
「・・・気をつけます」
なんだか母親に叱られてる気分になった。別に彼は叱り口調でもなんでもなかったが。
「うまくいってるみたいで安心しました。これからもよろしくお願いします」
――――アカデミーの教師がこんなに生徒想いだなんて思わなかったな。
―――― イルカ先生か。
ひどく真摯な態度でもう一度頭を下げた男に、今度はオレもきちんと礼を返した。
結局、提出が終わったらすぐ家に直行するつもりだったのが、メンドウだから食事も済ませちゃおうと定食屋に寄ったので時刻は七時過ぎになっていた。
ひとり暮らしは長いが、どうも「自分で作るくらいなら食べないでいい」病だけは治らない。
あまり不摂生を重ねるのはよくないので外食でまかなおうとしてしまう。
ナルトでさえ自炊してるというのに、どーにもね。
定食はやたら味が濃かったが、まあ腹はふくれた。
今度こそ家路につこうと、のんびり あかりのともった街道を進んでいたオレは、ひとつの気配に気がつく。
商売柄、この気配には特に敏感になるよな・・・。
殺気と、ケガ人の気配。
今回は後者の方だ。気が乱れるからよく分かる。
どうも、人の姿などすっぽり隠れてしまうような大木の向こう側にうずくまっているようだ。
ほっとくか助けようか一瞬考えたが、あの受付所で会った男の顔がなぜか思い出された。
―――― なんかあのヒトなら、敵でも助けちゃいそーだよね。
一度会っただけなのに、なに想像してるんだか。
気配を感じたのはその大木よりかなり遠くからだったので、そこに近づき、
「どうかしましたか」
と声をかけたとたん、ホントにビックリして立ち止まってしまった。
オレがついさっき思い浮かべた人物が、木の幹に背中をもたれかけさせて左足をかばう姿勢で座っていた。
濃紺の制服では血のアトも見えにくいが、明らかに流血している。ニオイで分かった。
「カカシ先生」
向こうも驚いた様子だ。額あての下の黒い瞳がまっすぐこちらに向けられる。
オレはすぐに歩み寄ると、イルカ先生の前に片膝をおろしてひざまずく。
「どうしました」
「ちょっとしたはずみで、キズが開いちゃったみたいで・・・」
お恥ずかしいです、と困った顔。痛そうな表情はまるで見せないあたりは やはり忍だが、自力で歩く元気はないようだ。
「ちょっと休めば大丈夫ですから」
と言うが、貧血じゃないんだから、とツッコミが入るだろソレは。遠慮深いのは悪かないけど。
彼の言葉は無視して、失礼します、と断ってから左足のキズの部分を調べる。
クナイででもできたキズだろうか、出血はあらかたおさまってるものの、体重をかけて歩くのはキツそうだ。むろん任務中だったらそんなことは言っていられないが、ここは戦場じゃないんだし。
オレはジャケットについてる巻物入れから すっと包帯と消毒薬を取り出した。
「カンタンに止血と消毒しときますね」
「すみません・・・あの、いつもそこに入れてるんですか?」
よほど意外だったらしい。びっくり顔で目を丸くしている。
オレは少し笑って答えた。
「まさか。ほんとの任務ならそんなことしませんけど。今日は子供が一緒だったんで」
特にナルトなんか、必要のないとこでケガしそうだし。
「そうですか」
おとなしく手当てを受けているイルカ先生は、また嬉しそうに笑う。くすぐったそうに。
―――― なんだかな。そんな笑顔を向けられるのも、ホント久しぶりなんだよな。
オレのこと、根も葉もないウワサを含めて全然知らないってコトもないだろーに。
―――― キレイな笑顔だな。
さっき会ったのが最初だけど、あんたが優しいヒトだって、伝わってくるよ。
「カカシ先生って優しい方ですね」
「・・・・・は?」
ちょうどオレの思考とリンクした発言がポンとアカデミー教員の口からでてきて、オレは素でキョトンとしてしまった。包帯を巻いていた手も止まる。
―――― なんだ、そりゃ。あんたが優しいってのなら分かるが、なんでオレ?。
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
イルカ先生は残りの包帯巻きを自分で引き受けて、切っ先をしばった。
先刻オレに投げつけた問題発言はもう忘れてしまったらしい。
なんなんだ・・・。
大木に寄りかかるようにして身体に負担のないよう立ち上がると、
「もう大丈夫みたいです。すごく助かりました、カカシ先生」
ぺこっとお辞儀する。上で結んだ黒髪が揺れた。
「いえ。歩けそうですか」
「はい」
―――― ウソつけ。
にこやかに答えたイルカ先生に、ため息を返してやる。
「まームリすれば歩けるでしょうけど、キズに悪いですよ。仕事休めないんでしょう」
でもフツーこんなケガすれば、いくらなんだって休めると思うけど。
「はい、休めないです。・・・ナルトが心配するから」
「・・・・・・」
やけにキッパリ言い切った言葉に、遅ればせながら気づく。
そっか・・・。ミズキとかいう中忍が、巻き物を盗もうとしたあの事件。利用されそうになっていたナルトを助けたっていう中忍が、あんたなんだね。
あのケガを見た時点で気づいてもいいはずなのに、オレにとってあまりに無関係な事件だったせいか、考えつかなかった。
ナルトをかばって負ったキズなのか・・・。
やけに目につく、白い包帯。
―――― この里に、こんなヒトがいたんだな・・・。
今まで、受付所とかで会ったこと、あるのかな?。
ろくに受付の相手の顔なんか見ないし、火影のジイサンから直接任務を受けることも多いから、気づかなかった。
―――― もっと早くに会えてたら良かったな。
そう思う相手なんてのも、気が遠くなるほど昔の記憶だ。
自然に笑いがこみあげてきた。
「わかりましたイルカ先生 !。仕事に影響がでないよう、足に負担かけないようにオレが運んであげますよ」
にんまり顔の自分を指差すと、ギョッとした彼があわてて両手をふった。
「えっ!!?、い、いやいいですっ。お気持ちだけいただきますっ」
スキだらけの様子におかしくなりながら、問答無用で抱き上げる。
あれ?、背負うつもりだったんだけど、こーやって抱き上げた方がおいしいな、なんとなく。
「わわっ、カっカカシ先生っ」
「そんな暴れるとまた出血しちゃいますよー。おとなしくしてください。さらうワケじゃないんだから」
―――― まあさらっちゃってもいいんだけど。
オレってば、今日はどうかしてんのかな。
いまさら血に酔ったワケでもないと思うんだけど・・・。
腕の中で、今は観念して神妙な顔のイルカ先生。
―――― あなたに酔ってるのかな?。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
我ながら恥ずいコトを考えてしまった・・・。
ちょっと後悔ぎみのオレは、イルカ先生のナビに従って、無事に自宅まで送りとどけた。
「お大事に」
「もーなんてお礼を言ったらいいか・・・。カカシ先生さえよろしかったら、今度なにかご馳走させてください」
さすがに初対面で、家にあがりこんじゃうのは図々しいかな・・・と、
「お茶でも・・・」のありがたい誘いは辞退したオレに、なおも優しい声。
でも、あそこをたまたま通りかかって助けてくれたヤツなら誰でもこう言うんだろうなと思うと、ちょっとムカつくよーな・・・。
―――― 世の中みんな、オレみたいなジェントルマンばっかじゃないんですよ!!。
ってことをちょっと教えてやらねば・・・とか思いつつ、
「じゃ、ラーメンごちそうして下さい。ナルトがラーメンラーメンいうから、なんか食べたくなっちゃって」
ナルト達が聞いたこともないよーな上機嫌な声で答えてるオレ。
元教え子の話題がでると話しやすいのか、イルカ先生も打ち解けた笑顔になる。
「あはは、ナルトはほんとラーメンばっかですからねアイツ。うちに来てもラーメン作ってって絶対言うんですよね。行きつけの一楽って店、おいしいんですよ、ぜひご一緒に・・・」
「作ってください!!」
思わず、力を込めて声を出したオレに、玄関ドアに背を預けて立っていたイルカ先生はビクッと姿勢を正した。
「・・・は?」
「オレも、手作りのラーメンが食いたいです!」
「えっ!?、別に手作りっていっても、麺から作ってるワケじゃないですよ?、インスタントに毛のはえたよーな・・・」
「いいです!!」
あまりの勢いに気圧されたのか、イルカ先生はコクコクと二度うなずいた。
「は、はい・・・オレのなんかでよかったら、いつでも来てください」
――― いつでも!?。
「ホントですかっ!?」
言い直しはききませんよ!?。
しかしイルカ先生は、受付所で子供達に見せた笑顔を、今度はオレに向けて、
「はい」
確かに、宣言してくれたのだった。
あ、ヤバイな。
その笑顔に、自然にオレも笑顔で返しながら、心のすみで警告音が鳴り響く。
どうしちゃったんだよ、オレ。
この初対面の相手と、離れがたいなんて。
手料理だったら家に自然にあげてもらえるしとか、オレのために作ってくれるしとか、なに考えてんだ?。
首に巻かれた白い包帯。
あなたの優しさの、証。
その笑顔をこれ以上向けないでほしい。
加速度的に惹かれてく自分に気づいてしまったから。
まさかこのオレが恋におちるなんて。
そんなこと、あるワケないんだけど。
だから、今日のお礼ということで、一杯だけラーメンを一緒に食べましょう。
それでおわり。
あれ、でも いつでもいいって言ってくれたよな・・・、いつでもってことは何度でもいいってことなのか?、いや、しかし・・・。
ともあれ、大丈夫だ。
このオレが恋におちるなんて。
そんなこと、あるワケないんだから。
なんかカカシ先生独り言多い・・・。一巻で、イルカ先生の職場復帰があまりに早かったのに驚いたんですが・・・有給ないのかな、先生・・・。By.伊田くると
加筆修整1月28日