学校の怪談
――― どうしよう。
――― 恐い・・・気がする。
コーヒーカップを口元に運んだ姿勢のまま、イルカは硬直してしまった。
自分のバカさかげんというか・・・ウカツさにショックを受ける。
――― 大丈夫だ、あんなの全部作り話!!。
おもしろおかしく捏造して、恐がらせるってだけの・・・。
必死に自分を納得させようとするが、考えれば考えるほど、リアルに記憶がよみがえってくる。
―――― 始まりは、なんてことない雑談だったのだ。
任務を無事終了した、ナルト達やカカシ先生と夕食という運びになって・・・。
イルカの家でわいわいと卓を囲んで盛り上がっているうちに、
サクラが、
「こないだ聞いたんだけど」
と前置きをして怪談を しだした。
面白がったカカシが、(なんでそんなに知ってるんだこのヒト・・・) とあきれるイルカをよそに、次から次へと怖い話を披露した。
聞いた時はみんな一緒だったし、正直怪談は苦手とはいえ、そんなに怖くも思わなかったのに。
――― 今。
久しぶりの残業で、細かい書類がようやく片付いた時。
「じゃあお先にー」と同僚達がどんどん帰ってしまっていて、気づけば残りひとりになっていた。
みんな、急ぎじゃない書類処理は明日にまわしてしまったようだ。
つい几帳面に、終わるまでやっていた自分を後悔する。
――― 夜の学校。
カカシが話した怪談は、子供たちに聞かせるためか学校ネタが多かった。
そして。
現在、深夜0時。
はるか遠くに宿直室があるものの、周囲は完全な無人。
職員室以外は電気も消されて真っ暗だった。
これから、電気をつけつつ廊下を抜けなきゃならないのか・・・と考えると、情けないくらい怖くなってしまう。
今だって、動いたら後ろで何か反応するような気がして固まってしまっていたのだ。
うみのイルカはコドモの頃から怖がりだった。
面白がった父親に怪談話を聞かされて、泣いて母親に助けを求めたこともある。
過去の事件で両親を失ってからは九尾の狐が恐怖の対象になったが、基本的に幽霊系はダメなのだ。
―――・・・ひとりになる前に、帰りゃよかった・・・。
オレのバカ・・・自分に文句を言ってもなんにもならない。
イルカはトン、とわざと音をたててカップを机の上に置いた。
「よし!、帰るぞ!」
めったに言わないひとりごと。
ガランとした職員室に、やけに自分の声が響いた。
――― いいトシした男が怖いとかいってられるか!。
今まで勤めてきて、生徒だった頃からなんにもないじゃないか!。
深夜に当直で見回りしたことだってあるし・・・。
『その男がね、イヤな予感がしたんだけど、同僚に早く行けってせかされて、しぶしぶ見回りに出発したんです。夜の学校はもちろん誰の姿もなく静まりかえっていて、自分の足音だけが聞こえてくる。男は・・・』
「・・・・・・」
つい、カカシの怪談を連想してしまった。
再び椅子に座ったまま硬直してしまう。
――― あのヒトの話し方って、怖いんだよな・・・怖がらせようってカンジじゃないけど、トーン低く感情なくしゃべるから・・・。
――― うー、ダメだ。とにかく家に帰らなきゃな!。ここにいたらますます怖いし。
頭の中でリフレインするカカシの怪談をむりやりとめて、勢いよくたちあがり、電気のスイッチのそばに備えつけられている懐中電灯を手にとった。
廊下の電気をつけ、すべて点灯したのを確認してから職員室の電気を消す。
日頃は元気な子供たちで にぎやかなアカデミーも、今は廃墟のようだ。
そのギャップがより強調されて、廊下を進むのがツライ。
―――・・・なんかオレって平和ボケしてるかも・・・。
イルカはぼんやり考えた。
任務を受けていた頃は、ひとりで真っ暗闇の森の中でひと晩過ごすことだってあったし、実際に命の危険とも隣り合わせだったのだ。
それが今は、いるかいないかも分からない存在にビクビクしている。
――― 別にいつも怖がりってワケでもないんだけどな・・・今日はたまたまタイミング悪くて・・・。
一過性のハシカのようなものなのだ。明日には、なんでいつも通っている学校が怖くなったんだろうと、昨日の自分の臆病を笑えるはず。
――― 懐中電灯まで持ってきちゃって・・・。
『その時、なぜか廊下の電気がいっせいに消えてしまったんです。停電か!?、と男は焦りましたが、まだ余裕があった。出発する時、懐中電灯を持っていたからです。男は内心少しビビっていましたがすぐに懐中電灯をつけて・・・』
――――。
また怪談の続きを連想してしまった。懲りない性格である。
――― カカシ先生は表情なく話していたけど、怖くないのかな。
しかし、サクラは面白そうに聞いていたし、ナルトも興味がある様子だった。
サスケは大して楽しくもないような、いつものクールな顔だったが、もちろん怖がってはいない。
――― やっぱオレって怖がりなんかなー・・・。
右手の懐中電灯を見て、ちょっとため息のイルカである。
しかし、廊下のつきあたりの階段まであと少しというところで、急に視界がなくなった。
―――え!?。
前後左右。一瞬で暗闇に変化する。
電気が消えたのだ。
―――て、停電・・・かな。
心臓が、情けないほど激しく脈打っている。
イルカはつとめて自分を落ち着かせた。
―――大丈夫だ、夜目だってきくし、懐中電灯があるし・・・。
右手の中にはしっかりと冷たい感触がある。
手探りでスイッチを見つけ、ONに変えたが・・・。
「!?」
――― な、なんで!?。
何度カチカチとON・OFFを繰り返しても、なんの反応も返ってこない。
『男は電源を入れたんですが、明かりはつかない。電池が切れてしまっているようです。まさに暗い空間にひとりきりになってしまった。男は今度こそ恐怖に背筋が凍りついた。一歩も動けない』
―――・・・どうしよう・・・。
イルカは両手に電灯を握りしめたまま立ちつくした。
「!?」
―――・・・やだ・・・なんだよ!?。
―――後ろ・・・なんか・・・いる・・・。
何の音もしない。
目立つ気配もない。
しかし、イルカは本能でそれを察知した。
暗くて何も見えない、振りかえることもできないが、背後に、何かを感じた。
『そこに、ふと背後に何かの気配を感じたんです。男の足はその場に根がはえてしまったかのように固まってしまっている。しかし、自分のすぐ真後ろに、何かが近づいてくる。なぜかそれは、こんなに動揺しているのに分かるんです。その気配はじょじょに男の方に近づいてきて・・・』
――― 近づいてくる・・・。
足音などまるでないが、それがわかった。
逃げなきゃ、と頭では警告が聞こえるが、身体がまるで反応しない。
『そして、男の肩に冷たい手が・・・・・・』
ポン
「ぎゃーっ!!!!!」
「おわっ!、なんだァ!?」
金切り声、とまではいかないが、突然のかなりの悲鳴に、びっくりした男の声が重なる。
肩におかれた手がひょいとひっこんだ。
「おい、どーかしたのか?」
暗闇の中、しかし近くと分かる距離から聞こえてきた声に覚えがあるのに気づいて、叫んでしゃがみこんでしまっていたイルカは ようやく我に返った。
「その声・・・アスマ先生っ?」
「そーだよ」
身体中から力が抜けたイルカは、はー、と長いため息をついた。
アスマの気配が一瞬消えたかと思うと、次の瞬間にはパッと廊下に電気がともされた。
「わりぃな。誰かがつけっぱなしにしてんのかと思ってよ。オレが消したんだ」
カオを上げると、いつものジャケットを着た上忍・猿飛アスマの姿が目に入った。
「なんでこんな時間に、こんなトコにいるんですかー!?」
安心したのと同時にフシギに思ってイルカが尋ねると、アスマは照れたカオで頭をかきながら説明してくれた。
任務報告書を提出しに行く途中で仲間に会ってしまい、ついそのまま勢いで酒盛りになったこと。
明日でもいいかと思ったが、通り道だったので受付所に置いてこようかと思ったら、そこはカギがきっちり閉まっていたので帰ろうとしたこと。
その時、廊下だけに電気がついているのを見て、これはつけっぱなしだな、メンドくさいが仕方ない、と、ものぐさな彼にしては珍しく、消していってやろうと思ったこと。
アスマは階段付近にあるスイッチの方を使って消灯したようだ。
イルカはその時廊下にいたので、アスマからは当然その姿は見えない。
「消したとたん、あわてたよーな気配があったから、ありゃ誰かいたのかと思ってな」
そこでイルカを見つけたのだという。
ふたり並んで廊下を歩きながらアスマは説明を終えた。
聞いてみれば、なるほどなんてことのない話で、イルカはまた自己嫌悪に陥ってしまう。
―――・・・でも、オレの気配に気づいたんなら、その場でまた電気つけてくれたっていいじゃないか・・・。
つけたら、また消しに戻るのがメンドウでそのままにしたという。
――― 心臓がとまるホドびっくりしたんだ!。
とはさすがにプライドがジャマをするし、上忍に対して文句も言えないが。
「・・・・・」
―――・・・ヤんなるなぁ・・・。
よりにもよって猿飛アスマに恥ずかしいところを見られたのはショックだった。
教員になる前、中忍として実戦に出ていた頃、アスマはある任務でイルカの部隊長だった。
直接口をきく機会はなかったが、仲間を気遣いつつ、作戦を見事成功に導いた頼りがいのある姿は かなり強烈に脳裏に焼きついて・・・。
イルカにとって、火影に並ぶほど尊敬する忍だったからだ。
職員通用口の出入り口のカギを閉め、校舎を後にしたふたりは、夜道をゆっくりペースの歩調で進む。
「スミマセン・・・オレ、恥ずかしいところをお見せしちゃって・・・」
かなりショボーン、とヘコんでいるイルカを、長身のアスマは面白そうに見下ろした。
「いや、暗ェから見ちゃねェけどな。そんな怖かったか?」
逆に質問されて、白状するハメになってしまった。
「カカシが怪談をねぇ・・・あいつもずいぶんアンタになついてるんだな」
「いつもこんな怖がってるワケじゃないんです。その・・・今日はたまたま・・・」
「たまたま怖がってたトコに、オレがますます怖がらせたと」
「オレが勝手に驚いただけです・・・。幽霊なんているハズないのに」
ますますヘコんでいくイルカに、アスマはにかっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「いるハズないってコトもないだろ。オレもあそこの卒業生だが、一度、見たことあるぜ」
「え!?」
イルカが過剰に反応する。
それにますます気を良くしたアスマは、イルカが制止できないのをいいことに話し始めた。
「第十九演習場だよ。あそこ、午後五時以降は入場禁止って張り紙あるの知ってるか?。日が落ちてからは決して入るなってコトだ。どうしてそこだけにそんな決まりができたのか、オレたちの代の生徒しか知らないんだけどな・・・」
「・・・ってワケさ。だからな、おまえもあそこには近づくなよ。今でもアレはいるんだ。ひきずりこまれないようにな。きっと、アレが気に入るタイプだと思うぜ。ちょうどいなくなったヤツも、おまえさんみたいな黒髪の・・・なーんてな。こっちか?」
さっきまでおどろおどろした口調でしゃべっていたアスマが、急にいつもの声音で尋ねてきた。
アスマが一緒とはいえ、もう店も閉まった夜中に怪談を聞くのは苦痛だったイルカは、アスマの明暗の転換に一瞬ついていけず、「ハ、ハイ」と意味もわからずうなずいてしまう。
「そーか」
と、アスマはその方向に足を向け、歩き出した。
そこでようやくイルカも気づく。
こっちか、という問いかけは、イルカの帰り道を確かめるものだったということに。
「あの、ひょっとしてアスマ先生の家はそっちじゃないんじゃ・・・」
「ほれ、早く来いよ。オレのせいでビビらせちまったからな。送ってってやる」
「いっいーですっ、そんな・・・っ。とんでもないですっ!!」
大して面識もない、尊敬する上忍にそんなコトしてもらうワケにはいかない、と、カオを真っ赤にして首をふるイルカに、しびれをきらしたアスマは数歩戻って、動かないイルカの手首をつかんだ。
「いーから早く来いって」
―――――・・・ど、どうしよう・・・。
手を握ったまま歩くアスマに、もたつく足でなんとかついていく。
手を離してくれる気配はない。
困惑しながらも、おとなしくイルカがついてくるのがわかったのか、アスマは歩調をゆるめイルカの少し先をゆったりと言葉少なに歩いていく。
先ほどまで曇っていたのに、濃紺の夜空には下弦の月が顔を出していた。
イルカも、もう文句はいわず、右手をつかまれたまま歩く。
――― なんか、前にもこんなコトあったな・・・。
落ち着いたせいか、幼少の記憶が頭に浮かんだ。
――― 怖い話を聞かされて大泣きのオレに、困った父さんが「母さんのとこ行こう !、な !」と言って・・・。
――― いったん泣き出したオレはなかなか泣きやまなくて・・・。
いつも父さんは母さんのとこに連れて行った。
オレの手をひいて・・・。
ちょうど今のように。
―――オレって、進歩ナイかも・・・。
でも。
――― 怖いけど、手をつないでもらえると安心したんだ。
家に帰れば、優しい母さんが抱きしめてくれた。
怖い話もそれで忘れてしまった。
手首をつかむアスマの手は、自分よりふたまわりほども大きくて、それで父親を思い出したのかも知れない、とイルカは思った。
触れられた部分から、あたたかいキモチが広がっていく。
ジャケットの広い背中を見て、やはり、もういない父親を連想した。
イルカの自宅についた。
礼を言ってハイさようならというワケにもいかないので、遠慮がちに「お茶でも・・・」と誘ったイルカに、アスマは笑った。
「いや、もー夜も遅いしな。帰って寝るとするわ」
「・・・そうですか・・・すみません、お疲れのところ寄り道させてしまって・・・」
「ってか、あんま不用心に部屋に他人をあげるなよ。なんか心配だな、お前って」
「?。アスマ先生に用心しなきゃいけないんですか?」
夜中に あまりつきあいのない人間を、カンタンに一人暮らしの自宅に招きいれようとしたイルカに、少々あきれたアスマの忠告ものんきな当人には通じなかったようだ。
「いや、オレはともかく・・・まあ、オレも含めてだな、特にカカシとか・・・とりあえずみんなだ」
同僚のカカシが、この 人のよさそうな教師に好感以上のものを抱いているのは見ていれば分かる。
親切に恋路を応援してやる義理もないが。
イルカは分かったような分からないような(多分後者だろう)カオで、気をつけます、と言った。
それから、
「あの・・・できたらでいいんですけど・・・今日のこと、カカシ先生にはナイショにしてくださいませんか?」
「ああ、なんで?」
「怖がりだってバレたら・・・ここぞとばかりに怪談聞かされそーだから」
「ヤツならやるな、確かに・・・。分かった、誰にも言わねーよ」
ひそかにファンの多い『イルカ先生』の弱点を、聞いたら喜ぶ人間もいるだろうが。
イルカはホッとしたカオで笑った。
やけに人なつこい笑顔で、気づくとアスマも笑みを返していた。
最後にまた丁寧に礼を言われ、イルカ宅を辞したアスマは、さきほどより速いいつものスピードで夜道を歩きながら、銀髪の無表情な同僚・カカシを思い浮かべた。
―――・・・ナルホドな。
お前がホレんのも、ムリないわ。
口止めされなくても、カカシやほかの連中に今日のことを話す気分にはなれないだろう。
それがなぜなのか、アスマ自身にもわからなかったが・・・。
後日。
いつもの受付所で、入室した自分を見るなり赤面して、「この前はどーも」、とアイサツしたイルカに、
「なにぃぃーっ!?、どーゆーコトっ!!?」と嫉妬丸出しのカカシを横目に、アスマはかなりの優越感を味わうことにもなるのだが・・・。
そのキモチが発展して、ある形になるのは、もう少し後日のこととなる。
初めて書いてみたアスマ×イルカ。
どーでしょう・・・って、カップリングというにはホド遠いよ、これじゃ。
イルカ先生こんな怖がりでいいのだろうか・・・。
でも恐怖状態の時って、動いたりふりむいたりすると、ホントになにかいそうな気が・・・。
ちなみに私は『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を観た日、電気消して寝られなかったです・・・。
By伊田くると