笑顔の象徴
その人はオレを見ると、照れたように笑って駆け寄ってきた。
「ようサスケ、今帰りか?」
少しかがんで、オレと目線を合わせてしゃべる。
この人って、上からモノ言ったりしないんだよな・・・、前から知ってたけど。
うなずいてみせると、ポンと優しく頭に手がおかれた。
「そか、お疲れさん。どこもケガしてないか?」
髪に触れた右手はあたたかかった。
もう一度うなずく。
任務がうまくいったかより、まず身体の心配するあたりがこのヒトだよな・・・と思うと、アカデミー時代に戻った気分になった。
そんなに昔のことでもないのに、なつかしさすら感じる。
「ナルトじゃあるまいし、ドジなんかふんでない」
「あいつ ケガしたのか!?」
オレの言葉に、過剰に反応する。
――― そーゆートコもあいかわらずだ・・・。
少し面白くない。
「今日はしてねぇよ。・・・イルカ先生」
ナルトのカバーに入っていたサクラがとばっちりでカスリ傷を負って、さっき別れるまで大ゲンカしていたことは別に報告しなくてもいいだろう。
イルカ先生はホッとした顔をした。
それから、我に返ったように左手に持ったものを見て、
「んじゃ、がんばったご褒美ってことで、食うか?」
先生が持っているのは近くの露天で買った たこ焼きだった。
最初オレに気づいて照れたのは、こんな買い食いしてるところを見られたからだろう。
まだほかほかと湯気をたてているたこ焼きは、ひとつしか食べられていなかった。
アカデミー近くの商店街。
イルカ先生は仕事帰り、いつもここで晩飯の材料とかを買っているのだろうか。
別にたこ焼きは好きでもなかったが、オレはうなずいた。
ヒトの多い夕暮れ時の商店街を抜けて、空き地の大きな石の上にふたり並んで座る。
「じゃあ半分な」
イルカ先生はそういって、嬉しそうに たこ焼きを食べはじめた。
「・・・たこ焼き 好きなのか?」
あんまり無邪気な様子なのでつい尋ねると、たこ焼きを頬張ったまま首をたてにふる。
「ちょーどハラへってるときに、焼いてるの見ちゃうとなあ・・・サスケは?」
「・・・」
問われると少し困ってしまう。せっかくごちそうしてくれてるのに、失礼な返答はしたくない。
ほかの連中にはどう思われたってかまわないけど、目の前の元担任を怒らせたり嫌われたくなかった。
オレが言葉を選んでいると、先生は焦った顔になった。
「えっ、ひょっとしてサスケ タコ嫌いだったか!?」
やっぱり悪いほうに解釈されてしまった。オレはあわてて首をふる。
「嫌いじゃない、けど」
食べ物に好き嫌い自体あまりない。
好きだから食べるというよりは生きるために食べる、つまり栄養素を摂取するというのがオレにとっての食事だ。
うまく伝わったか分からないが、とにかく嫌いじゃない、と付け加えると、イルカ先生は寂しそうに真っ黒な目を伏せた。
たこ焼きはそろそろ冷めてきてしまっている。
「サスケはいつもひとりでメシ食ってるんだよな」
「そうだけど」
何をいまさら、と相手を見ると、急にうつむいた顔をあげて、
「この後おまえ あいてるよな?」
たこ焼きの箱をオレに押しつけて聞いてくる。質問というより確認の口調だ。
そしてオレが答える前に、以前教壇で見せてくれた笑顔で言った。
「ウチ来いよ、今日はオレがつくってやるから」
「・・・え」
「嫌いなものは ないんだったよな?」
残り一個のたこ焼きの箱をとりあえず持ったまま、ちょっと状況についていけないオレの空いている右手をひっぱって、イルカ先生はまた商店街へ向かっていく。
オレより大きい手は、やっぱりあたたかかった。
商店街で食材をそろえた後、先生の自宅へ。両親から譲り受けたものらしい、少し古めの一軒屋だった。
「ちらかってるけど」
といったわりにキレイな居間に案内される。けっこー几帳面なのは、知ってる。
買ってきた食材を慣れた手つきでわけながら、台所から先生の声。
「何度どなってもナルトがちらかすんだよなー」
ああ、ナルトが先生の家に頻繁に出入りしてるのも知ってる。
アカデミーの頃から、生徒はみんな知ってる話だ。
ナルトがどういうワケか里の大人たちに敬遠されている事情は知らないが、生徒でもヤツに冷たくあたる連中が多かったのは、あながち大人の影響だけじゃないんだぜ。
――― あんたは知らないだろうけど。
露骨にヒイキしてたわけじゃないけど、『特別』なのは、あんたを見てたヤツなら気づいて当然。
面白くないのも、当然・・・。
「煮物と味噌汁とー・・・ま、豪華じゃないけどガマンしろよ。センセーも給料日前だからなー」
テーブルにあたたかい湯気をたてる料理が並ぶ。
ほい、と先生がハシを差し出してくれる。
「・・・いただきます」
さっきたこ焼きを食べたばかりだし、それほど腹がへっているわけでもないが、そう言って味噌汁に手をつけたオレを、イルカ先生が見て優しく笑った。
オレと同じ暗い黒い瞳なんだけど。
イルカ先生の目は、すごくあったかいカンジがする。
目の前の料理より・・・、
いままで会ったどんなヒトより・・・。
食べながら、イルカ先生はいろんな話題をふってくれる。
もともとオレがあまり多弁でないのを知ってるから、つとめて話す側に回ってくれているようだ。
授業の時より柔らかい口調。
聞き取りやすい声音で、オレ達が卒業してからのアカデミーのこととか、火影のジイサンの話とか (ちょっとフシギだけど一介の教師のイルカ先生が、なんで里の長とこんなに仲がいいんだろうか)。
――― 先生自身のことも。
最近は、ナルトのみならず、カカシのヤツまで先生宅に訪れているらしい。
居間にあった一升瓶は、カカシの手土産なんだろう。
どういう接点で先生に近づいてるのかちょっと気になったが、ヤツのことだから常識ヌキで勝手に上がりこんでいるのかもしれない。
図々しいヤツはちょっと得だ。
先生がオレに水をむける。
「サスケは?。みんなとうまくやってるか?」
「・・・ナルトのバカがからんでこなければな」
「自称ライバルだからなぁ。あれも負けず嫌いだから」
ヤンチャな金髪の子供を思い出しているのか、クスクス笑う。笑うとやけに幼い。
本人はナルトの親代わり・・・のつもりでいるんだろうけど、ちょっと年の離れた兄ってとこだよな。
「でもサスケも負けず嫌いだよな。似てるのかな、ふたりは」
思い出されていたのはナルトでなくオレだったらしい。どんなシーンを思い浮かべているのか知らないが、なんだか気恥ずかしくなった。
「ナルトは食べるの好きだけどな」
「・・・」
さっきの話題に戻す気なんだろうか。てっきり忘れてくれたと思ったのだが。
イルカ先生は、いつのまにか空になったオレの茶碗をみて、にっこり笑った。
「やっぱ食事は、ひとりじゃないほうがいいよな」
「・・・あ」
別にハラがへってたわけじゃなかったのに・・・。
ふと時計をみると夕飯が始まってから一時間近くたっている。思えば、食事にこんなに時間をかけたのも実にひさしぶりだった。
『いただきます』と言ったのも。
ひとりの家で、買ったできあいの食材をあたためて。
まるで義務のように手早く食べて食事を済ませていた。
味などどうでもよかったし、時間をかけるなんてムダだと思っていた。
「・・・うまかった、です」
ほかほかと天井にのぼっていく湯気。
できあいの単調な濃い味付けじゃない、手料理。
それに、
――― イルカ先生。
「オレもひとり暮らしだから。ひとりだと、食事も味気ないよな。いつもはそんなに思わないけど、たまにすごくそう思うよ。そんな日にナルトとかカカシ先生が来てくれるとホッとするし」
部屋はちらかされるけど、と軽くぐちってから、
「サスケもこんなで良かったら、いつでも来いよ?」
場所わかるだろ?、と言葉を続けてくれる優しさが、ああやっぱりイルカ先生だなと思う。
別にナルトじゃなくても部屋に行っていいんだな、と思ってから、当たり前だそんなの、とあわてて打ち消した。
「・・・ハラがへったら、行く」
――― 寂しくなったら。
オレもたまに、ひとりでいるのがすごくつらくなるから。
変わらない笑顔で迎えて欲しい。
「そしたらもっと大勢のほうが楽しいよな。カカシ先生やナルトや・・・そうだ!、サスケ、サクラのこと誘ってやれよ、すごく喜ぶと思うぞ?」
―――でもそーゆー、鈍感というか無神経なところは少しは変わって欲しい・・・。
少しあきれてそう思い直した。
先生はこれは名案だ !、とばかりに しきりにサクラを誘えと繰り返している。
橋渡しでもしてやるつもりなんだろうか。
――― オレは、先生とふたりがいいんだけど。
今は、屈んでやっと同じ高さだけど、すぐに背も伸びると思うし。
その頃まで、やっぱり。
変わらない笑顔と、あったかい夕飯で、迎えて欲しい。
そう思えば、ひとりでも、まだ大丈夫だから。
END
サスケ 「・・・お邪魔しました」
イルカ 「おう、気をつけて帰ってな」
私は基本的にイルカ先生モテモテ(笑)が大好きなので、こんな恥ずかしいハナシをまた書いちゃうよーな気が・・・。
サスケはあんま、カカシ先生にはなつかないよーな気がするんで・・・。信頼はしてると思うけど。
By.伊田くると