恋愛牛乳


「じゃーねっ、おチビちゃんっ」


 大石副部長のチャリの後ろに乗っかった菊丸センパイが、よせばいいのに両手をふってアイサツしてきた。
 ステップに足をひっかけて立ってる姿勢なのに、バランスが崩れたら危険だとか、考えないのかね?。

 すぐに、肩から手が外れたのに気付いた副部長が、
「エージ、手放しはやめろよ」
 注意しているのがなんとなく面白い。
コンビというより もはや保護者だ。あんまりくっつかれてるとこっちは内心穏やかじゃないけど。

「サヨーナラっス」
 軽く頭を下げて返事をする。


「またねーっ」
 部活後だというのに元気な声だ。レギュラーの中で1・2を争ってスタミナないクセに。のわりに休憩時間中、一番騒々しいのもやっぱりこの人なのだが。




 チャリで通りすぎざまなので、すぐにふたりの姿は見えなくなる。菊丸センパイの声は高いというワケじゃないけど突き抜ける目立つ調子で、声だけが耳に残る。
 耳障りはそんなに良くないけど、好きな声だ。




 ふいに背後に車輪が止まる音がして振り返る。相手はわかっていたが。

 桃城武―――いっこ上の桃先輩だ。いつもじゃないが たまに部活帰りに乗せてってもらうことがある。今日はその日だった。


「おチビちゃん、ね」
 会話は聞こえていたようで、桃先輩は菊丸先輩のセリフを面白そうに繰り返した。


 ―――― なんか、バカにされてるよーでムカつく。


 菊丸先輩にも、最初に突然そう呼ばれた時はかなり驚いたし、正直ハラがたったんだけど(身体的特徴でアダ名をつけるなんて失礼なハナシだし)。
 慣れたというか、まぁ あの人の場合、悪意はちっともないわけで、なんとなく許してしまったまま今に至る。


 けど、桃先輩にそう呼ばれる筋合いはない。


 ニラみ上げたのが分かったのだろう。桃先輩は大きめの口を笑みの形にして、
「まー怒んなよ、そのうち伸びるさ、二代目」
 いたずらっぽく言った。



 ――――二代目・・・?。



 俺がそのセリフに、疑問と興味を持ったのが分かるだろうに、桃先輩は答えをはぐらかし、乗れと後ろを指差した。
 さっきの菊丸先輩と同じように、相手の肩に手をかけてステップに足を乗せる。学生カバンは前カゴにつめこんでスポーツバッグだけを背負い、チャリは人の少なくなった学校を出発した。










 辺りはもう暗い。
すいすいと、2人乗りにしては速いスピードでチャリを進める中、ようやく桃先輩が口を開く。


「エージ先輩はネーミングセンスがないんだよな。ネコなんかも白かったらシロ、三毛だったらミケ。教室で飼ってたハムスターはハムちゃんとスターちゃん。ちっちゃかったらチビ、だ」

「・・・・・・ひどいセンス」
 心底本気で相槌を打つ。

 そーいえば、俺はなんでカルピンって名づけたんだっけ?。なんて飼い猫の姿を思い出しながら。
 じゃあ、菊丸先輩にかかったらウチのカルピンもシロとか、ヒマラヤンだからヒマちゃんとかになるんだろうか。



「で、俺は入部したての頃はチビだったワケよ。海堂のヤロウよりな。んで、さっそくエージ先輩がつけてくれたのがおチビちゃん」
「・・・・・・・・・・」


 ―――― なるほど、それで二代目ね。


 やっと合点がいく。ありがたくない襲名だけど。
チビな桃先輩なんて、今じゃ想像つかないけどね。





 いつの間にか自宅前までついていた。
『越前』の表札のちょうどまん前で桃先輩がチャリを止める。

 手に反動をつけてすぐに飛び降りた。
少し加速の感覚が足に残っている。この感覚が俺はわりと好きだ。


「越前って、毎日牛乳飲んでんだよな?」
 突然 桃先輩が切り出した。カゴに入った俺のカバンを放り投げてくれながら。教科書なんか入ってないので軽い。


「・・・はぁ」
 レギュラー陣に揃って「やれよ!」と命令されたんで仕方なく続けている。パンはともかく、ゴハンには合わないからイヤなんだけど。

 桃先輩は楽しげに笑う。

「俺もやってたんだよ。いや、今でもな。おチビって呼ばれんのがくやしくてな。乾先輩が牛乳飲めば?って言ってくれたのを忠実に守ってさ」
「・・・・・・・」
 そいや、乾先輩もバカでかいよな。
手塚部長も言ってたけど、あの人も牛乳で伸びたクチなんだろう。 そんなに効くのか?、牛乳・・・。


「一年のなかばくらいで急に伸び始めて今は170。さすがに先輩もチビとは呼べなくなって、『桃』に格上げになった」

 確か菊丸先輩は170そこそこのはず。
まだ少し先輩の方が高いだろうが、わずかの差だ。体格でいうなら桃先輩の方がガッシリしてるし。




 桃先輩は自転車のハンドルにおおいかぶさるように両手を組んで、俺と目線を合わせた。
 『クセ者』ちっくにニヤリと笑って、

「『おチビちゃん』のうちじゃ、まだ先輩の眼中にないってコトだ」

「・・・・・・・・!」



 ――――・・・ナルホドね。

 鈍感そうに見えて、けっこう察してくれちゃってるワケか。






「桃先輩の場合、背は伸びてもまだ眼中にないみたいだけど」
 仕返しは皮肉で返す。



 ―――― 皮肉だけど、まあ事実デショ?。


 桃先輩はくやしそうに口を曲げた。
「ま、年下ってだけでけっこハンデはあんだよ」

 それを言うなら俺なんか、ふたつも下なんだけどね。
まあどうしようもないことだけど。







「とりあえず、牛乳は続ける」

 別れの言葉のかわりにそう言って背を向けた。
後ろで自転車が発車する。スピードのせいか、すぐにその気配もなくなった。






 ―――― けど、やっぱ桃先輩って、スポーツマンっすよね?。


 勝負はやっぱ、宣誓布告してからってコトかな、あの行動は。
キツイのは、ライバルがアンタだけじゃないってコトなんだけど。



「・・・・・・・とりあえず、牛乳かな」
 門を開けながらひとりごと。


 『おチビちゃん』を卒業してからでないと、土俵にも上がれないみたいだし。



 ため息と一緒に、またつぶやく。






「・・・・・・・・まだまだだね」






 でも、あきらめるつもり、なんてのも全然ナイんだけど。








END



 
なんか、『襲名』とか『土俵にあがる』とか、リョーマが日本的言い回しを
多用してるのがヘン・・・。
彼はやっぱ英語ペラペラなんでしょーねぇ。
 てワケで初のテニプリ小話。桃とリョーマばっかですが、心のメインは菊丸。
By.伊田くると





リョーマ 「桃先輩、一年であんな伸びたのか・・・。俺も伸びるかな?」
リョーマ父 「あ?。なんだぁ気にしてんのかあー?。伸びんじゃねぇか?。俺も母さんも高いしなぁ」
リョーマ 「なっ?!!、聞いてんなよ!、クソオヤジ!!」
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