翌日。

日曜日、休日。
当然、部活はある。
そりゃ 1日オフなんて、大会を控えた強豪校ではありえない。

 藤村が寝ている間に水野は起き出して恒例のジョギングに出かけ、藤村が寝ている間に朝食をとり 部活に向かった・・・・・・・・・ようだ。

 さわやかスポーツ少年の見本。ご立派。




 おはようを言う相手のかわりに、ルーズリーフに書かれた手紙だけが 机の上に残されていた。

 水野の部活の時間と、外に出るなら受付を通らず 昨日入った抜け道から出ろという、事務的な文面。

 なんでも そつなくこなす、という イメージを周囲から もたれやすい水野だが、意外に字は下手だ。かくかくしていて、漢字はいいのだが平仮名が なんだかぎこちなくて、全体的にヘタに見える。

 相変わらずの知己の字面に、笑みが浮かんだ。


 藤村が訪ねてきたところで 練習はサボらないところもらしい、と思う。
寮のまかないは当然食べられないので、外で食事をして それから練習風景でも冷やかしにいこうか なんて予定をくんでみた。


 寮はサッカー部の連中が多いから、今はがらんどう。
外のスズメの歌やグラウンドのかけ声が大きく聞こえるほど静かだ。時間は10時を過ぎたところ。

 ぽかぽかとした陽気が半分開いたカーテンから入ってくる。その空気に また眠気を感じていると、



 バタバタバタバタ



 静けさを壊すガサツな足音が近づいてくる。
歩幅が広い。長身だな、なんとなく判じた。

「みーずのっ、いる?」
ノックもせずにドアを開けたのは、予想通り、藤代誠二。





「――――。練習行ったで」
 手紙を折ってポケットにしまいつつ答えると、

「やっべ今日は朝練だったか。また監督に怒られるわ」
藤代は さほど困った風でもなく、あっけらと笑いかけた。








だからその手は





 藤代は水野の机にななめにこしかけた。
監督怖いんだよ、なんてぐちるわりに急いで支度を始める様子はない。

 黒地に意味不明なペイントの描かれたTシャツと、はき崩しすぎた感のあるジーンズという格好だった。試合でできない反動か、首にも腕にも やたらアクセサリが多い。

 スポーツマンらしい短髪と りりしい眉。日に焼けた愛嬌ある顔立ちは子供っぽさを残したまま成長していて、広く支持を集める『いい男』ぶりだ。

 藤村のようなプレイヤーにとっては当然そんなルックスよりもサッカーの腕前に興味があるけれど。




「サボる気はなかったんだけどなー。つい眠っちゃったよ。んー、ひさしぶり、佐藤」
 あくびしながら、藤代。マイペースだ。

「たつぼんが怒るで。サボるの、嫌いやから」
 中学時代、自分は年中怒られていた。
なつかしく思い出す。

「水野って怒りっぽいよね」
 藤代は笑う。

 後ろ暗い所なんて何もない。そんな笑みだ。



 部活行かんでいいの、と言ってやると、

「今日は部活って感じじゃないじゃん」
 口角をあげて、笑う。
せっかくいるんだしさ、佐藤。

「勝負しよ」
 大阪で どんくらいうまくなったか見してよ、と。

 京都だっちゅーねん、と一応つっこんでから、

「ええで。俺もお前に聞きたいことあるしな」
 軽く切り出す。



 藤代は身に覚えがないのか、もしくは何も考えていないのか、なに?と首をかしげたあと、

「ただじゃ答えてやんない。1ON1で勝ったらいーよ。ひとつ質問に答えたげる。そんかし、佐藤も俺の質問に答えろよ」

 今日はそういうルールのゲームで遊ぶんだ。
そんな子供みたいに、笑った。



















 水野のサッカーボールを拝借し、こっそりと寮を抜け学校を出た。
藤代が案内したのは学校からバス停ふたつ分はなれた自然公園。穴場なんだと得意げだ。

 グラウンドほどではないにしろ、よく手入れされた芝生の広場がずっと続いている。
休日の午前中なので散歩する家族や遊ぶ子供達もいるが、こちらが気をつければ支障はないだろう、と藤村は判断した。

 すぐに勝負、といきたいが、ふたりとも朝食がまだだった。途中にコンビニに寄り、まずは芝生に座って腹ごしらえをする。

 食事の間も、藤代は始終楽しげだった。
藤村も、藤代ほど屈託なくはいられないが、ああ会話のテンポが合うな、となんとなく感じてしまう。
 中学時代からそうだったかもしれない。他校の彼とは さほど接点はなかったが、顔を合わせれば靴だのアクセだの、そんな話はよくした。興味の方向が似ているのだろうか。
 藤代の持っていたケータイが、金が入ったら機種変しようかなと藤村が気に入っていた機種とカラーだったのに気づいて また苦笑する。


 食べてすぐの運動はできないので、少し休んでからアップを始めた。藤代は持ってきたボールをリフティングしたりして戯れている。
ボールさばきがうまい。なにげない動作からでも それが分かった。



「フォワード・・・・つかエースはね、点をとんなきゃいけないんだ」
 ふいに藤代は言う。

 トン、 トン、と藤代の足の上でリズム正しく弾むボール。

「でも、身長が高いからって足が不器用じゃだめ。ヘディングも上手じゃなきゃだめ」

 トン トン トン

「ちゃんと指示が聞けて、オフサイドにひっかかんない頭ももってなきゃダメ」

 トン 、トン

「前向きで、好戦的なのもいい。ボールをただ待ってるよーじゃダメダメ。よっと」

 トン トン トッ

 強く蹴り上げ、頭上より高く上がったそれを片手でキャッチした。


「水野のうけうり」

 ニッと笑って藤村を見る。
藤代の声での『水野』という言葉に藤村は内心わずかに動揺した。そういえば、不自然なほど互いに今まで会話に出していなかったのだ。水野のことは。


 ――――意外に策士だ。

 わざとではなく、本能なのかもしれない。藤村の用件など本当に藤代は知らないのだろう。それでも、そこが藤村のウイークポイントだというのは分かっているのだ。

「・・・・・・・・・・」
 今までの会話なら、藤村が返答をする場面だった。けれど口は開かなくて、ただ黙って相手を見返すしかできない。

 藤代はかまわず、ひとり言葉を続ける。

「要求が高いよね。でもなにより、パスを出すのが楽しいってMFに思わせること。それが、いいフォワード」



「・・・・・・・・・・・」

『FWむきなヤツだと、思います』
 水野のインタビューの言葉が思い出された。

 藤代をそう評した水野。


 藤代も、藤村も。

 試合でのポジションは固定のフォワードだ。そしてチームのエース。中学時代から、藤代にいたっては小学生から――――互いにその座をほかのFWに譲ったことはない。


 ――――身長ほどの差をあけて並び立っている自分達は、なんて似ているんだろう。


 藤代も藤村を見つめている。多分、同じことを考えている。そう思った。









「・・・・・・・・水野は俺を、人より多く神様に愛されてるって言ってた」
 ベタ誉めでしょ。

 俺、人に言われたこととかあんま覚えてないんだけど、これは忘れないんだよな。


 1年くらい前の話。最後にそう言って藤代は口を閉じた。



 インタビューでは水野はたったひとこと、FWむきと藤代を表現した。


 でも1年前、本人に告げていたその内容。

 藤村だってそんなこと水野から言われたことはない。
ちり・・と、胸に異物がまぎれこんだ気がした。肺が痛い。





「用意できた?。じゃ、始めよ、佐藤」


















 のどかな昼の公園にはふさわしくない実力をもったふたりの勝負は、傍目にはどちらが優勢か判断がつかなかった。

 片方がボールを持った状態でスタート。ボールをとったら勝ち。
勝負がつかず、何度も攻守をきりかえる。


 最初に勝ったのは藤代。

 ―――― さすがにうまいわ。

 足元の技術ではサッカー歴の長い藤代に一日の長がある。

 顔には出さないが悔しい。勝負前の藤代の言葉を わずかにひきずってしまっていたのもあった。

 そんな藤村には まるで気づかず、わーいと ひとしきり喜ぶ相手。それから質問を うーんうーんと考え始めた。何も考えていなかったらしい。そもそも、聞きたいことがあるのは藤村の方なのだ。

「んー、じゃあね。佐藤て初めてヤったのいつ?」

 勝負をかけてまで聞くコトだろうか。
藤村はあきれつつ、15、と正直に答えてやった。もちろん相手はシロウトさんだ。






 アホな質問に気が抜けたのか、本調子が出てきた。次の勝者は藤村。根が単純なのか、フェイント達者な藤村に見事にひっかかってくれた。

 負けを悔しがったあとは、コロッと顔を変えて何聞くの何聞くのとワクワクしている犬みたいな男に、できるだけ軽く聞こえるように質問をした。

「たつぼんとつき合うとるん?」

 藤代は目を丸くした。
えー、知んなかったの?、と意外な様子。

「そか・・・」
 正直、肯定される気はしたのだ。水野と藤代のことは。
覚悟していても、またちく、と心のどこかが痛んだけれど。


「水野と、もう長いよ。1年たつかな確か」

「1年?!」
 これには藤村も驚く。

「うまくいってるっしょ。水野ってやさしーしかわいーし」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 水野は。
 決して、優しくてかわいい、なんてヤツじゃない。

 自分ですら手を焼いたワガママできかん気な一面を。
見たことが、ないんだろうか。


 見た上でこういえるのなら大した男かもしれないが。



「あ、サッカーでだけは頑固だけどさ。厳しいし怒るし〜」



 ―――― 殴ってやりたい。





 理由ははっきりとしないけれどひどく癇に障って、藤村は本気で思った。




「・・・・・・・・・・・・・・・ほんまに、うまくいってんの?」
「いってるよ〜なんも問題なし」


「シアワセなん?」
「ん? シアワセだよ」

 ヘンなこと聞くなあ、藤代はギャハハと笑う。ずりーよ質問多いって佐藤、と笑う。








 水野は、多分。

 お前といてシアワセじゃない。



 シアワセなんかじゃない。




「あー笑った。なあ佐藤」

 よっと、と勢いつけて立ち上がりながら、藤代は まだ笑みの残る表情で藤村を見下ろした。


「何聞きたいのかなーと思ってたけど。水野のことかなあって思った」
 大当たりだよな。
すげーな俺、とまた笑う。上機嫌だ。くそ。

 見下ろされるのもシャクなので立ち上がる。人も増えてきたし、そろそろ お開きだろう。


「・・・水野、佐藤に言ってなかったんだ」
 いちねんかん、ずっと。


 そう言ったときだけ、藤代の笑みが消えた。気がした。
















 ―――― 確かめに東京に来たんだ。

 藤代本人の口から はっきりと認められて、目的は果たしたと思う。
なのに、藤代の言葉に感じた違和感が拭えない。

 つきあってる、1年続いてる、うまくいってる、シアワセだ。

 藤代はつきあいをはっきり肯定したし、何もネガティブな発言はない。
なのに、藤村には違和感と不快感、そんなわだかまった感情しか持てなかった。

 何が違うんだろうか。
これだけは分かる。藤代の言葉は、藤村の欲しい言葉ではなかった。



「・・・・・・・・・」
 ―――― じゃあなんて言われれば俺は満足したんだろうか。








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両方「藤」がつくから、読みにくいですよね。
伊田くると 08 3/3〜




モドル