「名前は」
「お前の、名前だよ」
言え、と銃口が強要する。
これ以上後ろには下がれない。かたく冷たい背中の感触。壁だ。
俺は退路を絶たれ、すぐ目の前の男に殺されかけていた。
「名前は」
そいつは繰り返す。
そういえば出くわしてからの短い間、こいつはそれしか言ってない。
銃口が額に押し付けられ、目眩がするほど恐怖した。
「た つや…」
ひりつく喉。震える声がやっと口から出た。
「・・・・・・・・・・・・・」
すると男が初めて表情を変えた。
いや、見せた。
今まで彼には表情なんて何もなかった。
「タツヤ・・・・・・・・・・・・・ミズノタツヤか?」
そして初めて違う言葉をしゃべる。
なんで俺の名前を知ってる?。そう不審に思える余裕なんかない。呼ばれ慣れた自分の名前に反射でうなずく。
そいつは俺を見下ろし、じっと眺めた。
銃は相変わらず至近距離で俺に向いていたが、引き金にかけられていた指が外れていく。
「来いよ」
銃のかわりに、グローブをはめた黒い左手が差し出された。
名前は
何もかもわからないまま、男に連れられ道を歩く。
最初は連行するように 二の腕をつかまれて ひきずられていたが、逃げ出す気力もない俺に、いつしかその束縛は解かれていた。
―――― 日が暮れ始めた頃。
彼はやっと歩みをとめた。
森の片隅。ここで夜を越すつもりらしい。
彼のバッグから水と携帯食を渡された。俺の所持品は既にどこかになくしてしまっていた。
「…あ、りがとう…」
空腹だったことすら忘れてた。
礼を言うと彼は気にするなという意味か首を軽く振った。
この島に来てから、ゲームが始まってから、初めて人ときちんと話をした事に気付く。
簡単な食事。そして放送。
呼ばれる名前。名前。みんな知っている名前。クラスメート。
「・・・・・・・・・」
もう悲しむ気力も しぼりだせない。ただ疲れた。
本当に『命』をかけた、このサバイバルゲームがスタートしてもう一日がたっている。
俺にとって それはただふらふらと禁止区域をよけ、ただ漠然と恐怖に震えていた時間だ。
誰とも会わないまま、会えないまま。
何人ものクラスメートが、死んでしまった。
俺にとって、とてもとても特別だったあいつも、もういない。
これよりふたつ前の放送・・・・・・・だったと思う。あっさりと読み上げられたその名前。実感なんかわかない。それだけでわくはずがない。でも、この事態が冗談なんかじゃなくて、俺の見てる夢じゃなくって、現実なら。
もういないんだ。あいつ。この島にも、この国にも、どこにも。
放送が終わり、また周囲は沈黙に戻る。いや、森の中は静かじゃなく、自然の音・・・というのか、ざわめきに絶えず覆われているのだけれど。
ようやくいくらか落ち着きを取り戻した俺は意を決して彼に問い質すことにした。
だって、こいつが誰かも、なんで今一緒にいるのかも、俺にはわからない。無口そうな男はほとんど口を開かなかった。
お前、だれだ?。
俺の質問に、彼はうざったそうにしつつも ゆっくりと話し始めた。
「俺は前回の優勝者だ」
「―――― 優勝・・・」
プログラム開始時。
今回のプログラム担当教官(つかそれうちの学年の主任だし。元から嫌いだったけど、やっぱろくでもない奴だった)、そいつが「転入生にも参加してもらうから」云々しゃべくっていたのを おぼろに思い出す。俺のいた位置からは見えなかったけど、こいつだったのか。
改めて目にする転入生は浅黒い肌と暗い目をした長身の持ち主で、『優勝者』という物騒な肩書も納得がいく。
今回も優勝候補に違いない。
だって現に彼はきわめて冷静な様子でいくつも武器を扱い、桜上水のものでない制服のブレザーは既に血を吸っている。俺はまだ殺されていないけど。
しかしそんな彼も、べつに好き好んで またこの地獄にやってきたんじゃなくて。
わけもわからないまま拉致され、気付けばプログラムに参加させられていたという。優勝者をひとりランダムにまぜるのがゲームのルールなんだろう、彼は無関心そうにつぶやく。
俺達と同じだ。
恐怖と同時に、目の前の殺人者に哀れみを感じるのは、その同情のせいだ。
俺達はただ誰かの意思に何もできずにここへ連れ去られた。そういう意味ではみんな無力で、犠牲者だ。
もっとも、ゲームからもクラスメート達からもただ逃げていた俺が1番無力かもしれない、けど。
「ミズノ」
隣の男は当たり前のように俺を呼ぶ。
その声は顔と同じで感情に乏しいものだけど、どこか俺への親しみがこもっているようで不思議になる。こいつにとって俺は初めて会った人間のはずで、何より彼はゲームに乗っている。なのに。
その理由を聞かないと納得できない。
頭のどこかがそれを聞く事に怯えているのがわかる。けど。
「・・・・・・・・・・・・・どうして俺を・・・・・・・・・・・殺さないんだ?、あんた」
言い終わるのとほぼ同時、森のざわめきを裂くように、大きな鳥の鳴き声にも似た銃声が鳴った。
反射的に全身が総毛だつ。続けてもう一度。
―――― ああ、どこかで誰かが殺されてる。
「遠い。心配ない」
男が言った。動く気はないらしい。
まだ動揺がおさまらない俺にかまわず、彼はなにごともないように話題を続けた。
どうして俺を殺さないのか。それは。
ゲーム開始が告げられ、島にひとりずつ散らばった時、前回優勝者の彼は当然のように殺す側に回った。
けれど。
「ただ殺すのも悪いから」
彼はルールを作った。んだそうだ。
死ぬ前に、相手にひとつだけ願いを言わせよう。
もしそれで、命乞い以外の言葉を言えば。助けてやるわけにはいかないが、死ぬ前にかなえてやってもいい。
「願い事…」
額に銃を押し付けられたあの状況で、俺がそれを尋ねられたら。助けて、以外の言葉なんか出そうにない。
彼は頷いた。
「それが普通だ」
何人も殺してきたが
みんなそう。
それが普通だ。でも、
「一人だけ」
「1番弱そうな奴だったけど」
「ミズノタツヤを守りたい」
もしそれがムリなら、
「ミズノタツヤを、守って欲しい」
「…………」
「そう言った奴がいた」
だから俺は。
お前を探していたんだと。
最後の二人になるまでは、そいつの遺言を守ってやろう。
そう決めたんだと、暗い瞳がまっすぐに俺を見つめた。
「だから俺はお前を殺さない」
ヤツの代わりに、お前を守る。
そして初めて、
「この世界にそんな奴がいた事を、俺は嬉しく思う」
笑った。
笑うとなんだか、同じ年な、普通なヤツに見えた。
そんな風に笑えるんじゃないか、騙された、なんてどこかで思った。
ふいに、彼の笑顔がゆれてぼやけた。
「…………っ」
―――― ミズノタツヤを、守りたい
―――― ミズノタツヤを、守って欲しい
それが、最後の、願いごと……
誰の、なんて聞かなくてもわかる。
「………」
前が見えない。
「泣くな」
「…っ……」
のどが焼けそうだ。
「泣くな」
「…っ……」
肺が苦しい。
「お前は幸せだ」
そうだ。
幸せ。
幸せだ。
死ぬ前に、片思いじゃなかったと、初めてわかった。
「泣くな」
そうだな。
遅くてもあさってにはまた会えるのに。
「泣くな」
でも涙が止まらないのは。
お前のことばを、お前から聞けない。
もう。聞けないって。
ホントにあいつは死んだんだって。
ホントにもういないんだって。
この島にも、この国にも、どこにも。
もういないんだって。
わかってしまったからだろう。
END
こんな暗い更新でなんだか・・・。
オリキャラでばってるけどカザ水・・・かな。
伊田くると 07.1/31