はしわたし





 火をいれたばかりの骨を箸で拾い、次の人に渡す。二人目が骨壷へ納める。火葬場で、棺を囲んで行うあの独特の儀式。

「・・・・・・・・・・・・・・・・昔、やったような・・・。ばあちゃんが死んだ時。小学生やったけど」
 アリスは遠くへ記憶を戻そうとするように 少し上を見上げ考えながら答えた。


「―――― 親族の少ない人で、なぜか俺まで やることになったんだ」
 本当はきっと、近しい人だけでやるものなんだろうけど。

 次はあなた、と 当然のように差し出された長い箸。

 まだ熱の残る棺へと箸をのばし、その先がつまんだそれは、白くて、かさかさしていて とても軽くて、踏んだら粉々になってしまう もろい物体。

 俺の箸から それを受け取った見知らぬ男はゆっくり、慎重にそれを白い壷へ放り込む。かしゃり、また独特の軽いきしむ音が壷からもれた。その作業の繰り返し。えんえんと続く箸の動き。それを見ていると、生前の教授と目の前の光景が乖離して、今 どうしてここにいるのかも判然としなくなってくる。

 箸渡しが一周して、また俺に箸がまわった。
骨がまだ残っているからだ。小石や砂のように こまかなものは火葬場の職員が拾うのだろうが、二度も回ってくるとは。簡単な作業なのに とても憂鬱に感じた。

 手近にあった十センチほどの骨片を取ることにする。箸先が骨にあたる。意外にかたい感触。


 ―――― これは。あの人のどの部分だろうか。


 法医学をかじったこともあるから、よく見ればわかることだったかもしれない。が、俺はその考えをとめた。理由はわからないが、それ以上に大きな音が急に心に響いたからだ。


 ―――― これが。アリスだったら。


 なんでそんな仮定がよぎったか、その時も、こうしてアリスが目の前にいる今もわからない。発作のように鋭く強く、そんな大声が俺の中を駆けたのだ。これがアリスだったら。アリスだったら。

 動転して、つかもうとしていた箸先がすべった。ガツッ、と小さな音をたてて骨が苦情を言う。慌ててつかみ直し、おそるおそる持ち上げた。心臓が強く波打っていた。顔がこわばる。視線が外せない箸と箸の間。確かに存在しているが、軽くてもろいそれ。


 ―――― これがアリスだったら。


 実際、これはアリスではなく、知り合ってから八年ほどの老教授の骨だ。
肉付きの良い人だったが、骨まで太いわけもなく、焼けて乾燥させられた 彼に残った最後の部分。

 それは分かっているのに。
葬儀に参列したのも、箸渡しをするのも初めてじゃないのに、どうして ふいにそんなことを思って、俺は。



 こんなに、おびえているんだろうか。








 ―――― あんなに、おびえたんだろうか。






 有栖川有栖。
この目の前の存在は、
大学時代からの友人で、今は少し離れたところに住んでいるけれど、一番頻繁に連絡をとりあう間柄で。

 犯罪を書くことを職業にしているけれど、とても のん気な面構えの平和な人間で。
 今も、シチューを なみなみおかわりするほど健康なやつだ。


 なのに。
 あの時、お前がからからの骨になってしまう想像は、こんなにも俺を打ちのめしたのだ。


 お前が箸の先にあるものになってしまったら。


 俺には、それがお前とは思えない。


 あれは、お前じゃないよな。









 俺は。
 手をのばして、アリスに触れたいと思った。


 なんで今日、よりによって今日、こいつはここにいるんだろう。
のん気な顔でおかえりと、猫達と一緒に玄関で迎えてくれたときは本当に驚いた。

 その時も、少しだけ思ったのだ。
 

 手をのばして、
触れたいと。


 皮膚と、肉と、それ伝いに感じる骨や血管の感触に。
確かめて、安心したいと。



 でも、アリスに触れたい理由はあっても口実が思いつかず、あきらめるしかなく。
目を伏せた。今日の俺は少しおかしい。会いに来たのが明日だったら、こんな気持ちにはならなかったのに。

 なぜか悔しい気までして、アリスに伸ばしたいがそうできない右手を握る。と、

す、っと視界に入ってきた俺より色の薄い手が、指先が、静かに、俺の甲に触れた。

 あたたかい。
重い。

 少しすると、確かに脈をうっているのがわかる。


 生きた掌。

 骨と全然違った。



「・・・・・・・」
 アリスは何も言わなかった。
俺も何も言えなかった。


 ただぼんやり、ああ、俺はあの人の死に、自分で思っていた以上にショックを受けたんだな、とわかった。ちょっとため息がでた。

 そしてアリスはいつも、気が利かなかったり ぼけっとしたり珍推理ばっかりしたり 変な方向にばかり興味を持ったりするくせに。




 俺が一番欲しいものを いつも与えてくれる。


 惜しみなく。当然のように。









 ―――― アリスから離すまで、このままでいよう。






 後ろで瓜がかまってと鳴いてるけど、もう少し待って。




おわり









おつきあいありがとうございました。
次はもっとアホな明るいのを書きたいです。

イダクルト 08.12/12


モドル