「・・・・・・さすがに微妙だな」
火村は のびてきた前髪のすきまから のぞく眉をひそめて、低くつぶやいた。
「意味もなく もらえないだろ、こんなの」
プレゼントの理由づけ
彼の手には ちっちゃな タイピンと。
その10倍以上の面積がある大げさなケース。
テーブルの上には それをくるんでいた包み紙&リボン。ダークグレイに金の、シックで高級感ある組み合わせだ。某有名店のロゴが箔押しされている。
―――― しまった。
早く渡したくて、買ってそのままの足で持ってきてしまったけど、それらは全部剥ぎ取って、裸でポンと渡せばよかった。私は後悔した。
プレゼントと誤解した店員に、きっちり それ用に包装されてしまったのだ (いや、確かにプレゼントなのだが)。
北白川の部屋で主の帰りを待っていた私が開口一番、
「これ、君に」
と押し付けるように渡したそれを怪訝そうに開けた火村は、今 なおいっそう怪訝そうだ。の挙句 冒頭のセリフである。
―――― 「意味もなく もらえないだろ、こんなの」
確かに。
今日は彼の誕生日でもないし。
彼が出世して (その年ではありえないが) めでたく教授になったとか、とてつもない難事件を解決したとか。そんなこともないし。ことさら なにかのイベントもなく、祝日でもなく平日だし、火村はいつも通り大学に出勤して帰ってきたところだし。
何事もない一日で、突然友人からプレゼントをもらうなんて。
確かに。
私が火村だって、ちょっと変だと思うだろう。
とりあえず、日本人らしく えへ、と曖昧に笑って見せたが、欧米型の友人は つられて笑う男ではなく。
火村の狭い下宿に、ちょっぴり気まずい沈黙が落ちる。
―――― 悲しい。
3時間ほど前。
取材・・・というほど大げさではないが、現在 構想中の作品の中で重要な意味を持って登場する『宝飾店』。あまり縁のない場所なので、描写に困るだろうと見越した私は大阪の有名店に足を運んでいた (ちなみに故ダリ社長の店ではない)。
客や従業員の数・格好、店の広さや入り口の様子、等々を見るためだ。
当然 ひやかしの客だったのだが、ふと目に留まったケースの中のタイピン。
リーズナブルという くくりで数点飾られていたが、タイピンにこの値段で どこがリーズナブルじゃ!、としか思えない なかなかの値段だ。1か所モチーフの先に本物の貴石が入ってるからなのだが。
ネクタイピンなんて私はひとつも持っていない。
会社員時代はぺーぺーで、上等なピンなどつけてる場合もなくネクタイ振り乱して走りまわらされてたし。今は今で、スーツすら着ない、いや家からすらめったに出ない ひきこもりがちな自由業。
今後も、つける機会はそうないだろう。
―――― まだ。
火村のが、機会はあるやろうな。
脳裏に すっと楽に描ける友人の顔。
きっちりしめてもいないがネクタイにスーツという制服で、今も学生に講義をぶっているだろう彼。
こうして会っていない時間にも、私はよく彼のことを思い出す。
たまに、私がこうして思い出すほど、彼は私がいない時 私のことなど考えないのだろうな、などと落ちこんでみたりもする。でもやっぱり私は彼のことを考える。考えてしまう。
―――― 火村なら。
なにか正装しないといけない場に出ることもあるだろう。仕事上の関係で式典だのなんだのとボヤいてるところを見たこともある。
ふだんは使わなくても、いざって時にあってもええよな。
ジャマにはなるまい。うん。
きれいに並んでいるピンの中で、目についたひとつ。
黒と青との中間のような、奥の深いでも澄んだ石と、それをかこむシンプルなシルバーのデザインのそれは。
火村に とても似合いそうで、実はひと目見てすぐ買いたくなっていたのだ。
気づけば うきうきと、私は上品な店員に購入を告げていた。
私は好きな人に あれをあげたいとかこれをしたいとか、わりと年中考える男だ。
もしくは、年中好きな人のことを考えてるから、あれこれ物を見たり聞いたりですぐに連想していってるのかもしれない。
お隣さんにお菓子をもらったら、火村もこんなん好きだろうなあとか。新幹線に乗っていてきれいに富士山が見えたら、これは火村にも見せてやらねば!!、などと急いで写真にとってしまったり。
あ、順番が前後してしまったけど、私の好きな相手はもちろん火村だ。火村英生。本人には内緒だけど。
まあそんなわけで、学生時代から今にいたるまで、私はわりと ちょこちょこと意中の友人にプレゼントを渡したりしていた。
のだが。
―――― ○万のタイピンはさすがにまずかった・・・・・。
火村は宝石には詳しくないだろうが、安くないものだというのは分かってしまっただろう。今までの私のささやかなプレゼントは ほとんどが食品・消耗品で、『さしいれ』 『おみやげ』 といった方が似つかわしいものだったから、カテゴリが違う。違いすぎる。
火村が戸惑うのも無理はない。
「なんで俺に?」
長い指が扱いに困ったようにケースをもてあそんでいる。
タイピンから私にゆっくり視線を移したため 自然上目遣いになったテーブル越しの私を見る黒い目に、心臓がより強く鳴り出した。
―――― いつになっても慣れない。
いいかげん長いとあきれるが、私は いまだに恋をしている。
「アリス?」
「いやっちょっちょっと考えさせてくれ!」
返事をしない私に催促がきたが、答えがまとまらないので逃げた。
なんでこれをくれるんだ? という質問に対しての返事として ちぐはぐだ。ちょっと考えるってなんだよ、と当たり前の疑問が彼の口から つぶやかれたがそれは無視する。
私の頭は、この場をどう乗り切るか、猛烈に必死に働き出していた。
『ただの友人』になんの理由もなくあげるものではないものを選んでしまった。うかれていたゆえのミスだ。火村を納得させなければ。しかし、どうやって?。
いくつか案ともいえない案が焦った頭に浮かぶが、とても使えない。
どうつくろったって変だ。ムリかもしれない。
「・・・・・・・っ」
―――― ならいっそ。
ごまかせないなら、いっそ。これをきっかけに、告白してしまおうか・・・・?
『なんで俺に?』
火村はそう不思議がるが、そんなの簡単で、
君が好きだから
その言葉ですべて説明できるのだ。
好きだから、君にあげたくて、身に着けて欲しくて、その手が持ってるだけでも ほっこり嬉しい気持ちになれるのだと。
そう伝えたら。
世界が、変わるかもしれない。
言わないと決めているわけじゃない。ずっと、長いこと秘めていたが、一生黙っているつもりでもなかっただろう?。
いつかは。
そう思っていたはずだ。
それが今じゃないのか?。
「・・・・・ 」
言え !。
今がチャンスだ !
チャンスをつかめ !!!
有栖川有栖 !!
「・・・・・・・・・・っ」
のどが鳴る。知らないうちに両手がズボンを あとがつくほど握り締めていた。
火村。
長い間友達だった。
とても大事な友達だ。
言ってしまった言葉に取り返しはつかず、その関係がその後どう激動するかは、神にしかわからない。そして私はギャンブルのできない性質だ。
言っていいものか・・・・
衝動と同じほど強いためらいに襲われる。
今までのつきあいをなくす覚悟での告白など、やはりそう生半な気持ちではできない。火村が私をどう思ってるかも、少しは望みがあったりとか・・・そういうのも、この友人からは読み取れなくて、いや普通に考えれば火村が同性の友人の私に恋愛感情を持っているはずがないので、勝率は五分五分どころか もっと低いのだろうし。
告白するなら今だ。
でも。
本当にしてしまっていいのか・・・。
どうしよう。どうしようどうしよう。
結局。
へたれとそしりを受けようが、私は決断ができなかった。
「しっ しばらく考えさせてくれ !!!」
出てきたのは、またも意味不明な逃げのセリフ。
情けない・・・。
アワアワした後 今度はしょぼんと肩を落とす私を見やり、なぜか優しい声音で、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ考えがまとまったらくれよ」
ことり。
テーブルにケースを置いて 薄く苦笑いをした火村が。
私の内心なんて10年も前からお見通しだったということを私が教えてもらえるのは、
タイピンの保証書の開始年月日から、1年が過ぎる頃だった。
おわり
この人たち悠長だな!!
ずーっと片想いのへたれアリスと、まんざらでもないくせに自分は動かず告白を待ってるヒムラさんでした。
伊田くると 07.1/9