「火村、あの・・・・ちゃんと、聞いてほしい」
「昨日・・・君の家に 泊めてもらった時なんやけど」
「君・・・夜中、うなされてたで、ひどく」
有栖川が言いにくそうに、しかし強い語調で俺に告げる。
この話題は流させない、きちんと話そう。そんな目をして。
「・・・・」
息がつまった。
きみを
すくいたい
思い出したくもない事件―――― 俺の人生を根底から変えてしまった出来事だ――――。それ以来、自分が時折・・・いや、しばしば逃げようのない悪夢につかまり、身をひきずられているのは とうに自覚している。
事件の後遺症。強くなんかない俺の精神を じくじくと蝕む傷。
医者にかかる気はないが これは立派な神経症だ。俺は病んでる。認めよう。だが、俺の問題だろう?。
昨夜、終電をのがし家に帰れなくなったと泣きついてきた有栖川を泊めたのはミスだった。俺は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。
ふとんのはしっこでいいから寝かして、と有栖川は俺のせんべい布団にもぐりこんできた。下宿の部屋は六畳の和室がふた間で、学生ひとりが暮らすには十分な広さだが、俺は大量の本でその面積の多くを埋めていたため、台所か俺の寝室しか人間の寝場所はない。嫌がってもしょうもないことで、並んで眠るしかなかった。
本当に眠るつもりはなかった。他人のすぐそばで眠れるはずもないと思った。が、レポートや勉強で睡眠の足りない日々を過ごしていた俺は、有栖川の隣に横になっているうち、いつしか うとうとしてしまったらしい。
浅い眠りが悪夢を呼んだのか。よりによって。有栖川に見られてしまった。
彼が自分に寄せてくる、本気の気遣いや あたたかいまなざしが、俺は苦手だ。そんなもの俺には必要ない。いらないんだ。どうせ何も返せない。うっとうしいよ、やめてくれ。
有栖川はおキレイな人間だ。多少の屈折や傷があっても、俺みたいに落伍しちゃいない。芯のとこは真っ当に、ちゃんとしてる男だ。だからこそ、俺みたいな本道から外れた哀れな人間に あんな無条件に優しい誠意をくれるんだろう。
そういえば以前から、有栖川は俺を心配げに見つめていることがあった。
頭の回転が速いわけじゃないが優しい男だから、俺のいびつな傷を感じ取ってしまうんだと思う。誰にも見せないでいたはずで、現に誰にも隠せていたはずのそれを、あいつだけは気づいて見つけてしまうんだと思う。
そしてそれをしょせん他人のことだと無視できないほど、・・・・・・・・・・・・・いい奴なのだ。こっちに来いと、俺を明るい所へ誘導しようとして頑張っていた。俺は救われたいわけじゃないけど。有栖川は俺を救いたいと願っている。
そんな彼に見せてしまった俺の病の根幹を、彼が黙って見過ごすはずはなかった。
きっと傷を聞かれる。傷を開かれる。好奇心でなく優しさから。もうひとりで苦しむなと。
無理だ。話したくない。渦を巻いた殺意はまだ、話せるほど俺の中で終わった話じゃないのに。
5月に出会ったあの日から、続いていた友情(と言っていいのか?) が終わりそうだな。俺は思った。
有栖川の追及に、俺は嘘と拒絶しか返せない。お前は失望して俺から離れるだろう。
覚悟を決めた。
胸が痛い。
覚悟は決めた。
ああでも、俺はお前ともうちょっと・・・・友達でいたかった。
'06.12/3
★
そして今。
本に囲まれた部屋の中でふたり向き合っている。
俺の内心など知るはずもない。有栖川は真剣なまなざしで繰り返す。
「火村。君はひどくうなされてた。苦しすぎて死んでしまうんやないかって、怖くなるほど」
・・・ああ、いつも。
俺はとても暗く怖い、夢を、みている。
「なぁ、火村」
ごめん。でも、聞かないで欲しい。
その理由に、俺の暗部に近づかないで欲しい。
どうか、聞かないで。
このまま、昨日と同じ友達でいてくれないか。
「火村、聞いて」
嘘をつきたくない。お前を拒絶したくない。
俺は。
「俺には、分かった」
何がわかったっていうんだ。お前は、俺の気持ちを少しもわかってくれないじゃねぇか。
「分かったんや」
「悪霊のしわざやな!」
なんだって?!!。
「前から思ってた。この部屋、ストーブつけてても なんか時折ふいに寒くなるんや」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・隙間風じゃねぇのか」
窓の近くとか行くと、俺も時々寒くなる。
「遠くから、物悲しい猫の声が聞こえたこともある」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、飼ってるんだけど」
あちこち ふらふらしてるから目にしたことはないかもしれないが、ここに猫はいる、普通に。
「ふすまのあいだから和服を着た老婆の姿が見えたこともあんねや。君が怖がると思って・・・言わんかったけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大家のばあちゃんじゃねぇかな・・・・」
ガリガリガリ
柱を乱暴にひっかく音。有栖川がハッと振り向く。
「ほら! 今も、いないはずの猫の爪の音や!」
「だから、飼ってるん」
だってば、と言ったのと同時、今度は頭上から、ぴしぃっ、と耳に響く音。
「ラップ音!!」
「家鳴りだ!!」
ボロい木造二階建てなんだよここは!!。
なんなんだ。
俺の気持ちを分かってないにもホドってもんがあるだろう?!!。
有栖川は俺の言葉などまったく聞こえていない様子で、文科系のくせに やけに力強く俺の肩をつかんだ。がしっと。
自然、間近になった俺より薄い色した瞳は真剣そのもので、ひとり異様にテンションが上がっている。
「火村、ここはアカン、かなりの幽霊屋敷や。お前、昨日も金縛りにあってたんやろ?!!」
金縛り?!!って、
「おい、違うって、ありすが」
「俺が除霊したる!!!。お前を救ったる!!!。まかせとけ、火村!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お・・・・おう・・・」
この俺が。
この俺が言い負かされたなんて初めてだった。
有栖川に両肩をつかまれたまま、迫力にのまれ、俺は ついうなずいてしまっていた。
ああこいつ、バカだったんだなぁ・・・・。
うなずいておとなしくなった俺に、嬉しそうに にへらーっと平和に笑う男を眺め、俺は感動した。
神様、ありがとう。
カケラも信じていないどこぞの神様に、ちょこっと感謝をしたほど。
お前がちょっぴりバカで、妄想と誤解が突っ走る体質のおかげで もう少し友情が続きそうだぜ、アミーゴ。
嬉しくて、俺も有栖川に笑ってみた。「なにたくらみ笑いしてるん?」と言われてムッとしたが。
その後、当時の俺の予想を裏切って延々10年以上も この友情は続いていくのだが。
俺のフィールドワークについてきては、トンデモな方向にステキ推理をかますあいつが大好きだ。
そのままのバカでかわいいお前でいてくれ。
そのうち、ちゃんと話すからさ。
おわり
どこまでもすれ違っているふたり。
タイトルと冒頭から、シリアス?と思っていただけたらこんなに嬉しいことはないです。
アホ話ですみませんでした。
伊田くると '06.12/6