ひえーーーーー。
もう、そう思う自分に慣れ始めているような、とあきれる。が、しょうがないだろう。
朝、どこか分からない見慣れない場所で目が覚めて。
自分は正真正銘裸の状態で。
さらに、ベッドに己のほかの姿を目にすれば、そう思ってしまうのも無理はないはずだ。
幼なじみの恋・3
現状と記憶がうまくかみ合わない。
そういえばなんだこの手首の痣は。なんだか噛み痕みたいに見え――――。
自分の手首を返して眺め(ちょっと痛かったのですぐ気づいた)、それがきっかけに、昨夜の出来事がぶわーっとよみがえる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そうだ、この、後ろ姿の、(たぶん裸で。だって肩むきだしだし)寝てる男は、森下刑事だ。あろうことか。日ごろお世話になっている府警の刑事さんだ。このベッドも、部屋も、彼のものだ。
やらかした事態に、二日酔いに増して頭が痛い。がんがんする。この際突っ伏して泣きたい。が現実逃避はあとだ。
とりあえず慌てて身づくろいして(とんでもないとこに飛ばされているシャツやらを拾い集めて、勝手に洗面所を使わせてもらって)、散らかっているつまみだののゴミを袋に入れ、酒ビンを流しにまとめて置くと、爆睡している刑事を置いて外に出ようとした。なんだかもうそれしかないと思ったからだ。
顔をあわせたら憤死する。絶対。
願えるなら・・・・・・起きたら忘れてて欲しい。すっかりさっぱり。
記憶喪失になっててくれ。
が、こっそりだったのに、カギを開けるカチャリという金属音に、反応してパッと目覚められるとは。
まっっったく予想外だった。
腐っても刑事。という失礼な言葉が頭をまわる。
「・・・・・・・先生?」
「・・・・っっっっ」
背中にかけられた声に、どんな顔して振り向けばいいのか分からない。本当に憤死してしまうかもしれない。
硬直してしまったが、後ろから身じろぎする気配がする。
このまま扉を開けて逃げ出したいが、そうもいかない。
ホラー映画の登場人物の気持ちをひしひしと感じつつ、意を決して恐る恐る振り向く。と、上体を起こした刑事と目が合い、やっぱり何も着ていないその上半身を見て、頭を抱えたくなった。ある意味今の俺にはゾンビよりショッキングだ。
そして俺達は互いにとって「とりあえず」であろう、一般常識・・・つまり、朝の挨拶をかわした。
大雑把過ぎる片付けなのにお礼を言われ、冷蔵庫から水をもらい、ふたりで飲んだ。
――――沈黙が重い。
外からは動き出した人の気配がしていて、とてもさわやかな朝のようなのに。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
昨夜と同じに床に座って(昨夜より距離をあけて)、たぶんふたりとも困った顔してる。
「あー、のですね、僕」
「え、いや・・・・俺のが、失、礼しました」
「いや、僕のがその、スミマセン」
なんてぎこちない会話だ。ロボか。
不幸なことに、俺も彼も、記憶喪失にはならなかったらしい(俺はまだ断片的なところしか思い出せないが)。仕事相手になんてことを、という後悔が何重にもなってのしかかる。
「これから現場とかで会うの気まずいですね・・・僕絶対キョドりますし・・・」
まったく同感だ。頼むから森下さん転勤になってくれないかな・・・・できるだけ彼方へ。つい願う。
そういえば彼は昨夜は大阪弁が前面に出ていた気がする。かしこまった口調は、慣れた今までの彼のものだ。
「昨日は・・・ですね」
昨日。
昨日がどうした?!!。
「っ!」
突然放り込んでくるのか!?。と一気に警戒態勢に入る。これ以上追い詰めないで欲しい。寿命がガンガン縮んでる気がするぞ。
森下刑事は少し考えるそぶりをした後、
「最後まではやってないと思います、多分ですけど」
途中で寝ちゃったんじゃないですかね。
「・・・・・・・・・そ・そうですか・・・」
彼もそこまで鮮明な記憶を持っていないらしい。真相は定かでないが、そうした方がお互いにいい気がする。俺はあわててうなずいた。がくんと首を動かすと、頭痛がひどくなる。苦しい。
そうだ。それを真実として納得することにしよう。途中ってなに?!。じゃあどこまでやったんだよ?!と事実関係を追求したい学者のサガ?はあるにはあるが。知らなくていいことも世の中にはあるはずだ。
「先生に恋人がいるのに、すみません。でも僕、昨日のこと、絶対誰にもしゃべったりしませんから!!。安心してください」
恋人がいるのはむしろそっちなのではという気がしたが、俺はまたあわててうなずいた。頭が痛い。いや、こんな痛み安いものだ。しゃべらない。なかったことにしてくれる。
そうした方がお互いにいい気がする。すごくする。そうとも。
<なかったことで合意>
「・・・・・・・・」
こ、これが一夜の過ちってやつか・・・まさか自分がこんなメに陥るとは思ってもいなかった。
人生って恐ろしい・・・。
――――
―――― いや。
ちょっと待て。
『一夜の過ち』。
過ちってお前・・・・・。
俺は、つきあって間もないコイビトがいながら、さっそく浮気したとんでもないヤツってことになってるんじゃないだろうか。
これがバレたら。
アリスに、バレたら。
最後に見た、照れ笑いが浮かんだ。
幼なじみの恋みたいだと言った、優しい声が聞こえた。
2011/11/28
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イダクルト
2011/11/28〜