「お前ってエロいな」



 後ろから突然そんなことを言われたので。



 仕事部屋で、机に向かって勤勉にワープロを叩いていた私はギョギョッと火村を振り返った。





    足




 声はリビングから。
ソファに だらしなく横たわっていた火村のものだ。ずっと寝ているのかと思っていたが、彼は起きていた。発音もしっかりしているし、いつ目を覚ましたのだろう。

 起きたそのままの姿勢で寝そべって読書していたようだ。目を凝らすと、カバーの色から彼が両手に持っているのが私の新刊だと分かった。
 あまりミステリには興味のない男だが、友人のよしみか私の作品には ひと通り目を通す気はあるらしい。





 数時間前。

 仕事のついでで こっちまで来たから、と 私のマンションに立ち寄った火村英生は、疲れたから昼寝させてくれ、仕事の邪魔はしないから。 と一方的に宣言し、すぐソファを陣取り眠りについた。

 ひさしぶりに会ったのにそれかい、と文句のひとつも言いたいが、寝たいという時の火村を邪魔しないことにしている。

 昔からこの友人は、たまに悪夢にうなされて不眠に陥ることがあるから。
眠れる時に存分寝てもらいたい。





 そう急ぎではなかったものの、私も原稿があるから眠る火村を放って大まかな筋立てを作っていた。うちに時間はたち、気づけばもう夕飯時だ。

 画面の電源を入れっぱなしのままにして、私は立ち上がってリビングに足を向けた。


「やぶからぼうになんやねん」

 ―――― お前ってエロいな。
 なんて。


 私はちゃんと真面目に仕事をしていた。火村からはソファの背がジャマで私の後ろ姿も見えなかったろうが、なにを根拠に人をエロ呼ばわりするのか。

 火村は中ほどまでページの進んでいる本を腹に載せ、近づいた私に にまっと笑った。
珍しくその唇にキャメルは くわえられていない。

「作家って恥ずかしいな。文章に作者の人間性が出る。露出趣味でもなきゃ いたたまれないんじゃないか」

 エロ発言は私の作品を読んでのものらしい。

「・・・・・・」
 内心ちょっとあせりつつ記憶をたどる。
火村の読みさしの短編にはなにが入っていたっけ。私は加筆の必要がある時以外で あまり自分の過去の作品を読み直さないので、すぐには浮かばない。が私はミステリ書きだし、そうエロチックなシーンなどあるはずないんだが。


 火村はそんな私にかまわず、言葉を継いだ。

「前からちょっと思ってたけど」


「お前って足フェチだよな」


 被害者の女、不必要なほど足の描写されてるぜ。事件に関係あるのかと深読みしちまったじゃないか。


 あし。


 その言葉に、本当に無意識に視界に入っていた火村の足に目が行った。

 ソファにだらしなく乗っかって、当然背があまるのでだらりとはみ出ている二本の足。スーツのズボンの裾からのぞく細い足首。キレイな肌色。つかめそうなアキレス腱。かかと。邪魔だったのか、靴下を足の甲のなかばあたりまでずり下ろしてあって、血管まで透けて見えた。


「アリス?」

 怪訝そうな声に慌てて目を離す。火村は声に見合った目で こちらを見ていた。からかってるのに、いつものように私が言い返さないものだから不思議そうだ。




 確かに私は。




 わりと足がスキだ。




 女性でも、セックスシンボルの最たるものだろう ふくよかな胸やヒップより、手指や足などのパーツの方がそそられる。元から何事にもマニアックなたちだから自然かもしれないが。



 火村の足も。


 なんというか・・・そそられる足だなと思う。


 今彼の足を見て、片手で強くつかみたいだとか隠されたズボンの中まで腕をつっこみたいだとか衝動がわくんだから、『足フェチ』指摘は見事に当たっている。


「なんだよ、図星つかれて照れてんのか?」
 起き上がろうとする上体の動きにあわせ、火村の両足が揺れた。


「うん。君もいい足してるわ」

 今度さわってもええか?


 半ば本気で尋ねてみると、一瞬きょとんとした後 火村は珍しく けらけらと笑った。



end






アリ火小話でした。ほんのりアリス変態。
イベント前で準備が終わってないのに つい小話。
伊田くると 06.10/6

ところで、結局原作の火村先生は推理小説が好きなのか嫌いなのか。どうなんだろう。

モドル