意地悪の理由
――― 意地悪なヒトってのは、そりゃ前から知ってるけど。
でもさすがに、服が燃えて (そりゃ燃やしたのはおれ自身だけどさ)、ハダカでふるえる(いや、ハダカっていっても上半身だけだけど)、自分の半分ほどしか生きてないコドモに、上着も貸さずニコニコ笑ってるなんて、どーゆー神経してるんだろーかと疑ってしまう。
多分神経はワイヤー以上に頑丈ってのも、知ってるけど。
別に年下だから、コドモだから甘やかしてもらおうなんて思ってもないけど。
「寒そーだねぇ エルウッドくんv」
――― ここまで楽しそうなのは、なんかちょっとチガくないか?。
なんかムカつく。
ニコニコ いつもどおりに笑ってるけど、誰と戦ってきたんだか、隙なく着こなしたスーツにはところどころ血がこびりついている。珍しく、敵の血だけじゃない。
このヒトも、血はやっぱ赤いんだ・・・、と再確認。
いや、普段の言動が宇宙人っぽいから。
おれはちょっとため息つきつつ答える。
「寒いよ。スミスさん」
そういい返してやると、少しキョトンとした顔をした。そしてまた笑顔に戻り、
「んー、やっぱりいいなぁその名前。ね、もう一回呼んでくれる?」
―――― 今度は何をいってるんだこのヒトは。
あきれつつ、一回きりだと心に決めてリクエスト通りにしてやることにする。おれってば、甘いかも。
「・・・スミスさん。これでいい?」
「・・・うん、ありがとう」
―――・・・。
なに、いまの。
じっと見てると恐くなりそうなアイスブルーの両目を優しく細めて、こっちをちょっと振り返って見せてくれた笑顔。
いつも笑ってるヒトなのに。
なのに、なのに全然違う――――
―――・・・そんなカオ、初めてみた・・・。
今ごろ、ガンマは戦ってるのに。
指輪に喰われた少年を守ろうと、懸命になってるウルフィーナさんがいるのに。
そーゆーコトが、一瞬全部どっかにいってしまった。目の前のヒトだけで、全部いっぱいになってしまった。
―――・・・なにそれ。おれ、やばくねぇ?。
なんだか恐くなって、身体がふるえる。
「あ、やっぱ寒かった?」
それに気づいたスミスさんが声をかけたときには、もう、いつもの飄々としたスミスさんで。
おれはホッとして首をふった。
「へーき。どーせ上着貸してくれる気なんかないんだろ」
「はは、あたり。もったいなくて貸せないよ」
左手をひらひらふって、ふざけた返答。
―――・・・ムッムカつくーっ!!。
おれが着たらスーツがダメになるってか!!。
またも交戦状態に入ろうかという矢先、いつのまにかおれのそばに近づいてきてたスミスさんの左手が、冷えた肩にふれて、そのまま止める間もなく
首筋にキスされた。
「なっなっなっなにして・・・」
おれの身体も冷えてるはずだけど、スミスさんの手はもっと冷たかった。
唇も。
「ふざけんなって!」
強くおしのけると、意外に抵抗なく、すっと身体を離してくれる。
メガネの奥の瞳がいたずらっぽく笑っていた。
「頑固なお父さんのせいで、きみの生肌なんかめったに見られないからねー。すぐに上着かしちゃもったいないでしょ」
「お、お父さん・・・?」
それに!!、とスミスさんは人差し指をおれの目の前につきつける。
「その首みたら、お父さんがなんて言うか、ってお楽しみもあるしね」
――― くび・・・?
言われて、じょじょに血の気がひいていく。
そいや、一瞬ちょっと痛かったよーな・・・。
「まさか・・・」
「まさか、だね。察しがいいなぁきみは」
この上なくにこやかに笑う、おれにとって宇宙人より不可解なヒト。
「ちょっと!!、スミスさん上着かしてよ!!。こんなのガンマにみられたら・・・!!」
「あはは。いやー楽しみだなあ」
「スミスさん!!、上着かしてってば!!」
ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・
「?!。この音・・・」
突如響いてきた、地をゆるがす轟音。
「おや。ガンマが来たみたいだなぁ。はは、派手だねあいかわらず」
なんだか恐ろしいスピードで近くなってくる列車の先頭に、銀のコート。
「ガンマっ!」
「てめぇスミス!!、なに断りもなくエルウッドに近づいてやがる!!!」
遠くから怒鳴っているのが、轟音にまじって聞こえてくる。
「うーん、バレたらこのままひかれちゃいそーだねぇ」
「そんなこといってる場合じゃないよ!、このままじゃあの列車、街につっこんじゃうんじゃ・・・!」
進路は、まっすぐにアルカンタラの住宅街へ向かっている。
――― どうしよう・・・あの列車、暴走状態みたいだ。
あわてるおれを、ふだんと変わらぬポーカーフェイスで眺めていたスミスさんが、すっと両手に拳銃をかまえた。
「ま、僕は街がどーなろうとどーでもいいんだけど。君に意地悪したおわびに、特別にね」
「・・・え?」
そして、言うやいなやものすごいスピードで二丁拳銃を連射した。
「!」
彼がなにをやろうとしているのかを察知して、おれは思わず息をのんだ。
暴走する列車の、数多くの車輪のビスを全部ぶちぬいたのだ。
正直、おれの目には高速回転する車輪の位置すら見えなかった。
―――・・・すごい・・・。
片側の車輪のタガを全てはずしたおかげで、ただ前方に突進していた列車はバランスを崩し、普通なら横転するところが、勢いの強さはとまらず、片車輪の力だけで進んでいく。
つまり、ぐいんとカーブした。
進路は完全にアルカンタラを逸れていく。
「―――・・・・っ」
全身から力がぬけた。
神業をいとも簡単にやってのけたスーツ姿の男が、愛銃をしまいながらおれに笑いかける。
―――・・・あんたって、ほんと、スゴイひとだよな。
意地悪で、宇宙人だけど。
「・・・これが、おれに意地悪したわび?」
背の高いスミスさんを睨むように見上げて尋ねると、ちょっと困った顔をみせる。
「たりなかったかな?」
「・・・十分すぎだよ。あんた、何人の命を救ったと思ってる?」
おれの言葉に、面白そうに口元だけでほほえんだ。
「きみにはそーゆーことが重要なの?」
「重要だよ、当たり前だろ!」
列車から地面に飛び降りたガンマが、ケガしているのか、ぐったりしているウルフィーナさんとその弟を抱えてこちらに歩いてくるのが遠目に見えた。
スミスさんはさっきまで銃を握っていた左手でおれの首にふれる。
「僕には、きみが僕を名前で呼んでくれることと」
冷たい親指がゆっくりとなぞるのは、キスされた場所。
そこにまた唇を寄せて、低く耳元でささやいた。
「それとここ以外に、キスマークがなかったことのほうが重要だけどね」
「・・・!」
また、ぞくっと身体が震えたおれに、いたずらまじりの目で尋ねる。
「やっぱり寒くなっちゃったかな?」
そんな理由じゃないって知ってるくせに。
「しかたない、貸してあげるよ」
けど、すっと肩にかけてもらったスーツはありがたくいただいておこう。
―――・・・なんでこのヒトは、おれとガンマのことを誤解してるかな。
血のにじんだワイシャツ姿のスミスさんをこっそり見上げて、ため息をつく。
―――・・・あんたのつけたとこ以外に、キスマークなんてあるわけないのに。
ガンマはあんたと違って、こーゆーことに関しては常識人なんだって、パートナーのくせに知らないのかな。
別に、教えてやらないけど。
なんだかおかしくなって笑い出したおれを、スミスさんはきょとんと見返した。
「なに?」
「なんでもない」
「???」
いつも意地悪されてるから、このくらいの仕返し、カワイイもんだろ?。
ホントはこの時エルウッド、ウルフィーナとエミリオを助けてるんだけど・・・
イチャついてる場合じゃないよ・・・。スミマセン・・・。
しかしスミスさんの名前の秘密ってなんなのさ・・・。伏線はりまくりのまま終わっちゃって、気になりますー。
By.イダクルト