SECOND KEYPOINT .2
家に帰らないで連日ほっつき歩いてた頃もあったから、俺は寝汚いし 場所も選ばず熟睡できる。
流川のチャリの荷台にのっかって寝ちまったてのは危ない気がするが (落ちたら大ケガだろ。しかもマヌケだ)、途中から記憶がすぽっとないから、よほど深く寝入ってしまったらしい。
流川は当然 日の浅い先輩である俺の自宅など知らなかったので、寝こける俺をどうにもできず、流川家に連れ帰ってくれたらしい。
チャリからおりて屋敷に運びいれられても起きなかったんだから、ホント、疲れたまってんだな・・・俺。
翌朝。
流川の親とは思えない良心的なお母さんが世話をやいてくれて、俺は朝飯をごちそうになって家を出た。
朝からコメなんか食ったのマジでひさしぶりだ。
朝練に行く息子に合わせて起きてくれて、メシまで用意してくれる母親なんているんだなーとビックリしてしまう。
俺は起きるのは自分でだし、メシなんかないからカロメとかそのへんをパクつきながら学校に向かうのが常だというのに。
朝の光の中、流川はやっぱり眠そうに頭をかいてあくびしている。オッサンぽいしぐさだが、親衛隊の連中なんかはこんなんでもキャーとか喜べるんだろう。フシギだ。
俺は、どうも昨日は8時ぐらいから寝どおしだったみたいなのでさすがに睡眠たっぷりで元気回復だ。筋肉痛はあるけど。
すがすがしい空気に、流川のマネしてあくび・・・じゃなくのびをする。シャツが肩にあってなくて、ちょっと居心地悪かった。
学校指定の白シャツは洗濯してもらってるので、今着てるのは流川のヤツだ。
背は大して変わらないけど、シャツはワンサイズ上らしく、ゆるい。だぶついたカッコはあまりスキじゃないが仕方なかった。
流川がチャリの用意をしてると、玄関から母親が現れて、俺にビニールのバッグを手渡した。
家に寄らずに学校に向かうから、そういえば俺は制服だけじゃなく部活用のTシャツなんかも替えがなかった。どうやらそーゆーの一式入れてくれてるらしい。気のつくヒトだなあ、とマジで感心して礼を言った。もちろん、泊めてもらったことも。
チャリの前カゴにバッグを置き、いつでも出発できる状態で流川がそんなやりとりを無表情に眺めていた。慣れない敬語を一生懸命使ってたトコを見られるのはちょっとカッコ悪い。
「おう、待たせたな」
声をかけるとひょっとしてうなずいたのかな?という程度にあごをひく。後ろの荷台にのっかると、ガタッと勢いつけてスタートした。
流川の部屋にはスタイリングフォームなんてなかったので、セットしてない髪が風にいいようになぶられる。気合いれてセットしても、練習で汗かきゃいつのまにか崩れちまうもんだけど。髪をいじるのはキライじゃない。
「おい」
シャツの背中に声をかけた。
「ウス」
「昨日は悪かったな。オフクロさんによろしく言っといてくれよ」
面と向かって感謝するのは気恥ずかしくて、流川の母には礼を言ったけど、こいつ本人にはまだなにも伝えてなかった。
「ウス」
流川の返事は変わらない。顔を見てないと怒ってんだかそうじゃないんだか分からん。と思ったが、こいつの場合ツラつきあわせても分からんヤツだったと思い返す。
無表情すぎだ。
桜木の言うキツネ、ての、分かるよな。ツンとしてて感情が伝わらない感じ。あのアカギの妹も気の毒に。こんな冷たいヤツじゃな・・。
――――カラダはあんなに熱いのに。
「はぁっ?!!」
ふと頭をよぎったキモイ考えにびびって大声をあげてしまった。さすがに流川も振り向く。なんでもないと返すと眉しかめつつもまた前に戻ったのに安心しつつ、その背中を見た。
何考えてんだ俺――――。
今日は元気な俺なので、横向きに座ってチャリの尻をつかんでカラダを支えている。が、疲労困憊だった昨日―――― は きっと。
―――― こいつによっかかってたんだろーな・・・。
なんつーか不覚だ。よっかかったこととか、寝こけたこととか、泊めてもらったこととか。さっきの敬語も。
弱点みられた!!て気分になる。
でもそれで、流川のカラダが熱いと、すっと思考に入ってたわけで。
マジで熱いのか?。練習中にぶつかったときはどうだったかな・・・覚えてねぇ。でもこいつ、どっちかってーと冷たそうだけど・・・
空いてる右手をそっと上げて、その背中のシャツに当てて確かめようとしたところで・・・・・・
「ぉわっ」
ガクン、と歩道の段差をチャリの前輪が通過して、次いで後輪も通ったから、二度衝撃がきた。
最初からきちっとつかまってなかった上に、片手を浮かせてたもんだから一瞬カラダが荷台から浮く。びびって、反射的に背中にしがみついた。
ひゃー、びっくりした・・・
「てめっ安全運転しろよ!!」
後ろから怒鳴ると、半分眠ってるような声がまた「ウス」と返してくる。にくたらしい。つかんでしまった手を離す時にバシっと一発叩いておく。離れた指先は、もらった熱が残っていて温度が上がっていた。
なるほど、確かに熱い。
学校近くまできた道で、歩いてた宮城と出くわす。
「よお」とチャリで追い抜きざまに声をかけると、ぎょぎょってカンジに驚いてた宮城のタレ目に、確かに流川と俺が2ケツしてるなんてなんだかヘンだ、と今さら気づいた。
そうだよな、ヘンなんだよ。
宮城も、目の前にいるこいつも。
俺、敵じゃん。あんなことしでかしたし。殴ったし。卑怯だし。
―――― だからさ、もうちょっと、もうちょっと負の感情でもぶつけてくんねぇかな。
居心地いいのと居心地悪いのは、なんだか紙一重だ。
部室を散らかしたまんまだったことを赤木に怒られつつ片付けて、朝練して、あんなに寝たのにまた授業で寝て、そうこうしてたら昼になった。教室の机もロッカーも、ひと通り探したけど見つからない。あきらめが悪いと自分で思わなくもないが、ほかも探そう、なんて考えてしまう。
最後にカギを確認したのは2日前で、それ以降は分からない。部室のカギと同じく、何もつけていないからなおさら見つけにくい。鈴とかウザいからキライだが、いくつでもジャラジャラつけときゃよかった。
―――――――― ほとんどムダな2年間。
バスケしたくて でもできなくて、その鬱憤ばらしの毎日だった。
鉄男がいなかったら、もっとひどくなってたはずだ。あいつがカギをくれたのは、そんな俺にストップをかけるつもりがあったのかもしれない。居てもいい場所を提供されるのは、即物的な意味だけでなく嬉しかった。
ヒトからカギをもらったのなんか もちろん初めてだ。
鉄男からきちんとした残る『もの』をもらったのも。
「・・・」
あきらめられない。
一生使わなくても、カギはそばにおいておきたかった。
教室と、移動で使う化学室あたりも探したが、見つからなかった。赤木から(むりやり)預かった部室のカギをひっさげ、体育館へ向かう。部室もシャワー室も、まだしっかりとは探していない。
「?」
ふと気づく。無意識にキーホルダーのリングを指にかけてクルクルまわしてたが、昨日流川から受け取った時はこんなもんついてなかった気がする。
よく見ると、オバQのパチもんのフィギュアがついてるキーホルダーだった(なにがパチもんかって、頭に毛が多い)。
どう考えても小暮の趣味だ。
あいつ、どっからあんなアヤシイTシャツ見つけてくるんだろう。外国人がおかしな日本語ロゴのシャツを喜んで着てるような違和感がある。俺が鉄男たちと体育館に乗り込んだときも、緊張感を台無しにするウサギ柄だったし。あんなんで「オトナになれよ・・・三井」て言われてもなぁ・・・。
マトモな小暮のあまりマトモでない嗜好について考えつつも部室・体育館・周囲の水飲み場・シャワー室まで探しに探したが、カギはやはり影も見えなかった。
午後の授業ぜんぶ とばしたというのに・・・(授業はまあどうでもいいけど)。
ダメだ・・・ヘコむ。
昨日と同じように、俺は部室の床にへたりこんだ。
―――― あとは・・・家・・・か。今日部活やって。帰って。探すしか・・・。
・・・・・・・あと・・・家だけ・・。
「・・・・・・!」
そこになかったら、終わりだ。それに気づくと、血の気がひいた。
探して探して、消去法で「ここにはない」と可能性をつぶしていくということは、全部が×印になったとき、もう手段がないということだった。
あきらめるしか・・・・・・ねぇのか?
ぽた
手の甲が冷たい。
見下ろすと、水滴が落ちている。
って――――
「わーっっ!!?」
泣くか?! 泣くか?! こんなことで泣くかフツウ!!!。
やべぇ・・あの一件以来絶対涙腺おかしくなってる・・・安西先生の前で泣きまくっちまったし(恥)!!。チクショウ、あんなブザマな俺は早く忘れてくださいね先生!! 俺絶対、先生をインターハイに・・・・・・って、だから泣くなって俺ーーーーーーーっっっ!!。
やっぱり涙腺が病気だ!!。
どうしよう!!
と思ったとき、タイミングというのは悪すぎるもので、部活一番乗りの宮城がドアあけたカッコで俺を見下ろし、またタレ目をぎょぎょっとさせていた。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
だーっっ!! こっちもどうしよう!!!。
部活一番のりというと聞こえはいいが、ようするに掃除当番をサボってるらしい宮城は、ぎょっとしたものの持ち直すのも早く、
「どうしたんスかっ、足痛いんスかっ?!!」
多分一番ありそうな推理をして俺に駆け寄った。
床にへたってるんだからそう思うのも無理はないが、今回はハズレだ。
足は平気なので首をふる。涙はオドロキついでにようやくとまってくれたらしい。遅すぎだ。
「じゃあどっかほか・・具合悪いんスか。あ!!腰?! まさか腰じゃ・・・」
宮城はなぜか血相変えて怒鳴ったが、なぜ腰?。
ヒザはみんなに知られてる故障だが、そんなとこケガしたことはない。
怪訝なカオしてる俺に、宮城は「いや、朝 流川といたし・・・そーじゃないならいいんですケド」と謎めいたことをぶつぶつつぶやき、頬を指先でポリポリかく。
「・・・どーしたんスか。あんた、泣き虫なんスね」
それは誤解だ!!。
「年がら年中泣いてる弱虫みてーに言うんじゃねぇっ!! たまたま泣いてっとこをお前が見てるだけだろーがっ!!。つーか泣きたくて泣いてるわけじゃねーんだからな!!」
「泣きたくて泣くヒトはあんまいないでしょ。なんかあったから泣くんだから。どーしたんスか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
正論だ。
俺の場合、悲しくてというより涙腺の病気な気もしたが、理由がなくもない。
「しつこく聞きたくないスよ」
俺の前にヤンキー座りしてる宮城が、ちょっとスネたように唇を曲げる。そしてぷいと顔をそむけた。ガキっぽいしぐさでも、ちゃんと自分から言ってくれ、とマジメに思ってるのが伝わる。
しかし、俺が口を開くまでそらしてるつもりだったらしい宮城の目が、え?てカンジに見開かれて俺をみる。
「三井サンッ!?? なっなにも泣かなくてもッッッッ」
「あ?」
言われて気づくと、とまったはずの涙がまた活動再開したらしく、目がうるんでいた。フシギだ、ホントに、泣こうとしなくても泣いちまうもんだな。
宮城は泣き虫疑惑を俺にぶつけたが、実際俺は泣き虫なんかじゃない。この2年間、泣いたことなんかないんだからな (泣かせたことはあっても)。バスケ部に戻った最近になって頻発してるってだけで・・・くそ、情緒不安定なのか?。
「・・・・」
途方にくれたような宮城は、なにかためらうそぶりの後、ゆっくりと俺の顔に手をのばした。
目じりのあたりを日に焼けた指がなぞる―――― のでなく、ふいてくれようとしてるらしい。女慣れしてないわりにキザなしぐさだった。
カギのことを話しても、きっとコイツはあきれるけど、でもバカにはしない気がする。
俺がなにから言おうか迷いつつ口を開こうとしたトコロで――――――――
ガチャ
またドアの開く音。
放課後、そろそろみんな集まり出す時間だった。その金属音に反応してスッと宮城の手が離れた。
宮城のさらに後ろに、開いたドアと現れた学生服の足が見え、
「流川」
宮城が声をあげアイサツしたので、それが2年後輩のルーキーのものだと分かる。
宮城は泣いてる (もう泣いてねーけど) 俺を見せないようにと気遣った様子で俺の前にいたが、流川はおかまいなしに俺に近づき腕をとって立たせた。荷物でもひっぱりあげる要領で。手荒というより無造作だ。
いくらか目線はヤツのが上だが、かっちりと目があう。長めの前髪に隠れがちな、冷たい印象の両目が俺を一瞥した。
泣いてたのはきっとバレてるだろう。ゴシゴシこすっちゃねぇけど、目とか赤くなってるはずだ。
宮城が流川に制止の声をかけたが、それは無視してヤツはズボンのポケットに手をつっこみ、なにかを取り出した。チャリ、と軽い硬い音。
「カギ」
流川は一単語だけ言って、それを見せた。骨ばった指がはさんでたのは、銀色の小さなカギ。部室の蛍光灯の光に反射して一瞬きらめいた。
カギ・・・。
「・・・・・・・・・・・あったの・・・・・か・・・・?」
おそるおそる右手をさしだすと、流川はあっさりとそれを俺にパスした。見た目どおりに軽い。でも確かにそこにある。
信じられない。
たまらなく嬉しくて、たまらなくホッとした。
鉄男の部屋のカギ。
もう行かない。使わない。でも、特別なものだ。
あの2年間の中で、たったひとつの。
はたで見ていた宮城はもともと察しのいいヤツだし、状況を正確に読み取ったらしい。少なくとも、俺が大事なものをなくして、それを流川が探してくれたのだという程度は。
肩をすくめて笑って、「よかったスね、三井サン」と俺の背中をトンと優しくたたいた。
「流川も、よくやったな。こんな小さいの、みつけるの大変だったろ」
役に立った後輩を、宮城は次期主将ぽく穏やかに褒める。そうだ、と俺も気づいた。昨日コイツは俺に、「簡単にみつかる」とエラそーに豪語した(探しもせず帰ったけど)。そのコトバ通り、こうしてカギをみつけてくれて・・・先輩ともいえないような俺のために・・・・・・・。
が、そんな俺と宮城の感動は、アッサリ叩き潰された。感動をくれた張本人の手によって。
「いや、探してねぇス」
「それ、昨日つくった合鍵だし」
「「エ?!!!」」
俺と宮城がハモる。ちょっと待て、それって――――
ガク然とした俺にかわって、どうも褒める事態ではないらしいと焦った宮城が流川を問いただす。流川は先輩ふたりの驚愕が分からないらしく、いつものボソボソした声で適当に返事していた。
いわく。
昨日、カギをなくしてショックを受けていた俺に、流川は珍しく親切心を起こしたらしい。すぐ解決できることなのに、『アホな』俺はそれが分からないでオロオロしてるようだし、しかも疲れて眠ってしまったので、かわりにやってあげた、と。朝は眠くて渡し忘れていた、とも付け加えた。
『アホな』、つーのも気に食わないが、それよりなにより。
「じゃあこのカギ、三井サンが探してたカギじゃねーんだな?」
そうだ宮城 !! よく言った!!。
今俺が受け取った、カギ。
にぎってた手をほどき、見下ろす。
と、気づきたくはないが新品だと一目瞭然だった。
カギっつーのは一度でも鍵穴に通すと傷ができる。それがなかった。そう、俺が持ってたあのカギは何度も使ってたし、元から古いもので、色も もっとくすんでいた――――
流川はなにを当たり前のことを、という顔でうなずいた。
宮城がこめかみに手をやって ため息をつく。俺はそんなリアクションもとれないほど呆然としてしまう。
一度喜ばされた分だけ、落胆のふり幅はでかかった。
黙った俺に、流川はきょとんとした目を向ける。そして、言うにことかき、
「な、あんたバカだろ。こんな簡単に・・」
「バカはてめえだッッッ!!!」
カギを投げつける。
素晴らしい(いや、ムカツク) 反射神経で、ぶつかる前に流川は見事にキャッチしたが、ほかのものを投げつける気にならず、おまけにまた涙腺の病気が再発しそうで、俺はぞろぞろとやってきたヤスやその他の部員たちをおしのけて部室を飛び出した。
「三井先輩?!」
ビックリした連中の声と、「流川 !!」としかりつける宮城のどなり声が後ろから聞こえたが、とりあえずできることは チクショーこってり しかりやがれ!!! と宮城に念を送ることだけだった。
体育館を出てどうしようとも決めてなかったが、それがいけなかったらしい。俺は赤木・小暮の三年コンビにつかまり、そのまま部室に Uターンさせられた。ついでに、赤木から借り受けた部室のカギも返す。
なんだか、家出したトコを警官に補導されて家に戻される中坊みたいでみっともない。赤木は俺がサボろうとしてるトコを連れてきたと思ってるようだが、あの時部室にいた連中は多少とも経緯は知ってるわけで。
いつもならそれぞれ準備運動したり 1年はボールの準備なんかしてる時間のはずが、まだみんな部室にいた。
いろんな意味で出戻りの俺に視線が集中する。流川がなにか言い出すのを手をあげて止め、宮城が俺を見上げた。
「エート。とりあえず、三井サンと流川はちょっと残って話してください。俺たちは部活始めましょう、ダンナ」
事情がのみこめない赤木は困惑してたし、ほかの連中も好奇心丸出しなヤツもいれば心配そうに俺と流川を交互にみやってるヤツもいて。でも、宮城のコトバに従うかたちとなり、昨夜みたいに、四角い部屋にふたりだけが残された。
ふたりで話せといわれても、俺サイドは罵倒くらいしかない。とりあえず目の前に突っ立ってる男をニラむ。
流川は視線をそらさずそれを受け、でもちょっとだけ目を細めた。いくつかバリエーションはあるものの、やっぱりこいつの表情から感情は読み取れない。
「宮城先輩にしかられた」
声はいつも通り。狭い室内に小さく響く。
「『三井サンにとって、ただのカギじゃなかったんだ』って」
「・・・・・・・・おう」
俺が女々しいというより、こいつに情緒がないのがそもそもの発端だったらしい。
ようやくそれが分かってきて、俺は怒りをおさえて相槌をうった。
事情を知らないまま はたで見ていた宮城にさえ分かったのに。
流川は、この人間味の少ない男は、そういう『特別』を知らないんだろう。
―――― ただの『モノ』がそうでなくなる瞬間というのは、誰にでもあるはずなのに。
鉄男からもらったとか。
ただひとつ、鉄男からもらったものだとか。
それをキーチェーンに通した時の気持ちとか。
俺の2年間が最悪一色じゃない、証拠とか。
そーゆーのがくっついてきて、だからこそ大事で、なくしたと気づいたときはああもヘコんだのだ。いくら同じ型のものを渡されたといっても、いくら鉄男の部屋のカギでも、さっき流川に投げつけたアレは、できたてほやほやのただの鉄のかたまりで・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鉄男の・・・って、なんでお前、鉄男の合鍵なんて作れたんだ?」
今は手元にないが、渡された例のカギは・・・・元持っていたものと、確かに似ていたと思う。鍵のモヨウなんて正確に覚えているはずもないけど。
流川はキャッチしたそれに一度目を落として、
「店で作った。部室のカギも、前に作ったから」
「いや、そーじゃなくてよ」
こいつ、わざとボケてんだろうか。流川に合鍵作りの能力があるのかなんて聞いてない。
しかし、どうでもいいけどコイツ、部室のカギまで勝手に合鍵作ってんだな。今日俺が赤木から借りたオバQキーホルダー付きのが正式なものなんだろう。居残り練習の時わざわざ貸し借りすんのがメンドウで、ならつくっちまえと思考が働いたらしい。
だからこそ、カギをなくした俺に、別の合鍵をあてがおうとしたわけだ。
「みつけんの簡単」と言ってたのは、探すつもりはもともとなかったんだな・・・。
「・・・鉄男に・・・会ったのか?」
流川はうなずく。どこまでも不遜に見えるうなずき方で。
「・・・・・・・」
コトバが少なすぎて、あきれるしかない。
最初は俺のことを嫌いでそうなのかと思ってたけど、素で無口無愛想無表情なんだろう。
こいつといると、想像力だとか推理力だとかが鍛えられそうだ。(宮城がやけに察しがいいのも、こいつのメンドウみてるからかもしれない)。
気分が沈静化した。ようやく思考がまとまる。
つまり、こういうことなんだろう。
流川は昨夜 俺が寝ちまった後、どういうツテか謎だが鉄男の居場所を探し当て、事情を話してカギを借りた。(どんな風に説明したかはおそろしくて考えたくない。そもそも、あのふたりで会話になるのかも謎だ)。
そして、鍵屋に持ちこんで合鍵を作ってもらい、それで万事解決したと判断、翌日俺に渡した、と。
流川にしてみれば完璧な『代わり』を提供したのだから、なんで俺が怒るか分からなかったに違いない。宮城にいくらかさとされたようだが、理解はできてないらしく、俺をみる目はまだ釈然としない、といったカンジだ。なんで分かんねーんだ。
お前は俺をバカと言ったが・・・お前こそ、
「バカだな・・・」
言ったら、笑えてきた。
手のひらを上にして、前に手を伸ばす。「チョーダイ」てやるガキみたいに。
分からない様子の流川に、「よこせ」と のばした手を一回振って見せる。やっと通じたか、さっきより丁寧にカギが渡された。
新品、ぺかぺかのちゃちいカギ。
なんてバカなヤツだ。
これは俺が探してたカギじゃない。2年間ずっと持ってたカギじゃない。初めてヒトからもらったカギじゃない。鉄男からもらったカギじゃない。
ただのカギじゃないんだ。いろんなものがついていた。
なのに。
「サンキューな・・・流川」
キズのないカギを受け取って、強くにぎった。
ああバカらしい。
部活の帰りに、誰に頼まれてもねーのに鉄男んちまでいって事情話して合鍵つくって・・・・・・・・なんて、この不精そうな男が短時間にやってきたこととか。俺がよろこぶはずが怒り出したのにキレるんじゃなく、無表情ながらも おそらく困ったコトとか。一度つっかえしたのに、また俺に渡してきたこととか。
そーゆーのがついてきたことが。
それなりにうれしい、なんて。
ヒトからカギをもらうのは、人生で二度目だ。
思えば、どちらも意外な人物な気がする。
そう思ってカギから目をあげると。
2歳年下の後輩が、黒い目をちょっとだけ細めて、薄いくちびるをちょっとだけあげて。ちょっとだけ楽しそうに、笑った。
宮城も、赤木も小暮も ―――― こいつも。
負の感情なんて、ないんだな。
真新しい、そして今後二度と使われる予定のないカギは、俺がこのバスケ部にいていいんだと、湘北バスケ部の部員なんだと、教えてくれた。
「なくさねーようにする」
このカギのかわりもないんだ。
どうせ通じやしないと思ったが、そう言うと、流川はエラそーにうなずいた。
END
めそめそミッチー。
こんなペースじゃ卒業までにくっつきそうもないふたり・・
伊田くると
リョータ 「ゲッ、あれ鉄男ってヤツんチのカギだったの?!!」
03 8 16
★どうでもいい蛇足★
ミッチーがもともと持ってたカギは見つからないまま。
そういうものです世の中(投げやりな・・・)。
しかし、ヒトんちのカギをなくすなんて失礼だなミッチー・・・。
このSSを他攻キャラで書くなら、一緒に探してあげる→リョータ・桜木。あきらめろなくしたものはしょうがないだろ、そのうち誰か届けてくれるかもと諭す&慰める→赤木・小暮・牧。なくすお前が悪いんだよ→藤真。それより僕と踊りませんか→仙道。ですかね?。