「分かったよ」

 上から落とされるため息。低い声。怖い顔をしているんだろうか。

 ―――― ああ今度こそ。
ほんとうに嫌われたんじゃないか。もう遊んでくれないんじゃないか。どっか行ってしまうんじゃないか。

 ワガママなんて言わなきゃよかった。
後悔が襲う。かたくなに うつむいたまま、目線も動かせない。

 ワガママなんて言わなきゃよかった。
でももう撤回なんてできないし、「分かったよ」の答えに なんて言ったらいいかもわからない。ただ気持ちそのままに、力をこめて ぎゅっとヤツのスーツを握り締めた。


「ハヤト」
 それをほどこうと伸びてきたのは、

コドモの俺のちいさな手の何倍も大きいてのひらと、




そして意外なくらい、



優しい、


「わかったって。どこにも行かねェよ」


優しい、


言葉だった。





イブのワガママ








 そこにいたのは、探していた10代目ではなく、おろおろと視線をさまよわせている小柄な生徒ひとりだった。もともと そこは校舎のはずれで、そいつのほかには なんの気配もない。

 おかしいな。と思いつつ一歩 近寄り声をかけた。
「じゅ・・沢田さん知らねぇか?」
「っ!」
 びく、大げさなほど肩をふるわせ こちらを振り向いた彼女は目を見開いたまま何も答えない。ムッとしつつ もう一度同じ質問をする、と。
「う・・・ううん。・・・・・・・・・・・あっ」
 そのままマスクみたいに口元を手で覆って、うつむいてしまった。日本人らしい黒髪のすきまからのぞく耳まで赤い。

 なんだ?。
あからさまに不審だ。
知らず眉が寄る。

 しばらくして、外の車の排気音に消えそうなくらいの小さな声。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・。多分それ、私の友達が、・・獄寺くんをここに呼ぶための・・・・・・・・その・・・・・ウソだと、思う」

 ウソ?。

 ウソをついて呼び出されたと聞いて、本能的に全身が警戒モードになりかける。
が、全身でうろたえている目の前の生徒(名前は知らない)は、俺に危害を加えるようには見えなくて、すぐ肩の力を抜いた。
 10代目と俺を引き離して そのすきに10代目に、とも考えにくい。



「ちょっと!。獄寺隼人! 沢田が探してたよ!!」
 俺に声をかけてきた女の勝気な表情を思い出す。ああ、このくらいのことしそうなやつだった。

 ―――― こいつと俺を会わせるための、ウソ。

 見ていてわかるほど手が震えてる。
そんなに口をおさえて、呼吸できなくなるんじゃないのかと心配になりそうだ。

 10代目をダシにされたことにはハラがたつが、こいつがやったことじゃない。怒るわけにもいかなくてため息をついた。タバコが吸いたいが昨日の夜に吸い切ってしまっている。買おうと思ってたのに。

「・・・俺に用か」
「・・・・・・・・・・は、はい、あの、すみません」
 やっと口を隠していた手を外し、あいかわらず落ち着きのない目をしたそいつは、右腕にかけていた紙バッグを両手でにぎりしめ、
「あの・・・受け取ってほしくて、・・・呼んでしまって・・・すみません・・・」
 強いんだか弱いんだか分からない語勢で、ひじをのばし俺にバッグを差し出した。


 何だこれ。


 危険物ではなさそう。だが、得体のしれないモンを受け取りたくはない。

 けげんそうな俺を上目遣いでオロオロみやり、上ずった声が説明をする。

「あの・・・明日、だと、みんなきっと頑張ってみんなが行くと思って、そしたら私、近寄れなくなっちゃうから・・・。少し早いけど、今日なら、あの、渡せると思って」

 明日?。

「あの、バレンタインデー、だから」

「・・・」
 そいや去年も。
そんな祭りがあった気がする。
ウジャッと来られて つい拒否反応がわいて全部逃げてしまったが、チョコレートやプレゼントをくれる行事らしかった。

 ―――― じゃあこの袋の中身もチョコレートなのか。
祭りならその日にやらないと意味がないんじゃないのか?、と思ったが、たしかに当日は騒がしく、目の前の、挙動不審な気の弱そうなこの女がまざれないと尻込みするのもうなずけた。俺が圧倒されたくらいだもんな。


 少し早いけど、
 今日なら、
 渡せると思って。


「前の日だったら・・・・渡せると、思って」
 力が入りすぎて、バッグをつかむこぶしが白くなっている。足元とバッグと、俺へと落ち着きなくさまよう視線には、不安と、動揺と、きっと、望み?・・・期待があって。


 ―――― 『前の日ならいいだろ!!!』

 そう、乱暴にスーツの足をひっぱった自分を思い出す。


 伝わる必死さに胸が痛い。
俺もきっと、こんなカンジだったかな。


『・・・分かったよ』

 だとしたら、あの医者がため息つきながらも、俺にほだされてたのも分かるかも。


 ポケットに入れていた手をのばし、バッグを受けとろうとした、が、硬直したような強い力が、まるで渡すまいとするように離さない。

 思わず俺は笑った。
と、彼女も、我に返ったように袋を放す。
重みが全部こっちにきた。
小さいのに、けっこう重い。

「もらっとく。ありがとな」


 
―――― 前の日ならいいだろ!!!

 誕生日。クリスマス。ニューイヤー。
大事な日は、あいつは『妹』にとられてしまう。
悲しいけど、しょうがない。
俺、『妹』より、大事じゃないから。あいつにとって、あんまり、大事じゃないから。

 でも、前の日なら。
前の日なら、いいだろ?。

 ホントは当日がよかったけど、
それは言えなかった。
断られるのもイヤだったし。
嫌われるのはもっとイヤだったし。

 ―――― 怖かったし。

 だから、ねえ、前の日ならと。

 譲歩ではなく、自分の行動に保険をかけた。


 ―――― 臆病者だな、お互い。
でも子供の頃なら言えてた言葉も、もう口にできなくなっている自分より、こうして、ひとりで俺を待っていた彼女の方が、ずっと勇敢なのかもしれなかった。

 ぺこり、と勢いよく頭をさげ、走り去られた。
なんとなくその後ろ姿を目で追う。


 タバコが吸いたかった。あいつの顔が見たかった。何年ぶりかに、あいつに前日のワガママをぶつけてみようかと、思った。




 スーツをつかんで引き止めるのだけは もうできそうにないけど。








end






クリスマス話のようでバレンタインイブ話でした。
シャマルが出てきてない・・。
イダクルト '09 2/13


モドル