パーティナイト
「またお前か」
わざとなのかクセなのか、うっとおしげに半眼でこちらを見上げてくる緑の目。
にくったらしいその顔面を見てると、つい口元がニヤけてしまう俺は、部下が言うように『物好き』なのかもしれない。大胆なドレス、露出された肩のラインより。ばっちり引かれたアイラインと がっつりマスカラで武装した色っぽい視線より。ドレスのスリットからのぞくふくらはぎより、
―――― ひと筋縄じゃいかない ぐれた可愛さが好きなんだ。こいつみたいな。
「よう。会えて嬉しいぜ」
ふたつ持ってたシャンパングラスを渡す。そつなく受けとられるのと同時に軽くグラスを合わせた。
乾杯。
何にだよ、と唇を尖らせてから、獄寺はグラスをあおる。俺の手から渡したものに口をつけたことに、わずかに快感を覚えた。
半々くらいかと予想していたのに。
紳士淑女の集まりは、たゆたうような退屈な時間だ。俺には分からないクラシック音楽の生演奏と、客とボーイ達、人々のざわめきで構成されている。白々しい会話がそこかしこ。
中には、とてもとても物騒な話をしている連中もいるはずだが。パーティを隠れ蓑に重要な商談や密談をする。それはずっと続いているマフィアの伝統芸。
そこに出るのは俺の仕事のひとつだった。
代理に任せることももちろんあるが、最近は体があけば出向くことが多い。理由はというと、今夜のように獄寺と会えるからだ。
ボンゴレのトップ・沢田綱吉が、己の代理で社交界に出す幹部は獄寺隼人と決まっている。それもそのはずで、幹部連に ほかにその役目をこなせる人間がいないからだ。
上流 (という気取った古く堅い世界の) マナーを身につけ、当たり前だがイタリア語・英語をよく解し、大勢と接し つなぎをつけたり駆け引きをこなす頭脳を求められる。ボスの名代を果たせるだけの実力も。
本来は短気な獄寺自身は得意な仕事ではないんだろうが、適任だ。
「よく似合ってる」
彼が着せられているのは、ボンゴレの名に恥じないよう、上等の生地で作られたタキシード。カフスとタイピンがエメラルドだ。かわりに、両手にも首にもアクセサリーは一切ない。チープな装身具をじゃらじゃらつけるのが好きなはずだけど、それはこの場にそぐわないのだ。いつもの獄寺の方が らしくて好きだが、綺麗なものが存分に着飾っているのも気持ちがいい。
心から誉めたのに、獄寺は嫌そうに顔を歪めた。
それから、緑の目が俺をさらりと一周撫でる。女が品定めしてくるような甘い視線ではないが、どう映ったんだろう。
ほんとは俺もスーツとかより、ゆるい服が好きなんだけどね。フリースのパーカーとか。うん。最高。
「お坊ちゃん、だな」
マフィアのボスというより、放蕩三昧のボンボンにしか見えねぇよ。
「そうか?」
獄寺の口調は ばかにしているというより、事実をそのまま言ってみた、という感じでイヤミがない。けど、相変わらず切れ味のいい舌だと感心する。
俺自身、貫禄や威厳はあと20年先でいいと思っているけど。そんなにマフィアマフィアしていたら、
「ひまなら相手してやれよ、ディーノ。あんたをずっと見てる」
な?、女だって寄り付かなくなる。
「嬉しいな。かわいい?」
獄寺はあっち、というように視線を少し左にそらしたが、そちらは見ずに尋ねてみた。さあ、と気のない返事。
お互い今日やっておかなきゃいけない仕事は終わってる。あとは ころあいを見計らって退出するだけだ。パーティは女性同伴だが、俺の相手(役をしてる部下) は俺の目につかないように護衛をしてくれている。つまりフリーだ。
以上の理由で俺がキュートな子を口説いても持ち帰ったっていいわけで、獄寺も俺がそんな状況だったからこそ、奴には珍しい発言をしてきたんだろう。これ以上 自分にかまわれたくないというのが大いにありそうだが。
「あんたモテんだな」
へなちょこなのに。
さっき「お坊ちゃん、だな」と俺を評したのと同じ口調で言われてしまった。
俺に言わせればお前だって十分に視線を集め、興味と好意を寄せられているんだけど。
さっさと行けば? と促すように獄寺は俺から目をそらしシャンパングラスをなめる。仕事が終わるまでは一滴も飲まない、仕事に対して (というよりツナに対してか?)の生真面目な姿勢を知っているのは、こういった場でよく会う俺くらいかもしれない。
ギャップあっていいと思うぜ?、そんなとこも。
近くを通ったボーイに一歩近づき、空のグラスを渡す獄寺。
その動作にかこつけて俺に背を向けた。そのまま帰る気だろう。
知り合って何年たっても、大事なご主人以外には まるでなつかない様子に つい苦笑する。
と、
「ねえ、少しお話しません?」
アップにした髪につけた飾りをゆらして、こっちに近づいてくるお嬢さん。
獄寺がさっき言ってた子かな。カタギの子のようだ。細面の顔だちとこちらを見上げる黒目がちな目が、あいつのおそろしい姉に少し似ている。
ヒマなら相手してやれよ、なんて珍しいこと言うと思ったら。
―――― シスコンめ。
楽しいようなムカッときたような、自分でも不思議な衝動が走った。
大またに数歩進み、場を離れようとしていたスーツの二の腕をつかんで強く自分の方へ引き寄せる。
「っわ」
予想もしてなかったからか簡単にかしいだ体を支えてやる。というより逃げないように後ろから抱きしめた。
「悪ィ。今日はこいつとデートなんだ」
ほかを当たって。お嬢さん。
目を丸くして事を見守っていた彼女に笑って伝えて、
同じく目を丸くして抵抗も忘れてる獄寺にも にんまり笑ってみせた。ついでに、なんだかいい位置にあって、なんだかいい具合に露出されてるキュートなデコに音たててキスをした。
彼女の目がもっと丸くなった。
腕の中の彼の目も。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪ふざけすんな。仕事やりづらくなるだろ」
場所をわきまえて騒いだり殴ったり爆発させたりはしないものの、不機嫌一直線の獄寺。眉を寄せ、彼女の去った方を見ている。
お邪魔してごめんなさいね、とイヤミをこめて優雅に笑ってパーティの喧騒へ戻っていったあの子は、そんな気の強さまで毒サソリに似てたような。
反対に俺は楽しい気分。そろそろこっちを向けと思って名前を呼ぶと、予想通りギッとにらまれた。
「な、放蕩三昧のボンボンぽかった?」
にくったらしいその顔面を見てると、つい口元がニヤけてしまう俺は、部下が言うように『物好き』なのかもしれない。大胆なドレス、露出された肩のラインより。ばっちり引かれたアイラインと がっつりマスカラで武装した色っぽい視線より。ドレスのスリットからのぞくふくらはぎより、
やっぱり、
―――― ひと筋縄じゃいかない ぐれた可愛さが好きなんだ。こいつみたいな。
「・・・酔っ払いオヤジ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さすがに、次につぶやかれたセリフには肩がおちたが。
end
なんかよくわからない感じの小話でした。
ディーノさんにキュートとかお嬢さんとかダーリンとかとか言わせたいだけです。
イタリア男だから!(偏見にみちあふれたイタリア男性像・・)。
イダクルト 08 9/24