―――― 聞き慣れた声なのに、聞き慣れない音だ。







      幕間







 部活中に後輩部員がケガをした。
といってもスパイクで足をひっかけたくらいの軽いもので、その場で処置する程度だったんだが、あいにく救急箱の中の消毒液が切れていた。部費が足りない弊害が こんなとこにも。公立中はつらい。

 とりあえずもらってくる、と 保健室へ向かう俺に、「ありがと、山本くん」と 困ったように笑うマネージャーがフシギだった。が、そういや女子はあそこに近寄りたがらないんだった、と道々思い出す。
 新しい保健医は、外国人だからなのかスキンシップが激しくて(女子限定)、驚いたりヒイてしまうんだろう。ちょっと得体の知れないトコあるけど、おもしろいオッサンなのにな。

 男の治療は嫌がられるけど、さすがに消毒薬の一本くらいは貸してくれるだろう。うん。

 グラウンドから校内へ入る。空気が1・2度違う気がした。上履きに履きかえるのは面倒なので、靴を脱いでそのまま廊下を進む。

 放課後の校舎は わりと静かだ。
吹奏楽部の練習の音 (音はずしてるよ。がんばれ) や、外の運動部のかけ声が遠くから響いてくるぐらいで、ほとんどの生徒はもう帰ってしまってるんだろう。


 だからか、それはよく聞こえたのだ。

 半分ほど開いた保健室のドアから、聞き慣れた声。

 聞き慣れた声なのに、聞き慣れない音だった。
思わず足をとめ、息までひそめてしまう。



 これ。

 ―――― 獄寺

 の声だ。


 が、


「                                 」



 言ってることがサッパリ分からん。



「                      」


 同じく、知ってる声が獄寺に返事をするタイミングで聞こえてきた。





 ああ、これ、会話なんだ。
考えてみれば当たり前だが、納得した。

 イタリア語、なんだよな、きっと。


 英語以上になじみがない言葉で、まったく分からない。
ひょいっとドアからのぞくと、思った通り、保健室には医者と獄寺がいた。

 医者は保健医用のデスクに片肘をつき、だらしなく椅子に座っている。出入り口に背を向けているので、シワの寄った白衣の背中が見えた。
 獄寺は二個あるベッドの奥の方に腰かけてるらしい。カーテンが中途半端に閉められていて、足しか見えない。が、声から獄寺に間違いなかった。


「                       」

「                    」

「                          」

「              」


 うーん。
何、話してんだろ。

 暗号みたいだ。

 普段なんの違和感もないほど上手に日本語を話す獄寺だけど、本来の言葉はこっちなんだよな。
 ツナや俺達の前で外国語なんて話したことがないから、意外というか、驚いてしまったけど。

 ネイティブのしゃべり方、というのだろうか、俺達が英語の教科書を読まされてるのとは全然違う。単語と単語が微妙にくっついてて、流れるような、甘えるような音に聞こえる。

 獄寺は今は怒ってないみたいだった。(こんな言い方も変だが、ほんとによく怒っているのだ。カルシウムが不足してるんだと思う)
 彼にはとても珍しい、穏やかな、感じ。

 医者もまた、穏やかな、とてもいい大人のような感じで、ふたりは会話している。ゆっくり。ゆったり。


「         ?」

「                        」

 あ、今、なんかドクターが質問したみたい。
で、獄寺が答えたみたい。

 フシギなもので、内容はまったくわからないものの、空気は読めるようになってきた。

「                」

「                ?」

「                                   」

「                           」



 うーん。
どうしたもんだろう。


 今俺が部屋に入ったら。


 獄寺はぴたっと話すのをやめて。
「何しにきたんだよ野球バカ」
とか、日本語で言うんだろうなぁ。


 それはそれでいいんだけど、なんだかもったいない気がする。

 うん、きっと。
後から、獄寺も医者のオッサンも、もったいなかったなあ、ってこっそり残念に思うんじゃないだろうか。


 そのくらい。
顔は見えないけど、何話してるかも分からないけど、俺から見て、ふたりは楽しそうだったのだ。




「・・・・・・・」
 救急箱は職員室にもあったはず。
とりあえずそれを借りよう。

 方向転換して保健室前をあとにする。と、


 聞いたことないような、獄寺の、穏やかな笑い声が聞こえた。









 聞き慣れた声なのに、聞き慣れない音だ。




 ああ。少し、あの医者がうらやましい。









end







たぶんシャマは山本がいるの気づいてるはず。
イダクルト
'07 12/11


モドル