普段は医者、だけど殺し屋



「ちょっとこっち来いよ」


 ただ意味もなく つけてたテレビを消してリモコンも放り出した俺は、冷蔵庫の酒をあさってるだろう男を呼びつけた。


「あんだよ」
 てれてれのシャツにチャックも半分開いてる状態のパンツをはいた男は、どう見ても だらしない酔っ払いだ。

 えらそーに、とかぶつくさ言いながらもベッドに腰掛けた俺のそばに寄ってくる男。




 シャマル。

 俺の幼い時からの知り合いで今は同業者・・・になるんだろうか、一応。




「お前も飲みてーの?」
 珍しいな、とつぶやく男の声は いつもよりほんのわずかに かすれていた。本人も ひょっとしたら気づいてないかもしれない。


「・・・・」
 質問には答えないまま、その右手が持ってるウイスキーのボトルを やんわり とりあげてベッドサイドのテーブルに置いた俺は、返せよ、と言いかけたヤツの言葉が言葉になる前に渾身の力とスピードでヤツをベッドに引き倒す。

「ッ?!」
 いくらなんでも予想してなかった相手とタイミングで攻撃をかけられたシャマルは、プロのくせに一瞬反応が遅れて、あっさり投げられる。さすがに受身はとってたが、やわらかいベッドのスプリングに着地。

「なってめ、ハヤ・・・・っわ !」
 また最後まで言わせずに かけ布団をシャマルの顔めがけて投げた。
ついでに自分もベッドに入る。暴れようとする男の手首をつかんで 自分のノドのそばに引き寄せた。


「今日は もう寝んだよ」
 決定事項のようにハッキリ言ってやると、つかんだシャマルの手首がぴくりと震えた。


 シャマルを投げ落とした衝撃で飛んでた枕を手をのばして持ってきて、ふたりの間におく。まるまってるかけぶとんは足でけって位置を調節。よし、寝る準備完了だ。



「・・・・・・・・・」
 仰向けになってたシャマルが俺の方に向き直る。照れたようなムクれたような、イタズラがバレたガキみたいな顔。



 ―――― この顔を見せてもらえるまでに10年かかった。



 10年かかって、俺はやっとあんたに甘えてもらえる人間になったと うぬぼれてもいいだろうか?。




 俺がつかんでた腕をはずし、今度はシャマルは自分からその手を俺の手と からませた。触れたその手のひらは いつもより熱い。



 ―――― 体調が崩れてる。



 もともとシャマルは病気持ちだ。
持病、どころでなく666もの病に常時かかってる とんでもない身体。
相反する病状の333対の病だから、本人は いたって健康なんだが、それでも。


 シャマルの体調が崩れれば、そのバランスも崩れてしまう。

 プロのこいつがそうなるのは、精神的な負荷がかかった時。



 ―――― それはたいてい、

 ひどい依頼を、終わらせた時だった。





 俺が見るシャマルはほとんどの時間を女好きなダメ男として過ごし、たまに医者として働いている。そして もっとたまに、殺し屋としても裏の世界でその名を馳せている。


 矛盾したヤロウだと思う。
どっちもシャマルだと思うけど、でも、



 殺し屋になった夜のうちのいくつか、体調を崩すこいつに気づいた時。



 そういう時、ひとりで夜を明かすこいつを想像したら、なんだかとても悲しくなった。
こいつが熱のある時、咳が出る時、寒気がする時、そばにいない俺を想像したら、なんだかとっても腹立たしくなった。








「お前が女だったら、絶対プロポーズしたのに」

 それはシャマルが俺に言う、遠まわしな『ありがとう』。




 嬉しくて、頬がゆるみそうになる。
「・・・・早く寝ろ」
 冷たくにらんで、部屋のあかりを消した。


 暗くなった瞬間 ふと気配が近づいて、ひたいと頬にキスされる。

 ふだんはしないそれも、きっと、遠まわしな『ありがとう』。







「おやすみ」


「・・・おやすみ」









 明日には、元気になれよな。





END





10年後のふたり。10年たてば獄もちょっとは丸くなってると思う(希望)。
この2人の関係は恋人未満くらい。
とりあえず、「絶対プロポーズしたのに」は「ありがとう」ではないと思います。
伊田くると 06 7/11
Dr.シャマルのお題より

 

モドル