和道一文字の悲劇
〜木内 智さまからいただきましたv〜



外は雨、程良く風。
「わどういちもんじ、と言うらしい」
相当に暇を持て余したクルー達が囲むテーブルの上には、三度の食事でもなく、おやつでもなく、ゾロが殊更大事にしている白い刀が載っていた。
「へぇ。こいつ…わどーい、ちもんじって言うのか」
「ほぉ…わぁ、どういーちもんじなぁ」
「ふうん…わどういち、もんじ…変わってるわね」
「わどーいちもん、じぃ…だって?」
四つの口から一斉に飛び出した、いちおう同じで微妙に違うイントネーション。言葉の持つややこしい部分に正面衝突した四人は、互いの顔を見合わせ、
「正解、あったかしら?」
ナミが代表して口を開いた。
「それとも、もうちょっと特殊だったりするわけ?」
ゾロの故郷が存在すると思われる地域では、少々難解な言語を用いている。アルファベットを並べられても意味が判らない―――そんなものが殆どなのだ。
「わからねぇ」
ゾロは、苦々しい顔のまま首を横に振った。
「わ…わからねえって」
「仕方ねえだろうが。ちらっと聞いただけでよ、字を見せて貰った訳じゃねえんだし」
漢字が判らなければ言葉の区切りも、意味さえも判らないのだ。
「漢字…なぁ…見当もつけられねぇのか。てめェのお国言葉じゃねえか」
意地の悪い笑みを浮かべたサンジに痛いところを突かれ、ゾロは言葉を詰まらせる。お国言葉とはいえ苦手なものは苦手、特に漢字は大の苦手で―――子供が言葉を学ぶための書物全五巻の、第二巻六ページで挫折したという恥ずかしい過去もあった。
「わ、悪かったな」
日頃接する機会のあった当時ですら、そうなのである。今となっては、まともに書けるものなど殆どない。
「それによ…」
固有名詞は難しいのだとか、該当しそうな文句は山ほど有るのだとかいう、言い訳もあるにはあるが。
「手に入れた時に、聞いときゃ良かったんじゃねえの」
その通り―――ゾロは、ガックリと肩を落とす。苦手なら苦手でもいい、譲り受ける時にしっかり聞いておくべきだったのだ。
「そういうのって、結構大事なんだろ…『メイ』、だっけ」
「メイ…?」
「ええ…うーん、signatureっていうか…the name of the makerってところですかね。クソ剣士の地方じゃ、そんな風に言ってたと思います」
ゾロは肩を落としたまま、目線だけをサンジへと向ける。
「そうなんだ。詳しいのね、サンジ君」
ゾロの思いを代弁するかのようなナミの台詞に、
「俺、言語関係なら結構いけますよ。あらゆる食材と料理の探求には、欠かせないですから」
褒められて舞い上がったらしい男が、でれでれと相好を崩して答えている。
それならば―――それならば、もしや。
「それなら、漢字も判る?」
またもや、ナミに代弁して貰う形となったゾロ。
「うーん…」
サンジの視線が、思案中検討中推測中とばかりに宙を泳ぎ―――。
「そ…ですねぇ、基本だけならいけっかなぁ。難しい言い回しとかは無理としても…」
と、答えた。
つまりはこれが、退屈だったクルー達による『わどういちもんじ漢字化大作戦』の始まりであり。
業物、和道一文字の悲劇であり。
『海賊狩りアホウ説』定着の、第一歩だったのだ。







◆◇◆







「まずは、『わどういちもんじ』を適当に区切りましょう」
ゾロお国言葉を多少解するナミが、第一段階となる「言葉の区切り」を仕切った。
「わ・ど・う・い・ち・も・ん・じ、これが…オーソドックスかしら」
「そいつぁ無い、『ん』に当てはまる漢字はねえんだ。オーソドックスって言うなら『わ・ど・う・い・ち・もん・じ』だな」
それくらいは覚えていると、ゾロはまだ熱いコーヒーを啜りながら答える。
「じゃあ、まずはそいつに適当な漢字を当てはめるわけだが…俺も読めて書けねえ漢字とか、見なきゃ思い出せねえのが殆どだ。大分少ないぜ」
ていうか、ほぼ外れだろうよ―――と。
サンジは当然だろう一言を、敢えて告げず。
「それでいいわよ」
ナミも、不毛な作業に突っ込みを入れたりはしない。持て余していた暇のなせる業であり、堅物の剣士を小馬鹿にして遊べるかもしれないという意地の悪さゆえである。
「まず、わ…ですけど。俺が諳んじてる『わ』は、これだけです。和、輪、話」
サンジはお国人以上の、しかしながら豊富には程遠いボキャブラリーを、紙に書き並べてゆく。
「輪度鵜衣血門児、和怒卯意値紋寺…話土羽井知悶事」
「なんかよ…呪いの言葉みてぇな字面じゃねえか」
おやつをほぼ一人で平らげ、腹を膨らませて眠る船長を除く四人は、暫しの沈黙の後に揃って頷いた。
「こういう感じじゃねえよな…」
作業を始めてから三本目になる煙草に火を着け、サンジは溜息を吐く。
「じゃあ…二つずつにしましょうよ。わど・うい・ちも・んじ」
「だからよ、「んじ」ってのはねえんだよ。それに、俺の記憶じゃ「わど」だの「うい」だの「ちも」だのいう漢字もねえ」
「てめェの記憶、だぁ?そんなモンがアテになるんだったら、こんな作業いらねえんだよ…クソボケ」
ゾロはその立場上、浮き上がらせかけた青筋を相当の努力をもって押さえ込み、
「じゃあてめェ、今言った言葉に当てはまる漢字…知ってっかよ」
穏便には程遠い言葉遣いと表情で言い返した。
「……確かに、しらねえな」
「だから、そう言うことなんだよ」
意見の一致により、『わど・うい・ちも・んじ』廃案。
漢字も知らず、「わどういちもんじの漢字化」にあまり興味のないウソップが、ここで眠りの国へと旅立っていった。
「じゃあ3文字でいこうかしら…わどう・いちも・んじ。『んじ』は、ないのよね…となると、『わどう・いちもん・じ』かしら」
ゾロが首を捻る。
「いちもん…、ってよりは「いち、もんじ」って感じだが…」
「でもよ、俺ぁ『もんじ』って漢字は知らねえ。わどうってのも知らねえし」
「サンジ君が知らなきゃ、この作業は意味無いのよね…四つはどう?『わどうい・ちもんじ』」
サンジは空いている手をひらひらと振ってみせた。
「そいつぁ、この国の言葉から遠離っちまったような気が…」
「そう、ね。あやしげな呪文って感じよね」
三人はそれぞれに溜息を吐き、いれ直したコーヒーを無言で啜って。
「それじゃ、1212でいきましょ…『わ・どう・い・ちも・ん・じ』」
「だからっ、『ん』を一つにするなって言ってんだろ!」
「おい、クソミドリっ。ナミさんのお力借りておいて、なんつう口の利き方だよ!」
作業を開始するも、疲れと苛立ちは積もり積もってゆく。
「輪同位血悶児、和戸一門児、輪動市門司」
「和銅市紋時、輪度卯衣血問次」
「輪動市問次…目眩がしてきた」
そして、三時間後。
「サンジっ、腹減ったーっ!」
ナミはテーブルに突っ伏し、ゾロは椅子二つに躯を横たえていた。壁際でへたり込んでいるサンジに、空腹のルフィがぐるぐると巻き付いている。
「ねえ、ゾロ…私考えたんだけど…」
「んだよ…」
「全部が漢字とは、限らないわよね…」
この時点で―――彼等が書き連ねた『わどういちもんじ漢字バージョン』は既に七百種類、紙二十枚を越えていた。







◆◇◆







それから―――延々と日は過ぎて、仲間も増え。
ゾロが、彼曰くのパクリ女であるたしぎと個人的再会を果たした場所は、砂漠の国。
「ろ、ロロノア…!?」
たしぎはずり落ちたメガネを押し上げ、目を細めて、和道一文字の柄に手を掛けようとしているゾロを凝視する。
「暫く見ない間に、随分太って…」
「だっ、誰が太るかぁっ!」
誤解されても仕方ないと判っているのだが、ゾロは怒鳴らずには居られなかった。
元々は、己が知りたがったことであり。
根気も体力もいる作業に、航海士と料理人は最後まで付き合ってくれた―――その結果ではあるのだが。
「てめェに聞きたいことがあるばっかりに…俺はあれから、こんなモンを何時までも何時までも…」
ゾロは、はち切れんばかりに延びきったハラマキに両手を差し入れる。
「てめェ…てめェが責任を持ってっ」
一呼吸置き、ハラマキから手を引き抜いて。
「この中に「わどういちもんじ」の正解があるかどうかを、探しやがれぇぇぇっ」
取り出した紙の束を宙へと、放り投げた。次から次へと―――詰め物を失ったハラマキが地面へ落ちるまでの間、ずっと。
「やっと…やっとだ、やっと俺は解放されたんだ…この紙の束とも、これでおさらばだ…」
その数、しめて二千とんで四十三枚。
「は、はぁ…?」
舞い上がった紙達はゆっくりと、茫然自失気味らしいたしぎの足元を埋めてゆく。
「この忙しいのに何やってんだよ、クソマリモっっ」
一人感慨に耽るゾロは、サンジによって回収され。
「和怒卯意値紋寺…話土羽井知悶事、これは…まさか、暗号!?」
二千四十三枚の努力の結晶は、誤解も甚だしいたしぎの指揮のもと、海軍によって全てが回収され。






わどういちもんじ、和道一文字。
解説書の写しがゴーイングメリー号へと届けられたのは、三ヶ月の後のこと。
そして、ゾロの手配書―――その注意事項に「知能低し」の項目が付け加えられたのも、ほぼ同じ時期である。





END


『UVR』の木内智様からいただきましたー。
ゾロ最高!。
「だからっ、『ん』を一つにするなって言ってんだろ!」
のセリフに心をワシづかみ・・・・(笑)。(伊田くると)




たしぎ 「・・・・・・・」
スモーカー 「どーした?、暗ェカオしやがって」
たしぎ 「――― あんなアホなヒトに負けたなんて・・・」