僕の恋人、御剣怜侍について?。
うーん、そうだなあ。
けっこう長くなるんだけど。
不幸な君
僕の恋人は眉目秀麗、おまけにとびきりの俊才で、イヤミなことに運動神経まで備わっている。昔風に言うなら高身長・高収入・高学歴の三高でもあり、まあ完璧に近い男といえる。
が、不幸体質だ。
自他共に認めざるをえないほど、恋人は不幸の星のもと生まれてきた男でもある。三高なのに。
ちなみに僕の助手も負けないくらい不幸を呼び込む体質だが、彼女は悩み苦しみながらも根が明るく丈夫で、なんとか負けずに生きていける強さをもっている。幸せになる気概をもっている。基本ノーテンキだしね。
が、恋人はダメだ。
物心ついてから彼ばかり狙いうちするかのように ふりかかり続ける不幸に慣れてしまったのか、もうこういうものだとあきらめてしまっているというか。
自分にはこのへんがお似合いだ、なんて無意識に思っているらしい。
だから彼は幸せを守ろうとする気持ちも、意志もなくて、手に持たされた不幸を
ああそうか、とじっと見つめて、仕方ない、また自分が持つしかないなと、それをそばに置いてしまう。
そんな恋人の性質に気づいたのは、もちろん理由がある。
御剣とつきあい初めて3ヶ月ほどの頃なんだけど。
彼が珍しく仕事に余裕があって、定時とはいかないまでも早めに上がれる日があった。
まだまだ会いたい、足りない足りないと日々思っていた僕は、それを聞いてもちろん彼と会う約束をした。御剣も
うなずいてくれた。
が、タイミングの悪いことに、僕がその時抱えていた刑事事件の裁判で大事な証人となるはず、なって欲しかったけど断られ続けていた人から、急に会いたいと連絡が来た。
巻き込まれるのをおそれて口をつぐんでいた女性が心を決めて証言を了承してくれて。けれど僕と話すには今日しか時間がとれないと言われ。
泣く泣く約束を断った。
急いでいたので、ごめん!、今日なしにして! という一行メールを送っただけで、僕は事件を優先せざるをえなかった。
その女性の勇気のおかげもあり、僕は無事、無実だった依頼人を助けることができた。
問題はその約束の日だ。
僕が断りのメールを入れた時、ほんとに珍しいことなんだけど、早くに仕事から解放されていた御剣は、もう待ち合わせの店の近くまで来ていた。
飲むかもしれないと車を検事局に置いて電車で来ていた彼は、メールを読んで、じゃあ帰ろうと駅に引き返そうとした。
そこで、駅前の喫茶店で落ち合っていた僕と証人を目にした―――― 証人は駅からほど近い商社の勤め人だったので、彼女のほうまで僕が出向いたんだ。
というか、僕も御剣との待ち合わせの店に向かう途中だったから、好都合だった。もし彼女との面会がうまくいって早く終わったら、明日の準備がつきそうだったら、御剣のマンションに行こうかと思ってもいた。
証人は僕達と変わらないくらいの年齢だったとはいえ。
僕もスーツで、彼女も仕事帰りの格好だし、僕は手帳に筆記具、ICレコーダーも机に出していて、100人中98人くらいはこれがデートなんかではないとわかるに決まってる。という雰囲気だ。
が、僕の恋人はその少数派をひた走るマイナス思考の持ち主だ。
僕と向かい合う彼女をみて、彼は即座にその女性が僕の恋人だと思いこんだ。というか僕の恋人は御剣怜侍その人だというのに、その思考のワープっぷりには
いっそ潔い気までしてきてしまう。
浮気という可能性はなく、自分の方が浮気で彼女こそが本当の恋人なのだと御剣は信じた。そんな彼の話を聞いたとき、僕の方が泣きたくなった。僕の日本人にしては
おおっぴらにさらけ出してた愛情表現は、全く通じていなかったということか。
それに、僕に別の恋人ができたと誤解したまではまあ良しとしても。
目撃し、すんなり誤解しまくった後の彼の行動がまたいただけなかった。
彼は僕と彼女 (しつこいけど証人以上証人以下の女性) の幸せを壊そうとは思わなかった。彼女から僕を奪い返そうとも、僕に不実を怒ってなじることもしなかった。つまり何もしなかった。
そのころの彼ときたら、僕が彼の部屋に置いていた私物のいくつかをときどき見やり、僕を偲ぶのにいいかななんて思っていた
(死んでないけど)。ほぼフラれたような気になっていて、僕が隠しているのなら言う必要もないからと、何も言わなかった。僕が動いて(つまり彼を捨てるまで)
はそのままでいたいと思っていたからだ。
それからの御剣にとって、僕は恋人ではなかったというのだから思い出しても泣きたい。
ある日少し困った顔で、
「君がこんなに顔を出してくれるのは嬉しいが、気を悪くするのではないか」
と尋ねられ、僕と御剣が会って気を悪くする人間というのがいるのかと不思議になった。
「誰のこと?」
「いや・・私は名前は知らないのだが」
ますます意味がわからない。
「君の・・・恋人だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕の恋人、
は、目の前にいますが。
僕の長年の想い人であり、やっと想いが通じて現在幸せカップルまっただ中なわけですが。
なんで君が気を悪くするの?っていうか・・・・・なんで自分の名前わかんないの?。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ふたりとも沈黙し。
いろいろ尋ねて、なだめて、すねて、ちょい泣きして。
ようよう、前述の彼の思考を僕は知ったのだった。
なんと恋人は捨てられる寸前の愛人気分だったということ。
普通に考えて欲しい。
僕はマメな男だ。
いや、全包囲にマメなわけではない。
ただ御剣に対しては一般男性の10倍はマメな恋人だったつもりだ。
毎日メールをし、彼の時間が許せば電話もした。彼の休みにあわせ、可能な限り会う機会も作った。彼がまだ僕の部屋に来る前から、合い鍵を渡した。彼の嗜好に合わせたトノサマンのキーホルダーをつけて。お金はなかなか厳しいけど、イベントごとにも力を入れた。
御剣のためというよりは僕がしたいからしたという感じだけど。この僕の言動を見て、これがほかに本命のいる男のなしえる業かと。そう言えるヤツがいたら会ってみたいよ。100人中99人は僕の愛と誠意に1ミリの疑惑も持たないだろう。
まあ、その少数派が僕の恋人だ。
声を大にして僕のただひとりの恋人の御剣怜侍だ。
本人は僕の一歩間違えば重い愛情を受け止めずにチップして、愛人生活をしていたというんだから。ていうかワリカンもしくはちょっと御剣に頼り気味ですらある愛人て一体って話だよ。どっちかっていうとヒモ?。うう、情けない。
まあともかく。
そんな御剣に怒ったりしたいのはやまやまだけど、それをしてもしょうがないのだ。
変に僕がキレたりしたら、別れ話だと勘違いされそうだし。僕の (愛人へ向けたなけなしの)
愛がなくなってしまったんだなどと悟られて身を引かれたらもっと大変だ。
彼がそんな思考パターン・・・特に自分の身におかれたものに対して・・・になってしまったのはひとえに、今までの彼が不幸であったからだ。
だから不幸に慣れていて、僕が御剣と一生添い遂げたい的なことを言っても疑うというよりはわからなくて、それが僕の嘘だとしても怒ることもできないんだ。
そんな彼を悲しく思う。
そして、幸せは続かずにいつか僕がまた彼を不幸に戻すのだと無意識に思い込まれているのを悔しくも思う。
やっぱり彼は僕の想いをわかってないんだなあって。
それから?。
うん。
それから、葛藤はあったけど、僕は御剣に言葉で説得したり怒ったり理詰めで迫るのはやめた。たぶんそういうことじゃ直らないんだとわかったから。
きっと言われなくても、僕が彼を好きなことや、一番好きなことや、優しくしたいことや、恋人だからもし浮気したりしたらちゃんと当然の権利として怒って欲しいことなんかを彼自身がそこに気づいて、納得して、理解してくれないとダメなんだと気づいたからね。
恋人の僕にできるのは、誤解されそうなシチュエーションを作らない。できるだけ女性とマンツーで会わない、約束のキャンセルをしなきゃいけないときは理由もきちんと告げる、など。
そしてちゃんと御剣が変な方向にいってないか、何度でも、確かめてあげることだ。
というのも、証人の女性を誤解した事件のほかに、御剣の海外滞在中に僕は片思いしていた女性
(誰かは僕にもわからない) にプロポーズしていたんじゃないかとか、真宵ちゃんと僕の電話を聞いて(何をどう聞いたかいまだに不思議なんだけど)
真宵ちゃんが僕の婚約者である(!!)と思いこんだり、千尋さんのことが好きで本当は僕は立ち直っていないと
(これもどうしてそんな考えに至ったかどう聞いてもよくわからない。千尋さんはちょくちょく降臨してるし、上司と部下・師匠と弟子以外の何者もないわけで)
信じたり。
ここまでくると ごく一般的な思考しかできない僕には、御剣が理解できなくなってくる。電波めいたものまで感じるわけだが、なんなんだこの子は・・・と思いつつも御剣の被害妄想をひとつひとつちゃんと訂正してあげると、最近は嬉しそうに「そうか」と小さくうなずくようになった。
ああ。
そうなんだ。
こんな、<御剣が思いこむ> → <僕が否定する> という流れを何度も繰り返して、僕は気づいた。否定されることで、彼は安心しているんだと。
一歩前進だと思った。
御剣は僕の想いがちゃんと自分に向いているか知りたくて、そうじゃない気もするけど
(電波的に。僕はとても身綺麗です)、確認してみたらまだ大丈夫だった。という思考になってきた、らしい。
まだ大丈夫というのも僕に失礼な話だけど、「よかったまだ成歩堂は自分が好きみたいだ」、という安心があるんだろう。
それがわかってから、僕は御剣の事実無根の浮気疑惑も、愛人疑惑も、その他種々様々な妄想・妄言をも とてもあたたかい気持ちで受け止めることができるようになってきた。
いくらでも聞けばいい。
いつでも、何度でも否定してあげよう。
1年で気づかないなら、もっと。
3年でも、5年でも。
いいオッサンになる頃には、僕を安心させてほしい。
君が僕への愛を惜しんでいるわけでないのは知ってるけど、いつか手放すとあきらめているのは僕が悲しいからだ。
そしてそのころには、君の不幸がなくなっていることを願うよ。
エレベーターに乗れますように。地震に中世ヨーロッパの人?!とツッコミを入れたくなるくらいスコンと見事にブッ倒れませんように。僕を信じることに恐がりませんように。
不幸な君へ。
そんな感じだね。
つきあってくれてありがとう。うん、最初に長いって言ったじゃないか。
end
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