「うんうん!!。いいよねいいよね」
「男女の理想の身長差って17センチだっけ?。そこまでいかなくてもさ、やっぱ背伸びするくらいは必要よね」
「最低10センチ?」
「うんうん」


 はずむ声。
女の子特有の、聞いてるだけで気分が明るくなる、華やいだ空間が棋院のかたすみに広がっていた。

 研修が終わって数十分。
対局後の検討を熱くしている者もいればハイおしまいと早々立ち去る者もいて。また彼女たちのように雑談に興じる者もいる。

 1組の奈瀬を中心とした女の子3人組が話題にしているのは、『キス』についてだ。










萌えについて考える









「こないだのドラマのさ、最後のやつ、みた?」
「身長差がいい感じだったよね!。ヒロインの方が階段の上にいて」

 ―――― キスする時の男女の身長差が論点らしい。

 主役の俳優は身長何センチだとか、やたらとこだわっている。
そして、自分たちの『カレシ』もやはり背は高い方がいいという意見でまとまっているようだ。

 無邪気にかわされる『キス』論。
実体験はともなっているのかいないのか。周囲の (特に男の) 院生は少なからず耳をそばだてていたのだが。


「わかるわかる。萌えだよな」

 女子のかわいらしい声に、ふと混じったのは。
かわいらしいとギリギリ言えるかも、な少年の声だった。


 院生上位の、和谷義高だ。


「なんで和谷萌えなんてマニアな言葉知ってんの?」
 奈瀬が話題にもぐりこんできた中坊をちらっとニラむ。
通りすがりらしい和谷はアッサリと、

「いや、師匠んトコのしげ子ちゃんがよく使うから。「すげーイイ! 胸キュン!!」って意味だろ?」
「まあね・・」
 それより胸キュンはどうだろう・・と彼女たちを始めとし盗み聞きしてた男子は内心つっこんだ。

「オトコもやっぱ身長差は萌えなんだ」
 興味があるのか、ひとりが尋ねた。

 和谷は大きくうなずき、
「当たり前だろ!。背伸びすんのがこれからキスすんぞ、ってカンジでいいんじゃねーか」

「あ、それは分かる。背伸びいいよねっ」
 ひとりがうなずいた。

「シャツとかつかんでひっぱって下にこさせんのもイイし」
「あ! いいいい!、マフラーとかぎゅっっ!! て!」
 女の子が同意する。

「強くひっぱったりすると うろたえたりビックリすんのがまたカワイイしな。背伸びして目線がまっすぐに合うのがイイんだよなー」
「うんうん」

「さっき言ってた階段みてーにさ、こっちが高いトコにいて見下ろすアングルってのも珍しくてまたツボだし」
「うんうんv。いやー和谷ってば見かけによらず話が分かるじゃないの」
 すっかり女の子たちと意気投合した和谷。



 しかし、そこでずっと盗み聞いていたらしい飯島がなんだかヒイたような顔でおずおずと声をかけてきた。

「今の和谷の話、女側の意見じゃなかったか・・・?」


 そういえば、と名瀬はじめ女の子も周りの盗み聞き連中 (意外に多い) もはたと気づく。

 目の前の髪がツンツンはねた少年はどう見ても男だ。


「え?。俺の意見だぜ、だって俺伊角さんより背低いからさ」



「 「 「 「 「 「 「 「 「 え・・・・・・・・・・・? 」 」 」 」 」 」 」 」 」



「まそのうち伸びると思うんだけど。だんだん目線が近くなってくてのも萌えなんだって。いつかは俺が見下ろすんだ。そしたら伊角さんが俺を見上げてくれるんだぜっ?? 萌えだろ、萌え!!」
「そ・・そうね・・・萌えね・・・」

「伊角さんより低いとこから、伊角さんより高いトコまで。この貴重な時間を味わえるんだぜ。年下の醍醐味ってヤツだよな!! な?!」

















とりあえず。

「伸びるといいな身長・・・」



 男女の理想の身長差はムリだろうけど。




 いい人ぞろいの院生達は、なんとなくそう祈ってあげることにした。













おわり




当の伊角さんはなんやらでいませんでした。
そして思惑通りに和谷の背は伸びなかったと思います。
イダクルト
2010/07/20




モドル