君へ
あてる
手紙
前略 土方十四郎 様
いろいろ考えて、手紙を したためることにしました。
僕の古い友人が よく折に触れ家族に手紙を出していて、文を書くと、悩んでいることや今考えていることがまとまったりして とても良いのだと言っていました。
僕も 感情的にならずに、落ち着いて、気持ちを伝えられるかなと思いました。
その男が、手紙の際は自分のことを「僕」と書いていたので、ならって「僕」にしてみましたが、なんだかすわりが悪い気もします。けれど、「私」は もっとどうかと思うので、「僕」でいきます。
慣れない手紙でつたないと思いますが、しばらく付き合ってください。
机にかけ、紙に向かうというのが本当に久しぶりです。
僕の恩師も、師に教えを受けた学友も (先の友人とは別の男です) みんなとても 字が上手だったのに、僕は相変わらずひどい筆だとあきれるけれど、当時から読めればいいかなとも思っていて全く上達しませんでした。
土方君。
僕は、君のことが好きです。
今も変わらず、好きです。
君の事を 嫌いにはなりません。
ですが、何だか、自分を嫌いになってしまうようになりました。
みじめに思ってしまうようになりました。
師や友人達と過ごした時間は、決して長いものではありませんでしたが、とても幸せだったと思います。
僕みたいな得体の知れない生き物を 慈しんでくれた恩師や、何も 人らしいことのできなかった自分を仲間に入れてくれ、かわいがってくれた友人たちがいて、僕は幸せでした。
今のような僕は、そうして僕を愛してくれた彼らにとても悪いことをしているように思えます。
自分を蔑んだり、おとしめることを、彼らは望まないでしょう。
僕もできれば、そんな思いに とらわれたくはありません。
君の事を とても好きです。
けれど もう、互いの住まいに行き来をしたり、ふたりで会うことはやめたいと思います。
自分本位な、自分勝手の結論で申し訳ないと思います。
君の人生が 幸せなものであることを祈ります。
一時でも、互いの人生が交わったことを、僕は とても幸せに思います。
さようなら。
坂田銀時
一番最後の行に 小さく書かれた日付は五年前のものだった。
屯所の私室の引き出しの中、定位置にずっとあったので、それは そんな月日を感じさせるほど黄ばんではいなかったけれど。
何度も何度も読み返したので、紙は よれ、折り目は深く刻まれている。一度、感情に任せ ぎゅっと握ってしまったことがあったので、そのときのシワも消えていない。
―――― この五年間。
彼と つまらないことでケンカするたび、俺はこれを読み返した。
彼と一日楽しく過ごし、笑って別れて家に戻った後も読んだ。
仕事が忙しくて なかなか彼と会えない時も読んだ。
そして どんなにケンカをしても、ハラがたっても。長く会えなくても。
浮気をすることはなかった。あれから、一度も。
この手紙は五年前、浮気や不義理を繰り返してきた俺に 恋人から宛てられたものだった。
彼、坂田銀時は一度も、面と向かって俺をなじったことも 怒りをむき出したことも、泣いたこともない。
ただ寂しそうに笑って すぐ話題を変えるだけで。なかったように水に流すだけで。
そんな恋人の甘い態度に増長し、俺は最後の頃は隠す気も失せて遊んだ。バレてもいいと思った。
あいつも顔の広い男なので、俺が思っていたのよりも多くその乱行は耳に入っていたのかもしれない。
会う約束を 連絡も入れずに破って女と会ったり。愛人の家を出た後で、彼の家に寄って茶漬けを出してもらったこともある。香水くさい俺の身体を拒まなかった男は、でも、最中ずっと目を閉じていた。
たまらない。
今思うと本当に馬鹿だ。己を殺してやりたい。
当時の俺は とても傲慢で。
何だか、すべてが許されている気がしていたのだ。
詫びのケーキや、ひとこと謝り 頭を下げれば、すべてがリセットされると思っていたのだ。
銀時は本当に俺のことを好いていてくれて。
いつも変わらぬ態度で接し、ふたりになれば やわらかく笑い、俺を受け入れてくれる。
俺のことが好きで好きで、でも とても傷ついていた。
指でなぞると、カサと、便箋が音をたてた。
薄い灰色の罫線に沿って並ぶ文字は案外 綺麗だ。書き慣れた筆跡ではないけれど、本人も述べている通り、読みやすくクセが少ない。
俺に出す 最初で最後の手紙だと思って書いたのだろう。
静かで、凪いでいる文だった。
この手紙を受け取った頃の俺は知らなかったが、銀時は 捨て子だったそうだ。当時 多かった戦災孤児だったのかもしれない。
そんな彼を 戦場で拾い育ててくれた「先生」という人物と、その氏の開いていた塾生達に 銀時は育てられたのだという。
人として、とても大事に大切に。
彼らに愛されて。銀時は、初めて自分を愛するということを教わったのだ。
よそ見をし、恋人の彼をないがしろにし、すぐに 次の蝶、次の蝶へと移り 背を向ける俺に、銀時は 何を思ったのだろう。
俺を憎むのでなく、彼は自分を責め、耐えて。悲しんで。
そして、師を思い、俺と別れることを決めたのだ。
身を焼かず、業を捨て、心静かに子供達と生きていくのだと。
あいつは いつも潔い。
とても覚悟の決まった文面に、当時の俺は打ちのめされた。青かったので、自分のした仕打ちも忘れ、激昂し、認めないと叫んだ。
別に お前が嫌いなわけじゃない。
好きだよ、愛してる。決まってるじゃないか。
分かるだろ?。お前だけだよ。どうしてそんなこと言うんだよ。
なあ、お前が一番だ。お前だけだ。
ほかのとはみんな、手を切るから。
キレて怒鳴って、懐柔を試みて、最後に 俺は懇願した。
許してくれと頭を下げた。土下座した。
銀時は 力なく首を振って、許さないことなんてないと言った。許す許さないではないのだと。
ただ、先生に会う前の自分を思い出してつらいのだと言った。
その時、俺はその意味がわからなかったけれど、そう つぶやいた銀時の顔は 本当に、親からはぐれ 取り残された子供のようだったので。
どうしてこれを今まで放っておけたのかと 俺は身を切るように後悔した。
銀時が俺とまた恋人に戻ることを決めたのは、それから一年ほどたった後のことで。失った信用を取り戻すのに俺が努力した時間でもあった。
それを知った総悟なんかは生意気に、
「いったん壊れて またやり直す方が、きっと絆も深まりますぜ。最終的には良かったんじゃないですか」
と 笑って祝福していた。らしい。
銀時から聞いた話で。
俺の前では からかったり別れろ別れろと呪うばかりなのに。あいつには なついているようだ。
五年前の手紙を見ると、さまざまなことが思い出される。
便箋をたたみ封筒に戻して、俺はひとつ息をついた。
今日この手紙を読んだのは、気持ちを落ち着けるためだろうか。
机の上に並べた書類の束に目をおとす。
緊張する。
―――― 今日 俺は。
あいつの所に行って。
かぶき町のあいつの自宅からも ほど近い、が 少しは閑静な土地、について あいつに話をするのだ。
いくつかの見取り図や、不動産屋のパンフレットも添えて。
いや、平たく言うと、
一緒に住まないか。と。
言うつもりなのだ。
「・・・・・・・・・・」
湯呑の茶を一気飲みした。
とうに冷めきっていたので それは心地よくのどを通っていく。
ため息をついた。
今から緊張してどうする。
先週のことだ。
万事屋で一緒に夕食をとり、一番食って腹を3倍くらいにふくらませた神楽が、腹ごなしの散歩に定春を連れて出て行って。
残った俺と銀時のふたりで 茶を飲みまったりしていたとき。
ソファの隣に座った銀時が。
「神楽が そろそろ家を出るって言ってるんだよなー・・・」
会話の中で ぽろっとこぼした。
でも あんま変なとこ住まわせるのも心配だしよ。かといって いつまでも俺と暮らすのも外聞悪りーしね・・・。
そのようなことを ごにょごにょ言う銀時に、ちょっと寂しそうだな、と思った。
「あ、でもさ」
銀時は そこでこらえきれないように笑って こっちを見た。
ぱあっ。と。俺には音まで聞こえた。
神楽のこと。
ほんとに、俺の娘だと思ってる連中も、けっこいるんだよなー。
幸せそうに目を細めて笑うので、俺もつられて笑った。
な、銀時。
だから、さ。
神楽を この万事屋にそのまま住まわせて、(うるさい繁華街だが、いまだ現役バリバリの大家もいるし。住み慣れてるし。巨大ペット可だし)、お前がここを出たらいいんじゃないかと。
そろそろ俺達ふたりで一緒に住むのもいいんじゃないですかコノヤロー、と。どうなんですかハイと言えよコノヤロー、と。
俺は言いたい。
あれからずっと考えて、物件や土地なんかも いろいろ探して。かぶき町内で、でもちょっと屯所からも近いとか。そーいうとこ探して。
そして今日 それをあいつに会って言う決心をした。
のだ。
「ふっ副長ぉぉ !! どうしたんですかそのカオ !!」
お茶のおかわりでも・・・と 声をかけふすまを開けた山崎が一気にテンション上げて叫んだ。
「マンガみたいにカオ真っ赤になってますけどぉぉぉ !!??」
あ、やっぱりそうだよね。そうかなと思った。
慌てて駆け寄って来る山崎に焦点が合わない。
「ク、クラクラする・・・・」
「だっ大丈夫ですかーーー ?!!」
「ムリだ・・・シミュレーションでもこのザマだ・・・あんなん言うの ムリムリムリムリ」
「え?、なに言ってん・・・・わっ、ちょ、ふくちょぉおおーー !!。ちょ、誰かーーーーー !!。 副長倒れたーーーーー !!!」
言うの・・・無理。
一気に駆け上がった知恵熱が治まって。
深く深く深呼吸して。
バックバクしてる心臓を落ち着かせ。
それから。
また いろいろ考えて。
それから。
俺は 初めてあいつに宛てる手紙を書いた。
ああ俺も。
業務以外で、誰かに手紙を書くなんて、なんて久しぶりなんだろう。
前略 坂田銀時様
いろいろ考えて、手紙を したためることにしました。
僕は、君と一緒に、生きていきたいと思います。
それはつまり、一緒に ―――――――――――――――
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終
5年後、銀ちゃんと4分の1同棲くらいの生活で、神楽とも親しくなってるかなと思い、土方さんが神楽ちゃんを呼び捨てにしてみました。
神楽は本当は銀さんと一緒にいたいけど、気をきかせて ひとり暮らししようかと思ってます。みたいな感じで読んでいただけると。
イダクルト 2009/11/27
この頃の土方さんは人生ピークのモテ期だったので、いい気になってました。