母は育児・教育に熱心な部類であったと思う。
 飽きてきたのか、今ではそんな名残もなく放任されているけれど。
俺達の幼い頃はけっこう徹底していた。

 たとえば、赤ん坊の頃からずっと、家族共有の食器の使用などは一切なしだったり。
 本当か知らないが、そうすると虫歯にならないそうだ。虫歯菌なんていない生まれてきた時のきれいな口のままで幼少期を過ごすと、その後もなりにくいとかなんとか。

 食器がダメなら当然、大人がやりたがる口移しやキスも御法度だった。

 まあ、俺としてもわけのわからん親戚のおっちゃんおばちゃんにブチューブューされるのは嫌なので (まあ覚えてないんだから別にいいかもだけども) 異論はない。
 まったく異論はないというか、そんなこととりたてて考えもしなかったわけだ。
 単に母の教育のもと、強制キスの洗礼を受けず俺は育ったということ。


 なのにどうしてだか、そうして守られて? いた俺のファーストキスは、男で、しかも双子の弟に奪われてしまった。

















 それは小学5・6年生くらいだったかと思う。
 俺と金時―――― 先述の双子の弟だ ――――は、『健康優良児賞』という、よくわからん都が主催する賞をもらった。
 学校を休まないとかスポーツテストの結果とか、身長体重とか健康診断―――― まあそんなんが良いですね的な児童を評するモンだろうと思う。今考えてもよくわからん賞だが。

 その選考のひとつに、虫歯がないこと、もあったらしい。

 俺も金時も甘いモンばっか食ってたワリに歯は丈夫だったのだ。母の乳幼児期の教育の賜でもあったろう。

 学校をサボれるのが嬉しい、としか思わなかったが、俺たちは先生に連れられ車で文化センターまで行き、表彰を受けた。






 その帰り道。

 先生がタバコ休憩で車を止め、女子の方で選ばれた子がトイレに行って。
 残された俺と金時のふたりは、後部座席に並んでねみーなとかちょこちょこ話しつつボーッとしていた。

 そのとき、金時が言ったのだった。

「キスすると虫歯菌がうつるらしーぜ」

 俺は、俺と金時は虫歯がないので、菌がいないんじゃないかと思った。すると、俺は今後キスする女の子からうつされる側になるわけだ。
 なんかキモい話だ。

「銀」
 俺を呼び、笑った。
同じカオなのに、なぜかこいつのがモテる。
 笑ったまま、身を寄せてきた。

 ずっと一緒に育ってきて、触れあうのもスキンシップも多かったので何も感じずそのままでいると、金時はくいと頭を傾け、そのまま止まらず俺にぶつかってきた。

 互いの鼻をぶつけないように首をかしげたのだと、かわりに当たった唇の感触に気づいた。



「俺も銀も虫歯じゃないから、いーよな?」


「・・・」
 いーよな?に、ついうなずいた。

 なにもよくなかっただろ、とツッコミたかったけれど、女の子が戻ってきて、結局その場はそれきりだった。

 金時がしたのが、母さんがみてるドラマでやってる、女と男がする キス だってもちろんわかったけれど、金時だったし、兄弟だし、やっぱりいいのかもしれない、と思うことにした。
 虫歯もうつんないし。虫歯になったら甘いモン食べれなくなるって、母さん言ってたし。


 それに、嫌じゃなかったし。


 クラス一緒の友達とするのはよくないことだと思うし、先生にも怒られる気がするけど、金時は俺のたったひとりの弟だし、それはとても特別ということだから、いいと思った。金時はとても嬉しそうだったし。



 それはミスだろうか?。

 あの最初のキスで、顔を背け、睨みつけ、俺が奴を手ひどく拒んでいたら。



 長じて、神さまの怒りに触れる禁忌をおかすことはなかったのだろうか。



 今も時折考える。



 子供同士の拙いキスは、中学校にあがる頃には親の目を盗んで舌を絡ませるものとなり。
 キスが唇だけでなく、まぶたや首や、耳や、鎖骨をたどり胸元へおりる頃には、もう止められない、欲を伴った強い感情になっていた。
 金時の目は、いつからか、弟でも家族でもない、男のものになっていた。


 ひきずられるような、自分からぬかるみに足先を浸してしまったような。


 腕を互いの背に回し、足を開き、たったひとりの弟を身の内に受け入れて。

 その瞬間いつも、ぎゅうっと目を閉じた俺は、あのタバコくさい車の中でした最初のキスを思い出すのだ。




 何度も、何度も。


 俺たちがしているのがセックスなら、あの日ふたりがしたキスは、なんだったんだろう。

 どこかで止まるべきだったか。どこで止まるべきだったか。


 それは、あの日の、あのほんの少しふたりきりになったあの時間だったのか、それとも、たとえあの場がなくても、いずれはそうなっていたのか。



 ――――ああ、どこが健康優良児だ。

 



 弟の愛撫は巧みで、身体の内側でどくどくと息づいている弟の性器は力強くて。



 最後には、何も考えられなくなる。




 そして、のびる手と、唇から逃げる気も失せて、自分からまた望んでしまう。






 母の教育のおかげで、俺と金時はいまも虫歯はひとつもない。























土方さんお誕生日おめでとう!。なのに金銀でした。

イダクルト
2011/05/05

モドル