たぶん恋とか
頭はいいはずなのになあ。
小さい、形の良い金色の後頭部を見下ろし僕は考える。身長差のせいでつむじがよく見える。俗に言う「アレ」に多いという左巻きで、くるんくるんと好きにハネている髪の束がなんとも「らしい」。
長時間ヘルメットをしていてもその跡がまったくつかない。
以前「手強い寝癖だ」と彼がボヤいていたのを耳にしたことがあるが、ひょっとして今までその愛くるしいクセっ毛を寝癖と思っていたのかい?とガク然としてしまいつっこみ忘れた(そして、愛くるしいとか普通に思っちゃった自分にもガク然とした)。
24時間カッコつけていたいお年頃らしいジョシュア・エドワーズなんて、ヘルメットを脱いだらそっこう髪を直すのに忙しいというのに。
そう、そのジョシュア・エドワーズだ。
最近になって編成されたオーバーフラッグス隊の一員で、鳴り物入りばっかりのエースパイロットの中でもさらに彼は印象強い。
というのも、今僕の隣で左巻きのつむじを見せコーヒーをすすってる(横にいるのになぜ後頭部かというと、彼は大きな窓から外の整備の様子をじっと見ているからだ)、グラハム・エーカー上級大尉を大いに敵視している男であるからだ。
技術者はパイロットひとりひとりの個性やクセを知る必要があるため隊員は全て覚えているけれど、中でもしょっぱなから今にいたるまで、カオを合わせれば隊長にちくちくぴりぴりツンツンしている男は、当然すぐに記憶に刻まれた。
もちろんマイナスの方向に。
まあ今までもグラハムは羨望とやっかみの的ではあったから、慣れていない光景でもなかったのだ。
日々穏やかに生きていたいと願う小市民な僕なので、友人が皮肉を浴びたり嫌がらせを受ける光景というのはとてもイヤだ。
部外者の僕が見聞きしたものなんて氷山の一角だろうと思うとさらに憂鬱だ。
でもグラハムは僕より年下なのにずっと堂々としていて、何もこたえていないようにふるまっていた。いつも。
「エースパイロット」は心臓もダテじゃないのだなあと感心し、僕はますますグラハムが好きになり(そこには自分とまったく違う人間に対するあこがれまで含んでいる)、以前ほどは気にしなくできるようになった。
悪意以上に、グラハムは実績や実力で信頼も勝ち得ていたからだ。
とんとんと位も上がり、上級大尉となった最近はあまり目にしなくなっていた(特にガンダムが現れてからは、実力主義に拍車がかかってグラハムら叩き上げの軍人の支持は高まっていたし、中でも彼は実際にガンダムと交戦してもいたから、さらに重く見られていた)。
―――前置きが長くなった。(よく言われるのだけれど、つい)
それがどうして、グラハムの頭の中身について僕が考えているのかというと。
彼が、そんなにも悪意と毒をぶつけてくるジョシュア・エドワーズを好き・・・いや、そうは思いたくない・・・が・・・興味を持っている、うん、まあ、そんなかんじだからだ。
君って、頭悪くないよね?
ひょっとしてマゾヒスト?うわそれはヒく。
いや、僕は何があろうと彼との友人関係は続けていくつもりだが(だって彼は僕にとって『ベスト』なパイロットだ。いや、それだけじゃないけれども、技術屋の僕には大事なことだ)
しかしながらこの友人はつかみにくい。
どの道筋で、何を考えてるかいまだよくわからない。
仕事以外では散漫すぎて、何をしだすか急にやめるか、本当に予測不能だ。
でも、ジョシュアに興味を持っているのはわかる。
つっつかなきゃいいのに。
あえて近寄って見せて、きゃんきゃん吠えられてうれしそうだったりする。
そんなグラハムも、二枚目な外見なのに吠えてる側のジョシュアも正直軍の誇るパイロット様には見えない。ここはローティーンの寄宿舎かという具合だ。
嫌われてもぜんぜんダメージを受けていない様子はまあいいことだろうけど、ああいう輩はほっときゃいいのにというのが僕の見解だったし、今までのグラハムだってあえてつっついたりしてはいなかった。 ジョシュア以外には。
一緒にランチをとらないか?と誰かを誘うのも彼には珍しい。だから古くからのメンバーはそれに驚いたりやきもきしてたりなのだがそんな空気はまったく読まず、あんたのカオなんてみてたらメシがまずくなる!とか返答するあの男もかなり子供じみている。
そしてジョシュアとのランチを断られたグラハムを僕が誘って、ランチのついでに(いや、ランチのがついでかも)ここ最近の友人のジョシュア・エドワーズに対するなんやかんやのワケを聞いてみた。
いいかげん本気で心配・・・いや気になっていたし。
「ん?。そうだなあ、話せば長くなるのだが・・」
やっと景色から僕に注意を向け、けっこう元気にランチ(がわりのドーナツなど)をぱくつきながらの、グラハムの話をまとめるとこうだ。
ある日のグラハムは、ジョシュアの態度についてを少々ぐちってしまったのだという。オーバーフラッグスの面々が召集されて間もないころ。古参メンバーのハワード&ダリル曹長に。
「急ごしらえの編成とはいえ、ああも嫌われるとは。私は隊長失格だな・・・」
とかそんなだろうと僕は予想する。
彼はとても正直というか、ストレートに感情を出す男なので、想像にたやすい場面だ。
僕もよく「始末書ものだな・・・」とか「降格ものだな・・・」なんてさみしそうにつぶやかれるし。そうするとなぜかみんな全力でフォローに回るのもよくある場面だ。
彼が同情をひこうとしてぼやくわけでもショボンとしてみせるわけでもないのは重々承知しているが、こっちがそうではすまないのだ。
30も近い男なのに、あの「かまいたくなるかんじ」はなんなんだ。フシギである。
というわけで。
ジョシュア・エドワーズのあの大人げないっぷりを少しは気にしてしまっていたらしい隊長を、ハワード&ダリルはとてもかわいそうに思い(彼らは特に隊長大好きっ子たちだ)、原因の男を内心罵倒しつつもグラハムの気持ちを上向けるため言葉を重ねた。
ほんとに嫌ってるわけじゃないですよ!
だったら転属を拒否すればいいんですから!
ちょっとつっかかっちゃうだけなんです!
それは隊長が誰より気になるから!
そう!
ほんとは隊長のことスキなんですよ!
でもそれを素直に言えない!
だってツンデレだから!
いまツン期なんですよ!
ーーーーーー等々。
そして隊長は見事力説する部下に感化された。
いつかデレますよ!という言葉を信じた。
そしていつしかデレるのをすごーく見たくなり、ついついちょっかいを出し続けていたーーーーーーー(←今ココ
・・・・・・・・・・・らしい。
「まだデレんとはな・・・・」
深刻そうに嘆息するさまは、そんなアホなことで悩んでいるようにはとても見えないが。言ってもいいかな。
バカかと。
「いやぁ・・グラハム?、もしデレられて、それでどうするの?」
「きゅんとする」
今まで冷たくされていた分、デレられるとそれはもう感激し、胸がきゅうっとなるらしい。
グラハムは緑色の瞳をまっすぐ僕に向け、重大な世界の事実を語るように告げた。
目、きらっきらっスね・・・・と慣れているはずの僕もおののくくらいぴかりん、としている。
とっくにきゅん、くらいしてそうだ。
もう何コレ。
ひょっとしてデレられなくても君、すでにかなりスキだよねソレ。
なんでよりによってそこ?!
と力を入れてつっこみたい。全力で。
ああでも、恋愛ってそういうモンだよね〜、と大した経験もないのに納得もしてしまう。
君にはいくらだって相手がいるのに、わざわざ、そりゃ見た目は君と並んでも遜色ないくらいだし、実力もあるって知ってる。けど、彼らいわく『ツン期』の男を選ぶイミがわからない。
いくらでも、君に優しくし、慕い、忠義を誓う男達が(いや、男じゃなくてもちろんいいのだが)ユニオン一個小隊は作れるというのに。
「ダリル曹長が言ってたのだがな、薄着でうたたねしていたらダレるかもしれんそうだ」
今度やってみようと思う。
大事な任務のように大まじめに僕にそっとささやいて、それからちょっと笑ったグラハムはなんだかとてもかわいくて、
ダレじゃなくてデレだよとつっこむのもやめ、とりあえずそのダレもといデレとやらをこさせないことにこの頭脳を使ってやんよ、と決心していた。
最後のいっこのドーナツを半分にして彼に与える。そこに遠くから鋭い視線があった。ような気がしたのは気のせいだと思いたい。
おわり