とても大まかにわけるなら

彼は大金持ちで、自分は貧乏人である。










あなたとランチを
あなたとディナーを








  いつもと同じフラットな気持ちでグラハムはそう考えた。それは事実であって、別にくっつく感情はない。
 幼い頃やせいぜいティーンくらいであればうらやましいとかずるいとか、ひょっとしたら思ったかもしれない。

 けれどグラハムが「お金持ち」――――カタギリと知り合ったのはもう二十歳を過ぎた頃であったから、それから何度かああ彼はお金持ちだな、と感じたことはあったけれど、それだけだ。そして別にカタギリはそんな成金のように金持ち金持ちしてはいないのだし。
 むしろ本人は贅沢を嫌う、というより興味がなくて、根っからの研究肌というかそちらにしか目が向いていない、たぶん一族では異端な男であろう。
 寝起きできるスペースがあれば十分で、お手伝いなんて煩わしいのでいらないという。カタギリの住宅は一般人と変わらないマンションだったし、インテリアなんてむしろ適当だった。
 軍隊に入って年の割に出世をしたからか、グラハムは上に引っ張り回されてのつきあいが増えた。そんな中でカタギリのほかにもお金持ちだなと思う人も何人か目にした。
 でもその中の誰よりカタギリの一族はお金持ちのようだったけれども。

 今日のようにそんなことを考えるのは本当にまれだった。いや、今日だからか。

 先刻、ホテルの支配人がわざわざ挨拶に来て、古いなじみのようだった。そんなやりとりをしているときのカタギリは、礼の交わし方や選ぶ言葉が丁寧で物なれているようだったり。
 
 やっと始まった豪勢な食事も、とても綺麗な所作で進めていたり(普段はあまり人とつきあわず、モニターとにらめっこしてドーナツをぱくついてばかりだ)

 そう、特に食事時にそう思うことが多いかもしれない。今のように。
 フラッグという通称がついてまだ間もない機体に関してのなんやかんやで、テストパイロットのグラハム、開発担当のカタギリも加わっての会食が行われていた。こんな時でもなければ足を運ぶことなどない、歴史と威厳と、それに見合うもてなしが約束された一流ホテルだ。
 ホールに招かれたゲストは政府の面々がメインで、青い制服のグラハムは目立つ。正式な軍の礼服でもあるからタキシードを着なくて済むのはラクだけれど、その分注目を集めるというデメリットがある。まして中身ができすぎているものだから、余計に人が放っておかないのだけれど、そのへんはグラハム自身はよくわかっていない。


 ともあれ。
グラハムがカタギリはお金持ちだなあと考えていたのは、これが原因なのだ。


「・・・・・・・」
 これはなんだろう?


 想像もつかないなぞの物体が豪華な皿の上にちょこんとのっかっている。

 隣の、珍しくきっちりした格好の(でもなんか丈とか色とか微妙だ。いい友人だが外見のセンスはあまり理解できない)カタギリは、ふつうの顔して上手に切り分けている。
 こんなとき、一瞬手が止まる自分と、何事もないってまんまの彼に、ああ、彼はお金持ちだった、と思っていたのだった。
 「お金持ち」なんて子供のような語彙のままなくらい、グラハムには縁のない人種だったので今もなんとなくカタギリを「お金持ち」だと思う。
 ちらっと見たのがわかったのかカタギリがこちらを見やる。グラハムより高い位置にある穏やかそうな顔がほころんで楽しげに笑う。

 どうしたの?
話しかけられて正直に、これはなんだと尋ねてみる。カタギリは顧問という肩書きにふさわしい、先生みたいに教えてくれる。グラハムは自分なりに理解してみたり、的外れな返答をしたりして、会話が続く。

 するとまた楽しそうに笑ったカタギリが、
「君とする食事はとても楽しいなあ」
 と本当にそう見えるくらい目を細めて雰囲気をふりまく。
まわりにはいろんな人がいるけれど、いつものふたりの食事と変わらない雰囲気で。

 カタギリは食事の連れをとても喜ぶ。
今の台詞はたいてい口にするし、しなくてもモニターを見るよりずっと優しい顔をしている。
 たぶん自分でなくても良くて、ただ誰かと一緒に食事することを好ましいと思っているのだろうと思う。
 ドーナツひとかけでもジャンクフードでも一流のシェフの丹精こもったコースでもカタギリにはあまり関係がなくて、

「君とする食事はとても楽しいなあ」

 また楽しそうに言って、グラハムの気に入った新しい食べ物をひとつ、上手に皿にくれた。



 カタギリはとてもお金持ちだ。
望まなくても彼にはあふれるくらいたくさんのものがあったろう。
 上流のマナーも十分に解し、グラハムみたいに困ったり(というほどは困らないけれど。彼は自分でも自覚があるくらい大ざっぱなので、多少の不作法や食べ方を間違ったくらいで死なない。連れや上司に恥をかかさない程度でよしと思っている)しないのだ。けれど。

 カタギリには向かいに人がいるか、が大事なのだった。
だからグラハムは友人がそうつぶやくたび、

「私もだ」
 互いの時間の許す限り一緒に食事をしよう。今日のような仕事がらみの豪勢なディナーでも、モニターのそばのドーナツとコーヒーの貧しいランチでも。
君との食事は楽しい。私もだ。

 とりあえず、この謎のカラを食べてもいいものか、教えてくれ。



end






とりあえず仲良しさん。
しかし二期のカタギリのマンション、ほんとにふつうでしたね・・・。そこにショック。

イダクルト 2012/01/15