その細い手の動きは とてもたどたどしい。おぼつかない感じだ。携帯は使えるのだから、機械オンチなわけではないのだろう。初めてさわる者の手馴れなさだ。
実にヒトゴト、という気分で石田雨竜は それを眺めた。
ファインダー
彼の目の前で、朽木ルキアは うーむ だの ぬぅ だのとうなりながら、その黒い物体をいじっていた。
カメラである。
まぁそれなりに値の張る部類だろう (石田はカメラに詳しくないが、重そうだったので単純にそう思った)。普通のカメラの形をしていないから、多分ポラロイドカメラだ。
彼女の持ち物のはずがない。誰かから借りたものなんだろうが、よく貸したものだ、と内心あきれる。
―――― 落とすか壊すかしそうだ、これじゃ。
まあ自分には関係ないので、と石田は目をそらし、作業に戻った。ヌイグルミ作りである。厚めの生地と生地をぬいあわせ、今クマの腕部分にとりかかっている。
補足するとこれは別に石田の趣味でなく、手芸部の活動の一環で、近所の保育園に寄贈するものである。
石田は朽木ルキアと対照的に すみやかに針を進めていく、
と。
ギガシャッ
被服室に異質な機械音が鳴り、とうとう壊したかと石田は自分のななめ前にじんどっている彼女を見上げた。がそこには困った顔ではなく、得意げな目をした少女がいて。
「おお! できたか。意外に簡単だな」
ジー、という音の後出てきた黒い紙をひらひらとふり、こちらに笑ってみせた。
朽木ルキアが石田のいる被服室にやってきたのは、5分ほど前のことだった。
手芸部の活動日は特に決まっておらず任意出席なので、この日の参加部員は石田だけだった。広々としているその空間に石田の姿しかないのを確認すると、彼女はクラスメートの前でなぜかしているお嬢様のふりをやめ、
「おお!、ちょっと見てくれ!」
声をかけてきた。
いつも一緒にいる黒崎一護はどうしたのかと頭をよぎったが、聞くのはやめた。石田の前までパタパタと駆け寄ってきたルキアが、真剣な顔をしてカメラをいじり始めたからだ。
見てほしいというのはカメラのことだと分かったが、だからなんだという気もして、石田は黙って(自分の作業をしつつ)、早く言うと黙殺していたのだが――――。
「写真、とったの?」
石田の思うシャッター音というのはもっと軽い、カシャ、というものだったので、その機械のたてた音に驚いた。正常に撮影の終わった証としてカメラの下から一枚の光沢ある紙が出てきたが、ルキアはそう指示されたのか しきりにそれを振っている。そこまで振らなくてもいい気がした。
「ああ、なかなか面白い機械だな」
忙しく宙をひらひら動いている彼女の右手を見やりつつ、実年齢にあわず子供っぽいなと感じる。
そんな間にも、何も写っていなかった紙面にじょじょに色が浮かぶ。
それが、目をふせて針を持つ自分であることに気づき、石田は不思議な気分になった。
勝手に撮るなと文句を言うほどにはムカつきもしないし、当然嬉しいものでもなかったからだ。
「よく撮れてるな。腕がいいのかもしれん」
「オートフォーカスなんだろ」
自賛するルキアにつっこんでみたが、彼女がその意味を分かるはずもなかった。
ルキアは写真を撮るという行為にハマってしまったらしい。ギガシャ、とやな音をたてては写真を振り、またギガシャと音をたてる。場所移動も頻繁にするので、トコトコ軽い足音もまじる。
被写体は、全部石田だった。
撮られていると思うと、針も進まない。というか、緊張する。
当たり前だがカメラを向けられるのになれているわけじゃないのだ。身の回りをちょこまかされているのも気が散る。
「朽木さん」
業を煮やして縫い物から顔をあげ、彼女を見上げた。
と同時にまたシャッターが切られる。フラッシュはないのでまぶしくはない。
「僕ばかり撮らないで、別のものにしたらどうだ?」
大体、縫い物してるだけの男なんて撮っても楽しくないだろう。
「別のもの?。たとえばなんだ?」
カメラをかまえた姿勢のまま返事をよこしてくるルキア。カメラマンか君は、と石田はあきれた。顔が小さいので、大きめのカメラで遮られるとほとんど見えない。
「・・・・・・・・・・もっと、動くものとか。自然とか。あるだろう」
少し考えて言ってみた所をまた撮られた。いい加減、耳障りなシャッター音にも慣れてしまう。
「うーん。そういうものよりは面白いと思うが」
やっとカメラから顔をはなし、ルキアはまた出てきた写真をひらひら振りはじめた。
そんな彼女を横目に、机の上に重なる写真をなんとなく一瞥してみる。
どれも中心に、シャツをきっちり着込んだ石田がいる。
「同じのばかり撮って楽しいか?」
分からない感性だ。死神だからだろうか。
縫い物を机の上に置き、今日初めて石田は彼女に向き直った。もちろん石田の方が頭ひとつ分は背が高いのだが、彼は座って、ルキアは立っているので今は見上げる形になっている。
高くなっていた日も次第に落ちてきて、窓からは赤みがかった光がさしこんでいた。青白い死神の頬が淡く照らされている。
―――― 人形の肌だ。
石田は思う。
作りは精巧。
これは間違いない。
「君を撮った方がいい。きっと絵になる」
カメラを彼女に貸した者も、きっとそう言っただろうけど。
石田はあわててつけ加えた。先の台詞のままで終わらせると、他意があるように聞こえると思ったからだ。
ギガシャ
と、また例の音。
人の話を聞いてないのか、とさすがにムッとしたが、シャッター音のあと、
「自分の姿を残すわけにはいかんのだ。私は本来いない人間だからな」
静かな、凛とした声が降ってきた。
「・・・・・」
今は石田以外の人間にも普通に『見える』身体も、作り物。
本当は 彼女は、住む世界すら違う死神だ。
石田はもちろんそれを知っていた。彼女が転入してきた時から。クラスメートの中でも、いやこの街でも群を抜いて霊力の高い黒崎一護の身に異変が起きた時から。
「・・・・・・・・・・君は座敷童子みたいだな」
クラスメートから慕われて。
その心に、もういるというのに。
ある日いなくなるんだろう。
座敷童子のように、そのときなにかを連れ去ってしまうのかもしれない。それは記憶か、それとも――――
深く思考しそうになる石田を遮るように、またシャッター音。
「朽木さん。カメラのフィルムって、消耗品だって知ってる?」
そんな景気よく使ってしまっていいんだろうか。
「気にするな。好きなものを撮っていいと許可はうけたぞ」
「僕ばかり撮るなと言っただろう。第一、みんな同じ写真じゃないか。フィルムの無駄・・」
「甘いな石田!。よく見てみろ」
石田の言葉尻をさらい、ルキアは腰に手をあてていばった。
コドモが胸をはってるようだ・・・と思わず連想してしまったが、おとなしく写真に目を落とす。そして気づく。
「・・・・・・」
似たものばかりかと思ったら、色んな角度と距離とで撮っていたようで、一枚もカブったものがなかった。いばっただけはある。考えて撮っていたなら、たいした記憶力だ。
紙の上に重なる自分の顔。
無表情に糸をおさえている横顔。
クマの腕の肉球部分のフェルトの色をどうしようか考えた時らしい、逡巡している表情。
そばにいるルキアに困って、眉をひそめている自分。
ルキアを見上げた時の、抗議の顔。
そうだ、これは。
――――彼女の視線だ。
――――カメラを通して、僕を見ていた、彼女の視線だ。
そう思うと、二十枚近くある写真の小山がなんだか自分の弱点をさらしているような気になった。
黙ってしまった石田をいたずらっぽく目を細めてみやり、ルキアは一枚、その上に置いた。
「この顔が、一番いいと思うぞ」
――――『君を撮った方がいい。きっと絵になる』
そう言った時の。
結局、あと六枚とった所でフィルムはなくなった。
いくら押してもシャッターがきれない!と残念そうに石田にうったえてきた所をみると、まだ撮り足りないらしい。石田はあきれる。
朽木ルキア初のカメラ撮りは、すべて石田雨竜で終わってしまった。たまった写真をそろえてまとめているルキア。その写真をどーする気だ?。と石田はちょっと気になった。なんとなく、でも絶対に黒崎一護には見られたくない。
彼女が黒崎の家に同居していることは知っている。家族の目をはばかるため、押入れに住んでることもたまたま彼から聞いたことがあった。
「それどうするんだい?」
ヌイグルミの両腕が終わって、足の製作を始めつつ、ルキアに話しかける。写真を一枚一枚確認するのに気をとられているルキアはおざなりに、
「ん?ああ・・写真というのはそばに飾るものなんだろう?、部屋に飾るが」
当然のように、しかし石田にとってはとんでもないことを言い出す。
「なっっ・・・・!!」
写真は部屋に飾る→でも押入れに住んでいる→彼女に部屋はない→ということは黒崎一護の部屋に・・・・・・・・
「ダメだっっそれはイヤだっキショいっっっ!!!」
石田は彼らしからぬ大声を出し、勢いあまってルキアの細い両肩をつかんでガタガタゆさぶった。ついでに、いつもなら使わない正しくない語法の形容詞まで飛び出してしまう。
「キショ・・・?」
現代日本語にそこまで精通していないルキアは当然意味が通じなかったが、補足説明を入れるほど石田は落ち着いていなかった。
「そこまでお前がイヤがるとはよほどのことだな。本当は部屋に飾らないものなのか?。写真部の部室は壁が見えないほど写真が貼られていたのだが・・・。それに、一護の家も、あいつの母親の写真がどでかく貼ってあるぞ」
遺影のことだろう。どでかくというのがちょっと分からなかったが、立派な遺影なのかもしれない、と石田は勝手に納得した。ついでに、それを利用させてもらおう、と思う程度には冷静さを取り戻していた。
「・・・・・写真を貼るのは故人に限られてるんだ。黒崎の母親みたいにね。だから、僕のようにまだ生きている人間の写真を貼るのは早く死ねと呪うのと一緒なのだ」
まだ完全に復活していないのと、嘘をついた罪悪感から、ヘンな なのだ口調になっているが、ルキアは気づかず、そしてあっさり信じてくれた。
こんなにだまされやすくていいのかな・・・石田は少しだけ心配になる。
「分かった石田。ではどうすればいい?」
「捨てる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・か、それがイヤなら持っていればいいんじゃないか」
選択肢を増やしたのは、ルキアが「えっもったいない!!」と顔をしかめたからだ。飾られはしなくても、自分の写真を他人に持っていられるというのは居心地が悪いのだが、つい言ってしまった。自分はどうも彼女に弱い。そんな気がする。
ルキアは順当に(そして石田にとっては不本意なことに)捨てない方を選んだようで、いそいそと写真をカバンにしまった。
「・・・今日黒崎は?」
「一護は小島水色のイインカイとやらの手伝いをやらされている。先に帰っていいと言われたんだが、ホロウのこともあるし、一応残って待っていたのだ」
「そう」
あいづちをうちながら、針から糸をぬき、いつもの手順でケースにしまう。明日はクマの足から、と頭にメモをして、石田は立ち上がった
この状況にか、自分に対してのものなのか、ひとつため息をついてから、
「送るよ、朽木さん」
フィルムのなくなった、見た目通り重いカメラを持ってやる。
「だから、今日のことは黒崎には内緒にしてくれ」
END
+α
しかし、やはり生来運が悪いせいか、石田雨竜は帰り道、同じく帰宅途中の黒崎一護と出くわしてしまった。
「げ。珍しい組み合わせじゃねーか」
並んで歩いている石田とルキアを見比べて、本当に驚いている様子の一護。
それもそうだ。死神と滅却師、水と油の関係なのだから。
珍しいと思っているのは石田も同じだ。死神と同じ時間を過ごすなんて、耐え難いことのはずなのに。死神であっても、今現在はその力を失っているせいだろうか?、彼女を死神への憎悪でまとめていない自分がいる。
「おお一護!、楽しかったんだぞ、今日初めて・・・」
「朽木さんっ」
口止めしたその舌の根もかわかないうちから あっけらと暴露されそうになり、石田はあわてて先をさえぎった。写真のことがバレると、芋づるで石田がついた嘘もバレてしまう。
すべてひっくるめて、朽木ルキアの死神の力を受け継いだ黒崎一護には聞かれたくないことだった。
「ああスマン、つい」
「気をつけてくれ」
「・・・・・・・・・なんかマジ仲いーじゃねぇか」
ふたりの様子を口をはさめずに傍観していた一護がつぶやく。あいかわらずの眉間のシワは、現在いつもより若干深くなっていた。
「よくはないっ。君は詮索するな!」
「俺にはそんなタイドのクセしやがって・・」
おもしろくない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルキアが、あー・・・特別、みてぇじゃねぇか」
眉間にさらにシワがよる。
髪の色もあいまって、その様子は凶悪なチンピラにしか見えないが、実はスネているのに気づけるのは身内をのぞき少数だ。
ルキアはそのひとりだったので、そのコドモじみたヤキモチに内心笑いたくなる。
つきあいの浅い石田雨竜は、なんでコイツこんな不機嫌なんだ?、と思っただけだったが。
とりあえず話題を写真からそらそうと、石田は一護の疑問にさらっと答えた。
「僕にとって朽木さんが特別なのは当たり前だろう。死神ということを抜きにしてもだ」
「なっ、なんでだっっ?!」
「一護、少し落ち着け」
ヒートする一護に気づかず、メガネのはしを神経質そうに押し上げ、石田はやはりさらっと言った。
「僕はお年寄りは敬うことにしている」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なっ、貴様っっ!!」
「ルキア、落ち着け」
END
石田雨竜に愛かたよってます。
イダクルト
ルキア 「お前のように年上と思われず軽んじられることもハラがたったが、アレはその上をいったな・・・と のちに思ったものだ」
一護 「拳がでた後のことか?」
石田 「なんであんなに怒るんだ?。事実じゃないか」
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